純白の偽りの鍵は漆黒の檻に囚われる〜捨てられた王女と呪われた闇王〜

籔北 ぽん

第1話 捨てられた白



「……しろ、」




誰かが、息を呑む音がした。


それが祝福ではなく、恐怖だと気づいた瞬間、胸の奥が冷たく震えた。



国を支えたい――幼いながらも抱いていた願いは、儚く砕け散る。


第二王女である私の守護色は、よりにもよって“純白”だった。




オリセア王家には古くからの慣わしがある。

十二歳の年、年明けに行われる成人の儀。

満月の夜、炎神を祀る神殿で聖水を口に含み、炎神へ祈りを捧げる。

すると体内の魔力が目覚め、守護色の光が全身から発光する――その色が、今後の人生を決定づけるのだ。



そして“純白”は、この国において――

最も忌み嫌われる色だった。



オリセア王族は代々“赤”。

炎を操る王家の象徴。

鍛錬を積めば火は牙となり、鎖となり、盾ともなる。

その圧倒的な魔力が他国を退け、オリセア王国を支えてきた。



二歳上の姉シャルルの成人の儀では、天井を突き破るほどの火柱が立ち上がり、炎がその身を包んだという。



髪も瞳も濃い真紅に染まり、まさしく次代の王位を約束された姿だった。



私も争いが好きなわけではなかった。

ただ、少しでもこの国の力になりたいと願っていただけ。


偉大な父王、聡明な母、麗しく誇り高い姉




――その背に恥じない王女でありたかった。




この国のために生きたい。

誰かを助けたい。

たとえ自分が犠牲になっても。


そう心から思っていたのに――。



「これは……嘆かわしい。」



神官の言葉は、私の胸を無慈悲に切り裂いた。


もう一度魔力を発動してみても、身体がふわりと白く光るだけ。

強さを示す炎の赤とは似ても似つかない、無垢で空虚な白。


それだけではない。

鏡のような聖水に映る私の姿は、髪が雪の色に、瞳が冷たい灰色に変わっていた。


オリセアでは、平民ですら成人の儀では“黄色”を放つ。



色の持たない白は――不吉。

無力の象徴。





その瞬間からだ。


国王、王妃、そして姉の態度が変わったのは。




城へ戻ると、私は“魔物が出る”と噂される森の奥の塔へ移された。


窓は小さな一つだけ、排水溝がひとつ、湿った冷気が漂うだけの閉ざされた塔。



第二王女リーフィスは――“事故死”とでもされたのだろう。



それが父、ケイエール国王の判断。


汚いものを排除し、気品を損なうものに蓋をする男。


儀式の後、母アリス王妃でさえ私を正面から見ようとはしなかった。


背を向けたまま、震える声で言った。



「あんなものを……私が産んでしまったなんて。」


「悍ましい。」



――おぞましい。


その一言で、幼い心は一瞬にして凍りついた。

全身の血が逆流したように冷たくなり、声が出なかった。


尊敬していた姉でさえ、冷たい目を私に向けていた。

兵士たちに両腕を押さえつけられ、塔へと連行されながら、私は必死に心の中で叫んだ。



言わないで


私を見捨てないで


私は、この国を――愛しているのに!



