モノづくり趣味の錬金術師はほのぼの生活(予定!)

紫黄つなぐ

第1話


「んー、久しぶりだなぁ、この生温ぅい潮風! 緑と土の匂い!」


 よしやるぞ、と気合を入れた私は、背後から届く波音に押されるように歩き出す。

 目の前は森。僅かに沈む足元は光を受けてきらきらと輝く砂浜だ。



 ここは『神子の島』と呼ばれる、そこそこ広い無人の島。

 この島を守るように周囲に海が広がっている。この海は神の領域として存在する島に外敵を近づけず、辿り着けるのは神子と神子に導かれし者のみとされる、まさに神の領地。

 人の近づけぬこの森は自然の宝庫。長きに渡り神の管轄として眠りについていた、そんな場所。

 そして今日この時より神の子に委ねられ、新たな歴史を綴る地となることだろう。たぶん!


「クレンハスが長子、神子、ティアーヌが戻った! 我こそ真の領主なり。長き眠りから目覚め、我が領域となれ!」


 声を張り上げた瞬間、ざわりと目の前の森が揺れ、淡く光輝き、波が跳ねる。

 ぱらぱらと降る水滴を浴びながら森へと足を踏み入れると、この地の魔力を含んだ風がふわりと頬を撫でた。


 思わずにんまりと口角が上がり、愛用の杖をくるりと回して奥へと進み道なき道を突き進む。


 私がここへ来た目的は明白。

 長く続いたつらい修行を終えてこの世界へ降りた今、目指すは『幸福に生きること』である。

 神子の使命はあるがひとまず置いておくとして、修行に明け暮れる日々からやっっっと解放されたのだ。趣味に精を出し、日々を満喫すべきだろう。――のんびり! まったり! ぐうたらと!!


「忙しない修行の日々はもうおしまい! ここにはあいつらもいない! 面白おかしくまったり暮らして、目指せ幸せなほのぼの生活!」


 ぐっと拳を握り高々と宣言すると、ざわざわと森が揺れた。呆れてため息を吐く母の姿が重なった気がするが、気にしない。


 さてとお気に入りの斜め掛けショルダーバッグから魔紙で作った地図を取り出し、現在地を確認する。

 ほぼ丸いこの島の東に淡く光る、私の髪色と同じ薄紫の点。

 自身の位置を確認して、予め決めていた島の中央西寄りの、比較的勾配のない地を目指す。そこに拠点を作る予定なのだ。


 地図を見れば、海に囲まれたこの島の西側から、大きな大陸が三日月のような形で囲っているのがわかる。


 この島の周辺の海は人を通さず、そしてその海の先にある大陸の縁、海の隣接部分の地もまた神子の森と呼ばれ、これまた人を遠ざける深い森になっているという。

 つまり島から人里に行くにはこの海と森を渡らなければならないが、神子である私は何の問題もない筈だ。

 ある程度生活基盤を整えたら、召使……弟子を探しに行くのもいいだろう。

 よし、気合を入れ、その場で高く飛び跳ねて枝を蹴った。跳躍を続けて空を目指して木の上へと躍り出ると、島を見る為下を見下ろしてみる。

 日の光を浴びて輝く、緑の絨毯が広がっていた。綺麗!


「わぁ……! すごい、広い!」


 これは探索のし甲斐がある、と枝を蹴って目的地へと向かい、何度か地図を確認して、降り立つ。

 周囲は木漏れ日が差し込んでいるものの深い森の中であり、高い木々と伸び放題の草に囲まれてはいるが、ふわふわと光綿花の綿毛が淡い光を放ちながら舞う様子も見られて、神界に負けず幻想的だ。


「というか、素材の宝庫!! すごすぎるっ」


 ここにしよう!

 ここでの生活に思いを馳せ、きょろりと見回してこの拠点の中心となる位置にあたりをつける。あとは周囲を少し広くするために、目星をつけた範囲の木々を回収だ。


「使わせてもらうね。『ブロック化』! って、うわ、危な!」


 発動した瞬間、杖が触れていた木がばらばらとキューブ状になって地面へと転がり落ちる。頭上から降り注ぐそれを慌てて避けると、次いでザァッという音と共にブロック化していない葉がばらばらと地面に落ちた。……木材しか頭になかった結果がこれだ。


 私の神子としての能力の一つ、『ブロック化』は、簡単に言うならば触れたものを主に建築用の素材としてブロック状にできる能力だ。

 触れた素材は立方体のブロックと化し、私の望んだ素材として適当なものとなる。例えば木材であれば水分が適度に抜かれ、表面が丁寧に削られたかのように滑らかなものとなり、ブロック遊びの要領でくみ上げれば立派な家が建つのだ。これがなかなか楽しい。


 とはいえ万能ではなく、ブロック化していられる時間はそう長いわけではない。あくまで建築の補助が目的の能力である。


「ま、いいや。片づけは後にするとして、まずは家づくりかな? あ、待てよ。先に宝玉設置しなきゃ」


 先ほど中心にしようとあたりをつけた場所にショルダーバッグから取り出した『石材ブロック』と『神の宝玉』を置き、さて、と杖を構えて魔力を注いだ。自身を中心に左右から魔力の道が伸び、石材を囲むように魔法陣が描かれていく。一つも間違うことなく、正確に、出来上がりをしっかりと想像して。


 ……よし!


