『俺達のグレートなキャンプ235 歌手志望者の路上ライブ祭しようぜ(キャンプ場!?)』

海山純平

第235話 歌手志望者の路上ライブ祭しようぜ(キャンプ場!?)

俺達のグレートなキャンプ235 歌手志望者の路上ライブ祭しようぜ(キャンプ場!?)


「よっしゃあああああ!到着だあああああ!」

石川が車から飛び出すなり、両手を高々と掲げて雄叫びを上げた。目の前に広がるのは緑豊かな山間のキャンプ場。澄んだ空気と鳥のさえずりが心地よい、THE・自然といった光景だ。

「うおお!今日も良い天気だなあ!」

千葉も車から降りると、太陽に向かって大きく伸びをした。初夏の爽やかな風が頬を撫でる。キャンプを始めて半年、すっかりアウトドアの魅力に取り憑かれた千葉の目は、子供のようにキラキラと輝いていた。

「はいはい、二人とも。まずは荷物降ろすわよ」

富山が呆れたような、それでいてどこか慣れた様子で車のトランクを開けた。長い黒髪をポニーテールにまとめ、動きやすいアウトドアウェアに身を包んだ彼女は、テキパキと荷物を確認し始める。

「富山ちゃん!今日はマジでグレートなキャンプになるぜ!」

石川がニヤリと笑う。その笑顔には何か企んでいる時特有の、いたずらっぽい光が宿っていた。

富山の手が止まる。嫌な予感しかしない。

「...ねえ、石川。今回の『奇抜な暇つぶし』って何?」

「ふっふっふ...聞いて驚けよ!」

石川はわざとらしく咳払いをすると、ポケットから分厚い名刺の束を取り出した。

「『歌手志望者大集合!キャンプ場で路上ライブ祭開催!』だ!」

「...は?」

富山の声が裏返った。千葉は「おおおっ!」と目を見開いて身を乗り出す。

「いやいやいや!ちょっと待って!キャンプ場で路上ライブって何よ!?そもそも路上じゃないでしょ!」

富山が両手を広げて抗議するが、石川は得意満面で説明を続ける。

「俺さ、この一週間、渋谷、原宿、下北沢、吉祥寺...あちこちの街を歩き回って、路上ライブしてる若者たちに声かけまくったんだよ!SNSでも募集かけてさ!」

石川が名刺の束をバサッとテーブルに広げる。様々な色、デザインの名刺が散らばった。手書きのものもあれば、プロ顔負けのデザインのものもある。

「で、でも...何人来るのよ...」

富山が恐る恐る尋ねると、石川は胸を張った。

「20人だ!」

「にじゅ...」

富山の顔から血の気が引く。千葉は「うおおおお!」と拳を突き上げた。

「すげええええ!石川さん、マジでやるじゃないですか!」

「だろ?俺もびっくりしたわ!みんな『え、キャンプ場でライブ!?面白そう!』って食いついてきてさ!中には『これチャンスかも!』って本気モードの奴もいたぜ!」

石川が興奮気味に語る。その顔は達成感に満ち溢れていた。

「もう...知らないからね...絶対カオスになるわよ...」

富山が頭を抱えた瞬間、キャンプ場の入口から続々と人影が現れ始めた。

「お、来た来た!」

最初にやってきたのは、ギターケースを二つも背負った長髪の青年だった。年齢は20代前半。目元には隈があり、いかにも「夢を追っている」という雰囲気を漂わせている。

「あ、あの...石川さんですか?僕、渋谷で声かけてもらった田中です!」

「おお!田中くん!よく来てくれた!」

石川が豪快に握手を求めると、田中は感激した表情で応じた。握手する手がブルブル震えている。

「ま、まさか本当にこんなイベント開催してくれるなんて...!路上ライブ、いつも警察に追い払われてばっかりで...」

「安心しろ!ここは合法だ!管理人さんにちゃんと許可取ったからな!」

「うおおおお!」

田中の目に涙が浮かぶ。その感動的な場面の横を、今度はパンクロック風の髪型をした女性がスタスタと通り過ぎていく。

「あ、こんにちは!下北で声かけてもらった矢野です!マジでテンション上がってます!」

矢野と名乗った女性は、破れたジーンズに革ジャンという出で立ち。背中には「FREEDOM」という文字が大きく刺繍されている。その勢いに富山がたじろいだ。

次々と参加者が到着する。クラシックギターを抱えた眼鏡の男性、キーボードを運んできた双子の姉妹、なぜかバイオリンケースを持った老紳士、民族楽器のジャンベを担いだドレッドヘアの男性...。