……どれだけ叫んでも、言葉は誰の心にも届かず、音のない破片になって消えていった。



不吉と烙印を押された子を容赦なく捨てる王と、体裁だけを守る王妃。


その背中が、私に教えてくれた。


――私はこの家にとって“価値がない”のだ。



それが五年前のことだった。



オリセア王国には四季がある。

いまは冬――炎の国に雪は滅多に降らないが、吐く息が白くなるほどには空気が冷えていた。



「ああ……また、この季節。」



返事などあるはずもない。それでも、唇が自然と動いた。



「きれいな……空。」



その声は、格子のはめられた小さな窓から、青天の向こうへ吸い込まれるように消えていった。



外の光を受けて細く伸びた自分の腕は、驚くほど痩せこけ、血の気がない。


その惨めな姿から目を背けるたび、胸の奥がじくじくと痛んだ。



あの日から――オリセア王国は、私リーフィスという“弱い存在”を他国に知られぬよう、国境近くの森にある古い塔へ封じた。


外交にも出られない。変化のない毎日。


私はもう、この国に“いなかった者”として扱われている。



父と母の顔を最後に見たのは、いつだっただろう。



魔物が出るとされる新月の夜だけは、塔の外へ出られた。

見張りの騎士が城に戻るからだ。

私が外へ出ていることを王が知らぬはずもない。


それでも咎めないのは――魔物が私を喰らえばいい、とでも思っているのだろう。


この国に私を殺せなかったのは、

“王族の死体”を作れば体裁が悪いから。

ただ、それだけ。


それでも、外に出られる夜は私にとって唯一の救いだった。



庭を抜け、森に入る。

一刻ほど歩けば、木々のない開けた場所へ出る。

そこに寝転び、星空を仰いだ。


夜が好きだ。

静かで、誰にも見つからなくて。

深く息を吸うと、胸の痛みが少し和らぐ。


――綺麗な世界。


こんなに広くて、美しいのに。

私は、その端すら歩けない。


選ぶ自由も、死ぬ自由すら与えられない。

滑稽なほど不条理な世界で、私はただ息をしているだけ。


ふいに、冷たく柔らかい感触が足元を撫でた。



「……また、あなたね。」



丸く透き通ったゲル状の魔物――スライムだ。

五年間、月に一度外へ出る中で気づいた。

“魔物が出る”という噂は迷信ではなかったと。



「今日はどんなお友達を連れてきたのかしら?」



木陰から現れたのは、緑色の肌、尖った鼻と耳を持つゴブリンだった。

腕から紫色の血が流れている。仲間内でもめたのか、爪で裂かれたような傷。


ゴブリンは恐る恐る近づいてくる。



「大丈夫。怖くないわ。私はあなたを傷つけない。」



言葉が伝わるかも分からない。

それでも、怯える者を放ってはおけなかった。


白い光を帯びた手を傷口へ添えると、ふわりと魔力が広がり、ゴブリンの腕を包み込んだ。



「痛くないでしょう?」



ゆっくり傷が塞がっていくのを見て、ゴブリンは小さく目を見開いた。


――治す力。


それに気づいたのは、塔へ迷い込んだ傷ついたスライムに手を伸ばした時だ。


どの国の文献を読んでも、治癒魔法など存在しない。


火・氷・闇・土――いずれの国でも、傷は薬か外科で処置するものだ。



だが私は、治せる。



それでもこの力は、誰にも必要とされない。

“白”という不吉の象徴を持つ者の魔法など、知られれば恐れられこそすれ、受け入れられはしない。



初めはスライムだけだった。

だが、次第にスライムは他の魔物を連れてきた。

足の折れたコボルト。

角が砕けたオーガ。

そのたび驚きのあまり、膝が震えた。


魔物は国を脅かす敵。

私がしていることは赦されるはずがない。


それでも――弱っているものを見捨てられなかった。


傷を癒したゴブリンは、森の奥へと消えた。

ほっと息をついた瞬間、気づく。


足元にいたはずのスライムがいない。


おかしい。いつも城へ戻るまで寄り添ってくれるのに。


スライムが消えた理由は、すぐ分かった。



「……リーフィス?」



懐かしい声が、背後から落ちてきた。



心が震える。

名前を呼ばれたことに気づくまで、時間がかかった。

それほど長く、私は「名」を失っていた。



「リーフィス、だよな?」


「……」


「俺のこと、忘れたのか?」


「……ソレイユ。」



驚きで立ち尽くす私に、ソレイユはゆっくり近づき、そっと手を取って抱き寄せた。


私の名を呼ぶ声。

その響きだけで、胸が満ちていく。

忘れるわけがない。

少しでも彼に振り向いてもらいたくて、毎日必死に着飾っていたのだから。



「死んだと思ってた……今までどこに……」



震える声。

その響きに、全身の力が抜けた。


私より二十センチは高い逞しい体。


紅の短髪、鍛え抜かれた体躯。


騎士団で鍛えられた彼は、最後に見たときよりさらに頼もしくなっていた。



「なんで……なんで俺に何も言わずに消えたんだ。」



――言えなかった。

会話すら禁じられ、幽閉されたから。

私が“全てを奪う”と言われたから。

一番大切なあなたを、失いたくなかったから。



「……会いたかった、リーフィス。」



ダメだと分かっている。

でも、突き放すことはできなかった。


彼の顔を見上げる。

その目の下にある小さな黒子――涙の跡のように三つ並んだ黒子。

昔のように指でなぞると、ソレイユは泣き笑いのような顔をした。



「ああ……会いたかった。」



それから、私たちは新月の夜に一月に一度だけ会うようになった。



約束などしていない。けれど、自然と同じ時間に森の中で落ち合い、彼の声を聞く――それだけが、私にとっての生きる支えだった。


ソレイユは変わらず、騎士団として日々の訓練に励んでいるという。


隣国・闇の国ナスリー王国との紛争は激化し、今は均衡状態にあると。



ナスリー王国――今この塔の向こうにある国。



魔物が蹂躙し、魔王と名高い新王が即位して以来、勢力を拡大し続けている冷徹な国だと聞く。


白羽の矢はとうとう、この国にも向けられたのだろうか。


土の国、氷の国は敗北した。大陸に残る自由は、オリセア王国だけ――しかし父の力は絶大で、この国を守り続けてきた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る