「成功!」

 ぶわりと強い光が魔法陣から発せられてすぐ、目の前には宝玉を護るように支える、石台座が形成されていた。これが私の能力をさらに一歩進めた、ブロック錬金術である。


 ブロック化した素材同士もしくはブロック化した素材とその他の素材を組み合わせて術を発動させることで、それをもとに想像したものを創造する能力だ。石材に魔力を注げばこのように彫刻だって思いのまま。思いのままだからこその荒さもまたアジというやつだ。


 これからこの領地を守ってくれるだろう、父のくれたお守りの宝玉をうまく設置できたことに満足し、機嫌よくそれを撫でた私は周辺の木々をブロックに変える作業に戻る。


 ふんふんと手順を考えながらある程度周囲が広くなったところで、葉っぱだらけの地面にどんっと自作錬金アイテム『アイテムボックス』から取り出した巨釜を設置する。


 銀色で底に向かうにつれ青くグラデーションになった、輝く宝石のちりばめられた巨釜は錬金術に欠かせない錬金釜だ。ここにたっぷり魔力を含んだ水を注いで生み出すアイテムはそれこそ母なる海を模して生まれる神の奇跡なのだ……と父がよく言っていた気がするが、その奇跡は娘のまったり生活に役立ってもらおう。


 作るのは楽しい。錬金術は母に習ったものだが、ブロック化は私が熱望しすぎて能力の形をとった、友人の話すゲームを参考にした能力である。必要な素材をブロック化して積み上げ、家も城も道具さえも作ってしまう(センスは別問題)、それこそ神のような能力だ。私神子だけど。


 ここに錬金術が加われば、最強の自由な生活が手に入るに違いない。まだ見ぬ未来に思いを馳せ、モノづくりに精を出し、たまに遠出して素材を集め、世界を時に見守り時に導きながらこの島の生活を整えていく……なんて楽しい仕事だろう。


「まずは最初の家づくりだよね。よし、やるぞー!」


 錬金釜に魔力で生み出した水を注ぎ、さらにそこに杖にはめた宝石部分を突っ込んでかき混ぜながら、限界を超えて目に見える力が漂うまで魔力を注ぎ込んでいく。これを可能にするのが錬金釜なのだが、空の状態の釜に魔力を注ぐこの作業、最初はちょっと疲れる工程だ。


 淡い虹色に輝く魔力が水面から浮き上がる程に注ぎ込まれたのを確認したら、神界から持ってきた唯一の植物素材『グルーア』の花びらと根を取り出して、根をまず愛用の薬研ですり潰す。

 そこから汁だけを濾して花びらと共に錬金釜に入れ、二混ぜしたら水を注ぎ、何度かかき混ぜて感触が変わったところで残った根の残骸も綺麗に釜に投入し、さらに混ぜる。気分は物語で出てきた「イーッヒッヒッヒ」と奇怪な笑い声を上げて怪しげな薬を調合する魔女だ。


 うまく混ざり合ったところで、あっと気づいて慌てて転がっていた木材ブロックの一つを容器に加工し、できた木箱をそのまま釜に落とす。軽く混ぜてからすぐ掬い上げれば……


「完成、グルーアの糊!」


 木箱にぎっしりと詰まった真珠色に輝くこれの正体は、ブロック同士をぴったりと、もともと一つであったように吸着させる、私発案のブロック化の能力と相性抜群の錬金アイテムだ。……ちょっと水っぽいから、素材が若干合わなかったのかもしれない。

 うーん、魔力で作った水じゃなくて、近くで水を汲んでくればよかったのかもしれないな。まぁ一応成功ということで。


 そこでうきうきとブロックを一つ重ねてみた私は……少しだけ、周囲を見回してため息を吐いてしまった。


 生き物の声はやや遠く、柔らかな風が葉を擦る音だけが、耳に小さく届いている。それだけ、だ。


「誰も、いない。当たり前だよね」


 何かを完成させても、大げさに褒めてくれる父もいなければ、厳しくチェックしてくれた母もいない。私なんかのそばにいてくれた、ブロックを教えてくれた友人だって、もう別世界に旅立っている。


「……弟子、早めに探そうかな」


 寂しいわけじゃない。そうじゃないが、……そう、なのかも。


「とにかく、お仕事だね! 家がなきゃ誰も来てくれないかもだし! う、やだ最悪……」


 釜の水が跳ねたのか濡れた目じりを拭い、さてやるぞ、と気合いを入れ直した私はひと抱えほどの木材ブロックと糊を手に、我が家のブロック建築を開始したのだった。


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