「うわあ...本当にカオスだ...」

富山が呆然と呟く。千葉は目を輝かせながら一人一人に話しかけている。

「すごい!バイオリンなんですか!?」

「ええ、オペラとバイオリンの融合を目指しておりましてね」

老紳士が優雅に一礼する。その背後では、双子の姉妹が「私たちボーカルだけなんですけど大丈夫ですかね?」「大丈夫大丈夫!アカペラ最高じゃん!」と千葉と盛り上がっていた。

気づけば、キャンプ場の入口は歌手志望者たちで溢れかえっていた。全員合わせて、本当に20人ほど。それぞれが楽器ケースや機材、手作りのCDケース、お金を入れてもらうためのギターケースや小銭入れの箱を持っている。

「よっしゃああああ!全員集合だな!じゃあ説明すっぞ!」

石川が拡声器を取り出して叫んだ。参加者たちがわっと集まってくる。

「ルールは簡単!キャンプ場内の好きな場所で、好きなだけライブしてくれ!時間は今から夕方5時まで!投げ銭ももちろんOK!CD販売もOK!とにかく自由にやってくれ!」

「おおおおお!」

歓声が上がる。富山が小声で「本当に大丈夫なの...?」と心配そうに囁くが、石川は余裕の表情だ。

「そして夕方には、みんなで投票して『グレートキャンプ路上ライブ王』を決める!優勝者には...じゃじゃーん!」

石川が取り出したのは、明らかに手作りのトロフィーだった。ダンボールに金色のスプレーを吹きかけ、てっぺんには王冠のような飾りがついている。参加者たちが一瞬沈黙し、次の瞬間、笑いが起こった。

「あと、俺が個人的に気に入ったアーティストには、特別賞として...プロデュース権をプレゼントする!」

「プロデュース!?」

参加者たちがどよめく。富山が「ちょっと!そんな大それたこと!」と慌てるが、石川は不敵に笑った。

「俺の友達に音楽プロダクションの奴とか、ライブハウスのオーナーとか、結構いるんだよね。今日も何人か見に来るって言ってたし」

「マジですか!?」

「本当ですか石川さん!」

参加者たちの目の色が変わる。富山は「え、そうなの?初耳なんだけど」と目を丸くしている。

「じゃあ...始めっ!!」

石川の合図とともに、歌手志望者たちが一斉にキャンプ場内へと散っていった。まるでスタートダッシュを切る短距離走者のように、それぞれが思い思いの場所を目指して走り出す。


30分後、キャンプ場は完全にライブ会場と化していた。

キャンプ場の東側、大きな桜の木の下では、田中がアコースティックギターを抱えてしっとりとしたバラードを歌っていた。彼の前には手作りのCDケースが並べられ、ギターケースが開かれている。すでに数枚の千円札と小銭が入っていた。

「♪遠く離れても...君を思う...この空の下...♪」

田中の透き通った声が、木漏れ日の中に溶けていく。周りには5、6人のキャンパーが腰を下ろして聴き入っていた。中年の夫婦が目を閉じて頷いている。若いカップルが寄り添って聴いている。田中の額には汗が浮かんでいたが、その表情は幸せそうだった。

