異世界温泉ソムリエ◆湯けむり道中 〜タオル一枚で異世界転移したら、 女勇者パーティーの休憩係になりました〜
NIKE
第1話 湯気の向こう側へ
温泉というのは、人生の縮図だと思う。
熱すぎれば火傷するし、ぬるすぎれば誰にも見向きもされない。
そして、ちょうどいい湯加減の場所ほど、なぜか山奥にある。
——
職業、温泉YouTuber。
とは言っても、胸を張れるような肩書きじゃない。
登録者数は三桁止まり。
再生回数はどれも二桁。
動画の内容は泉質分析と入浴時の注意点が九割。
サムネは地味、編集も地味、再生数はもっと地味。
「えー、本日はですね……」
スマホを固定し、僕はいつも通りの挨拶をする。
苔むした岩、立ち上る白い湯気、虫の声。
いわゆる“映え”とは無縁の光景だ。
「硫黄臭が少し強めですが、刺激はそこまででもなく……ええ、飲めません。絶対に飲まないでください」
誰に向けて言っているのか、自分でも分からない。
コメント欄はほぼ無風だ。
それでも、湯は裏切らない。
肩の力が抜け、血が巡る。
思考がゆっくりほどけていく。
「……はぁ」
湯船の縁に腰を下ろし、空を見上げた。
次の動画、どうしよう。
ネタはある。温泉はいくらでもある。
ただ——
それを見てくれる人が、いないだけだ。
「まあ、いいか」
独り言は、湯気に溶けて消えた。
その瞬間だった。
足元の岩が、わずかに震えた。
「……ん?」
地震にしては、妙だ。
揺れは一度きりで、余韻もない。
嫌な予感がして、視線を湯へ戻した。
——色が変わっている。
乳白色だったはずの湯が、青白く発光している。
まるで、深呼吸するみたいに、明滅して。
「ちょ、待って」
立ち上がろうとした瞬間、足が動かなくなった。
湯が、渦を巻く。
耳鳴り。
圧迫感。
体の内側を、何かが逆流していく感覚。
「いやいやいや、これは聞いてない……!」
温泉には危険がある。
高温、ガス、成分過多。
だから僕は、いつも慎重だった。
——発光して、飲み込まれるなんて話は、聞いたことがない。
視界が白に塗り潰され、重力の向きが分からなくなる。
なのに、思考だけは妙に冷静だった。
(落ち着け。
呼吸。
これは……夢か?)
背中に、硬い感触。
「……っつ」
目を開けると、岩場だった。
見知らぬ空。
見知らぬ谷。
そして——
「……暑い」
じっとしているだけで汗が滲む。
湿度が高く、空気が重い。
僕は、ゆっくりと体を起こした。
(……やらかした)
まず浮かんだのは、その言葉だった。
夢だ。
そうに違いない。
だが、岩に触れた指先に伝わる感触は、あまりにも現実的だ。
痛覚も、温度も、匂いも。
「……夢にしては、情報量が多すぎるな」
次に疑ったのは、遭難。
転落、頭部打撲、意識混濁。
山奥で目覚めた——ありがちな話だ。
だが、それにしては——
空が、変だった。
青が深すぎる。
雲の形も、どこかおかしい。
そして。
「……太陽、二つ?」
瞬きをして、もう一度見る。
消えない。
「……待て待て」
喉が乾く。
幻覚?
硫黄ガス?
軽度の中毒?
どれも否定できない。
だが、呼吸は苦しくないし、頭痛もない。
思考は、はっきりしている。
「……幻覚にしては、整合性が高すぎる」
僕は立ち上がり、周囲を見回した。
谷。
岩肌。
見たことのない植物。
そして——
「……温泉、だな」
岩の割れ目から、勢いよく湧き出す湯。
湯気、匂い、音。
それだけは、間違えようがなかった。
ただし。
「……熱すぎだろ、これ」
近づいただけで肌がひりつく。
源泉温度、軽く六十度超。
日本であろうと、どこであろうと。
この温泉は——扱いを間違えれば危険だ。
僕は、無意識に息を吐いた。
「……異世界、なんて言うには早いよな」
そうだ。
まだ断定できる情報は、何一つない。
だが。
ここが安全じゃないことだけは、はっきりしている。
日が、傾き始めている。
――この見知らぬ土地の夜の恐ろしさを、
この時の僕はまだ知る由もなかった。
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【※はじめに】
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