一方、キャンプ場の西側、広場では矢野が激しいロックナンバーを披露していた。

「うおおおおお!!!」

叫ぶような歌声とともに、エレキギターをかき鳴らす。ポータブルアンプから爆音が響き渡る。その周りには若者たちが集まり、拳を突き上げて盛り上がっていた。

「イエエエエエイ!」

千葉もその輪の中にいて、思いっきり頭を振っている。汗を飛び散らせながら、矢野に呼応するように叫んでいた。

「千葉、楽しそうね...」

富山が少し離れた場所から、呆れ半分、微笑ましさ半分といった表情で眺めていた。

キャンプ場の中央、炊事場の近くでは、双子の姉妹がアカペラで透明感のあるハーモニーを奏でていた。

「♪ラララ〜ラ〜♪」

二人の声が完璧に重なり合い、美しい和音を作り出す。炊事場で料理の準備をしていたキャンパーたちが手を止めて聴き入っている。一人の女性が目に涙を浮かべていた。

双子の前に置かれた箱には、すでにかなりの金額が入っている。姉妹の横には手作りのCDが並べられており、「1枚1000円」という手書きの値札がついていた。

「すげえ...もう5枚も売れてる...」

通りかかった石川が目を見張る。

さらに奥へ進むと、川のほとりでは例の老紳士がバイオリンを優雅に奏でながら、オペラのアリアを歌っていた。

「♪おおお〜我が愛しき〜♪」

朗々とした声が川のせせらぎと混ざり合い、まるでヨーロッパの古城にいるような錯覚を覚える。キャンパーたちが立ち止まり、口を開けて見つめていた。

「な、なんだこれ...本格的すぎる...」

若い男性キャンパーが呟く。老紳士の前に置かれたバイオリンケースには、なぜか五千円札が何枚も入っていた。

キャンプ場内を歩き回ると、至る所で音楽が聞こえてくる。森の小道では、ドレッドヘアの男性がジャンベを叩きながらレゲエを歌っていた。バンガローの前では、女子高生らしき少女がキーボードの弾き語りをしていた。トイレの近くでは、なぜかラップをしている若者がいた。

「これ、完全に音楽フェスじゃん!」

千葉が興奮して富山に叫ぶ。富山も最初の不安は薄れ、少し楽しそうな表情を浮かべていた。

「まあ...思ったよりちゃんとしてるわね。みんな本気で歌ってるし」

キャンパーたちは思い思いに音楽を楽しんでいた。ある家族は、東側で田中のバラードを聴いた後、西側の矢野のロックを見に移動していた。大学生らしきグループは、双子のアカペラに感動した後、老紳士のオペラに驚愕していた。

「次あっち行ってみよう!」

「ジャンベの人、めっちゃカッコいいよ!」

「CD買っちゃった!サインしてもらっちゃった!」

キャンパーたちが忙しなくキャンプ場内を移動する。まるで回遊魚のように、次から次へとアーティストを巡っていく。その様子を見た石川が満足そうに頷いた。

「いいぞいいぞ!みんな楽しんでるな!」

「石川さん!これマジで成功ですよ!」

千葉がハイタッチを求めてくる。石川もそれに応じた。


しかし、順風満帆かと思われたその時、最初のハプニングが起こった。

「ぎゃあああああああ!」

キャンプ場の北側から悲鳴が聞こえた。石川、千葉、富山が慌てて駆けつけると、そこには信じられない光景が広がっていた。

キーボード弾き語りをしていた女子高生が、テントの前で演奏している最中、突然リスが飛び出してきたのだ。しかもそのリスは、女子高生の前に置かれていたギターケースの中の小銭をくわえて逃走中だった。

「待ってええええ!私のお金いいいい!」

女子高生が必死にリスを追いかける。リスは器用に木から木へと飛び移りながら、口に百円玉をくわえたまま逃げていく。

「なんだあれ!?」

「リスが投げ銭泥棒してる!!」

キャンパーたちが騒然となる。石川が「待てえええ!」と叫びながらリスを追いかけ始めた。千葉も「石川さん待ってください!」と続く。富山は「もう...だから言ったのに...」と頭を抱えている。

追跡劇は5分ほど続いた。リスはキャンプ場内を縦横無尽に駆け回り、最終的には高い木の上に登って、百円玉を落としてどこかへ消えていった。

「はあ...はあ...逃げられた...」

石川が息を切らせながら木の下に立ちつくす。女子高生が駆け寄ってきて、落ちた百円玉を拾い上げた。

「あ、あの...百円は戻ってきたんで大丈夫です...」

「そ、そうか...すまん...」

石川が申し訳なさそうに頭を下げる。しかし女子高生は意外にも笑顔だった。

「でも、めっちゃ面白かったです!こんな経験初めて!これもライブの思い出ですね!」

その前向きな発言に、周囲のキャンパーたちが笑った。緊張が解ける。

「よし!気を取り直して続けてくれ!」

石川が励ますと、女子高生は元気よく「はい!」と答えて、再びキーボードの前に座った。

騒動が収まり、再び音楽が流れ始める。田中は相変わらずしっとりとしたバラードを歌い続けていた。汗が顔を伝い、シャツの背中が濡れている。それでも彼は歌うことをやめなかった。時折水を飲み、タオルで汗を拭いながら、ひたすら歌い続ける。

矢野も激しいロックナンバーを何曲も披露していた。声が枯れかけているが、それすらも味になっている。彼女の前のギターケースには、もう何千円もの投げ銭が入っていた。

「うおおおお!ありがとうございますうう!」

矢野が叫ぶと、観客たちが「イエエエイ!」と応える。その熱気に、近くのテントで休んでいたキャンパーたちも引き寄せられてくる。

双子の姉妹は、アカペラだけでなく、リクエストに応えて童謡やポップスも歌い始めていた。子供連れの家族が喜んで聴いている。CDは完売し、姉妹は嬉しそうに「次のライブで新作持ってきます!」と観客に約束していた。

老紳士はというと、クラシックの名曲からオペラのアリアまで、幅広いレパートリーを披露していた。その圧倒的な歌唱力とバイオリンの技術に、音楽に詳しいキャンパーが「これ、プロじゃないの?」と驚いていた。

「実は元々オーケストラにいたんですが、路上で歌うことの自由さに目覚めましてね」

老紳士が優雅に説明すると、周囲が「おおお」と感嘆の声を上げた。

時間は正午を過ぎ、太陽が真上に昇る。気温も上がってきた。歌手志望者たちは汗だくになりながらも、必死にライブを続けていた。

ラップをしていた若者は、即興でキャンプ場の様子をライムに乗せて歌っていた。

「Yo! キャンプ場でマイク握って / 自然の中で韻を踏んで / 焚き火と音楽 最高のブレンド / この瞬間を永遠にエクステンド!」

その斬新なスタイルに、若いキャンパーたちが盛り上がっている。スマホで動画を撮る人も現れた。


そして午後2時、2つ目のハプニングが発生した。

老紳士がバイオリンを演奏している最中、突然弦が切れたのだ。

「おや?」

老紳士が驚いた表情で弦を見つめる。観客たちも「えええ」とざわめいた。

「す、すみません...予備の弦を持ってくるのを忘れてしまいまして...」

老紳士が申し訳なさそうに頭を下げる。その時、観客の中から一人の男性が手を挙げた。

「あの、私バイオリンやってるんですけど、予備の弦持ってます!」

「なんと!」

男性が急いでテントに戻り、弦を持ってきた。老紳士は感激した表情で受け取り、手際よく弦を張り替え始めた。その作業を、キャンパーたちが興味深そうに見守る。

「へえ、弦ってこうやって張るんだ」

「プロの技だね」

5分ほどで張り替えが完了し、老紳士が弦の音を確かめる。ポロン、ポロンと美しい音色が響く。

「完璧です!ありがとうございます!」

老紳士が男性に深々とお辞儀をすると、男性も照れくさそうに笑った。

「じゃあ、感謝を込めて...リクエストはありますか?」

男性が少し考えて、「じゃあ、『カノン』をお願いします」と言った。老紳士が笑顔で頷き、バイオリンを構える。

次の瞬間、パッヘルベルの「カノン」が流れ始めた。その美しいメロディに、キャンプ場全体が静まり返る。他の場所で演奏していたアーティストたちも、一時的に演奏を止めて聴き入っていた。

森の中に、バイオリンの音色だけが響く。鳥のさえずりと川のせせらぎが伴奏のように寄り添う。キャンパーたちの目には涙が浮かんでいた。

曲が終わると、キャンプ場全体から大きな拍手が起こった。老紳士が深々とお辞儀をする。その瞬間、老紳士のバイオリンケースに、一万円札が投げ込まれた。

「え!?」

老紳士が驚いて顔を上げると、スーツ姿の中年男性が立っていた。

「素晴らしい演奏でした。実は私、都内のライブハウスのオーナーをしておりまして...」

男性が名刺を差し出す。老紳士の目が見開かれた。

「よろしければ、うちのライブハウスで定期的に演奏していただけませんか?」

「ほ、本当ですか!?」

老紳士の声が上ずる。周囲のキャンパーたちが「おおおお!」とどよめいた。

「はい。クラシックとオペラの融合というコンセプト、とても新鮮です」

男性が真剣な表情で語る。老紳士は震える手で名刺を受け取った。

「あ、ありがとうございます...!夢のようです...」

その光景を見ていた石川が、ニヤリと笑った。

「な、富山。言っただろ?プロダクションとかライブハウスの人来るって」

「ま、まあね...でもまさか本当にオファーが出るなんて...」

富山も驚いた表情だった。千葉は興奮して「すげえええ!本当にチャンスの場になってる!」と叫んでいた。

その噂は瞬く間にキャンプ場内に広がった。歌手志望者たちの目の色がさらに変わる。「私も!」「俺も!」とさらに熱のこもった演奏が始まった。

田中は声が枯れかけていたが、それでも歌い続けた。休憩を挟みながら、持ち歌を全て披露する勢いだ。彼の前には、いつの間にか20人ほどのキャンパーが集まっていた。中には目を閉じて涙を流している女性もいる。

「♪もう一度...君に会いたい...♪」

田中の切ない歌声が心に染みる。曲が終わると、大きな拍手が起こった。そして一人の若い女性が前に出てきた。

「あの...すみません。私、小さい音楽プロダクションで働いてるんですけど...」

女性が名刺を差し出す。田中の手が震えた。

「よ、よろしければ、一度事務所に来ていただけませんか?デモテープを聴かせていただきたくて」

「ほ、本当ですか!?」

田中の目から涙が溢れる。女性が優しく笑って頷いた。

「はい。あなたの歌声、本当に素敵です」

田中は崩れ落ちるように座り込み、顔を覆って泣き始めた。周囲のキャンパーたちが温かい拍手を送る。

「やった...やった...!」

田中の喜びの声が、木々の間に響いた。

一方、矢野のところにも変化があった。彼女のパワフルなロックに魅了された音楽雑誌の編集者が、インタビューを申し込んできたのだ。

「次号の『新人アーティスト特集』であなたを取り上げたいんです!」

「マジですか!?うおおおお!」

矢野がギターを掲げて雄叫びを上げる。観客たちも「イエエエイ!」と応える。その熱狂ぶりに、千葉も混ざって「イエエエイ!」と叫んでいた。

双子の姉妹のところには、地元のイベント会社の人が来ていた。

「来月の市民祭で歌っていただけませんか?」

「本当ですか!?やります!やります!」

姉妹が手を取り合って飛び跳ねる。その純粋な喜びように、周囲が微笑ましく見守った。

キャンプ場内は完全に盛り上がっていた。歌手志望者たちは疲労困憊しながらも、目を輝かせて歌い続けている。額から汗が滴り落ち、シャツが汗でびっしょりになっている者もいる。水分補給のために休憩を挟みながら、それでも彼らは歌うことをやめない。

ジャンベの男性は、リズムに合わせて体を揺らしながら、もう2時間以上叩き続けていた。手のひらが真っ赤になっている。それでも笑顔で叩き続ける。

女子高生は、リスに投げ銭を盗まれるという災難に遭いながらも、めげずに歌っていた。むしろその話がネタになり、「リスに投げ銭を盗まれたアーティスト」として人気が出始めていた。

ラップの若者は、即興でキャンパーたちの名前を織り交ぜたフリースタイルを披露し、大ウケしていた。

「Yo! そこのおじさん 名前は太郎 / キャンプ歴10年 ベテランヒーロー / 焚き火マスター 料理もプロ級 / リスペクト リスペクト 最高の師匠!」

名前を呼ばれた太郎さんが恥ずかしそうに笑いながら手を振る。周囲が爆笑していた。


午後4時を過ぎた頃、石川がキャンプ場内を見回っていると、一人の若い男性に呼び止められた。

「あ、あの!石川さんですよね?」

振り返ると、そこにはギター弾き語りをしていた青年が立っていた。名前は確か、佐藤と言ったはずだ。

「お、佐藤くんか。どうした?」

「あの...これ、受け取ってください!」

佐藤が差し出したのは、手作りのCDだった。ジャケットには彼が描いたと思われるイラストが描かれている。

「え、いいのか?」

「はい!プロデューサーさんには、ぜひ聴いていただきたくて!」

「プロデューサー...?」

石川が首を傾げる。佐藤が真剣な表情で続けた。

「だって、こんなイベントを企画して、僕たちにチャンスを与えてくれて...石川さんはもうプロデューサーですよ!」

その言葉に、石川が照れくさそうに頭を掻いた。

「いやいや、俺はただキャンプを楽しみたかっただけで...」

「いえ、本当に感謝してます!今日、いろんな人に声をかけてもらえて...これ、全部石川さんのおかげです!」

佐藤が深々とお辞儀をする。その背後から、また別のアーティストが近づいてきた。

「プロデューサーさん!私もCD受け取ってください!」

「僕も!」

「私も!」

気づけば、石川の周りに歌手志望者たちが集まっていた。みんな汗だくで疲れた表情だが、その目は希望に満ちていた。

「プロデューサーさん、また企画してくださいね!」

「次も絶対参加します!」

「石川プロデューサー最高!」

石川は戸惑いながらも、一人一人からCDを受け取った。その光景を見ていた富山が、クスッと笑った。

「プロデューサーさん、だって。良かったわね」

「う、うるせえ...」

石川が照れ隠しに顔を背ける。千葉が「石川プロデューサー!カッコいいじゃないですか!」と茶化してきた。


午後5時。夕日がキャンプ場を赤く染める頃、ついに締めの時間がやってきた。

石川が拡声器を手に取り、キャンプ場中央の広場に集合をかけた。歌手志望者たちとキャンパーたちが、ぞろぞろと集まってくる。みんな疲れた表情だが、充実感に満ちていた。

「はい、みなさんお疲れ様でしたああああ!」

石川の声に、大きな拍手が起こる。

「いやあ、最高のキャンプだったな!みんな、マジで素晴らしいライブをありがとう!」

「ありがとうございましたああああ!」

歌手志望者たちが口々に叫ぶ。キャンパーたちも拍手で応える。

「じゃあ、これから投票タイムだ!一番心に残ったアーティストに投票してくれ!」

石川が投票箱を用意する。キャンパーたちが次々と紙に名前を書いて投じていく。

投票が終わり、開票が始まった。富山と千葉が票を数えていく。

「田中くん、15票」

「矢野さん、12票」

「双子の姉妹、18票」

「老紳士、22票!」

「おおおおお!」

どよめきが起こる。老紳士が驚いた表情で立ち上がった。

「と、いうわけで!グレートキャンプ路上ライブ王は...老紳士こと、吉田さんだああああ!」

会場が割れんばかりの拍手に包まれる。吉田老紳士がゆっくりと前に出てきて、石川から手作りトロフィーを受け取った。

「ありがとうございます...こんな歳で、まさかトロフィーをいただけるとは...」

吉田の目に涙が光る。その姿に、多くのキャンパーがもらい泣きしていた。

「よし!じゃあ最後に、王者吉田さんの演奏で締めようか!」

「いいですね!」

「聴きたい!」

キャンパーたちが口々に言う。吉田が照れくさそうに笑いながら、バイオリンを構えた。

「では...感謝を込めて」

静寂が訪れる。次の瞬間、夕暮れのキャンプ場に、美しいバイオリンの音色が響き渡った。吉田が選んだのは、「アメイジング・グレイス」。

その厳かで美しいメロディが、赤く染まった空に溶けていく。誰もが息を呑んで聴き入っていた。木々も、鳥も、風も、全てが音楽に耳を傾けているようだった。

曲が終わると、数秒の静寂の後、キャンプ場全体から大きな拍手と歓声が湧き上がった。

「ブラボー!」

「最高だった!」

「ありがとう!」

吉田が何度もお辞儀を繰り返す。その背中を、夕日が優しく照らしていた。


日が暮れ、焚き火が灯る頃、キャンプ場は穏やかな雰囲気に包まれていた。

歌手志望者たちは、それぞれのテントで今日の成果を確認していた。

田中は、投げ銭で集めた7000円と、プロダクションからの名刺を握りしめて泣いていた。

「夢じゃない...夢じゃないんだ...」

矢野は、音楽雑誌の編集者と連絡先を交換し、興奮で眠れそうにない様子だった。

「マジでチャンスきた!絶対モノにする!」

双子の姉妹は、完売したCDの売上金を数えながら、「次はもっと良い曲作ろうね」と励まし合っていた。

女子高生は、「リスに投げ銭盗まれた話、ライブのネタにしよう」と笑っていた。

ラップの若者は、今日撮影された動画がSNSでバズり始めていることに気づいて、「マジかよ!」と叫んでいた。

吉田老紳士は、トロフィーを抱きしめながら、ライブハウスのオーナーと今後のスケジュールについて真剣に話し合っていた。

そして石川、千葉、富山の三人は、自分たちのテントで焚き火を囲んでいた。

「いやあ、今日は最高だったな!」

石川がビールを飲みながら笑う。千葉も「本当に最高でした!」と同意する。

富山は呆れたような、でもどこか満足そうな表情で二人を見ていた。

「まあ...結果的には良いイベントだったわね。みんな喜んでたし」

「だろ?俺の企画は完璧なんだよ!」

「調子乗らないの」

富山が石川の頭を軽く叩く。三人が笑った。

「でもさ、プロデューサーさんって呼ばれてたじゃん。どんな気分?」

千葉が茶化すように尋ねると、石川が照れくさそうに笑った。

「まあ...悪い気はしないな」

その時、テントの外から声がした。

「プロデューサーさん!」

三人が顔を上げると、そこには田中が立っていた。

「どうした?」

「あの...本当にありがとうございました。今日、人生変わりました」

田中が深々と頭を下げる。その姿に、石川が少し真面目な表情になった。

「いや...お前が頑張ったからだよ。これからも頑張れよ」

「はい!絶対に夢、叶えます!」

田中が力強く答えて走り去っていく。その背中を見送りながら、石川が小さく呟いた。

「...いいキャンプだったな」

「うん、本当に」

富山も笑顔で答えた。千葉が「次はどんなキャンプします?」と尋ねると、石川の目がギラリと光った。

「次はなあ...」

「やめてよ...」

富山が先手を打って釘を刺す。三人が笑い合った。

夜空には満天の星が輝いていた。キャンプ場のあちこちから、まだギターの音色や歌声が聞こえてくる。歌手志望者たちは、まだ歌い続けていた。

石川が夜空を見上げながら呟いた。

「やっぱりキャンプは最高だな」

「ええ」

「ですね」

三人の声が、星空に溶けていった。

こうして、『俺達のグレートなキャンプ235 歌手志望者の路上ライブ祭しようぜ(キャンプ場!?)』は、大成功のうちに幕を閉じた。

翌朝、撤収作業をしていると、管理人が近づいてきた。

「石川さん、また来年もやってくれませんか?」

管理人の言葉に、石川の顔がパッと明るくなった。

「マジですか!?」

「ええ。お客さんにも大好評でしたし、何より...楽しかったです」

管理人が笑う。富山が「ちょっと...」と不安そうな顔をするが、石川はもう決めていた。

「よっしゃ!来年は規模を拡大して、もっとグレートにするぜ!」

「やめてええええ!」

富山の悲鳴が、朝のキャンプ場に響き渡った。

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