ビブリオバトル!! ~新感覚・本の実体化バトル~

あーく

ビブリオバトル!! 前編

「さぁ始まりました! ビブリオバトル地区大会! Aブロックは中ノ原なかのはら高校 対 月美つきみ高校! 果たして、県大会へ歩を進めるのはどちらでしょうか!」


 熱気のこもった体育館内に司会の声が響き渡る。観客席では、すでにどちらが勝つかを予想する声が飛び交い、期待と興奮が空気を震わせていた。

 イベント用に作られた中央のフィールドには各高校の代表選手二人がパイプ椅子に座っており、その周りは観客でいっぱいだ。

 リオは背筋を伸ばし、手を固く握ったまま膝の上に置いていた。そのてのひらの中は汗でびっしょりだった。


「き、緊張します……」

「大丈夫だよ。練習通りやれば」


 初参加である、中ノ原なかのはら高校1年のリオ。その隣で2年のトムが励ます。


「勝ち負けは二の次でいいよ。ただ――」


 トムはおもむろに立ち上がる。


「全力でやらないと承知しないからな」


 再びスピーカーから司会の声が鳴る。


「第1回戦の対戦カードは――中ノ原高校2年 唐草からくさ 斗夢トム 対、月美高校2年 貝羅かいら 来夏ライカ!」


 両者は一定の距離を保ち、向き合う。

 それぞれの手には――一冊の本。

 家で読む本は単なる趣味であるが、ここでは武器と化す。


「それではビブリオバトル、スタート!」


 ブザーが鳴り、デジタル数字が5分のカウントダウンを始める。

 同時に両者が本を開く。

 最初に声を発したのはトムだった。


「まずは僕からだ! 僕が選んだ本は『王に仕えた処刑人』!」


 トムの足元から一瞬、まばゆい光が輝く。

 光の中からむちを持った処刑人が現れた。


「当時、処刑人の家系は死を扱う職業のため、忌み嫌われていました。彼も例外ではありません! それが、彼の壮絶な人生の始まりだったのです!」


 会場全体が水を打ったように静まり返る。

 その沈黙の中でもライカは本を開く。そこに迷いは一切見られなかった。


「私が用意した本は『忘れられた島』! あるフィールドワーカーが記した生物記録です!」


 同じくライカの足元が光り、その中から探検家が出現した。


「ここからはるか南東に位置するアルメイナ島へ行くには、とある島を中継しなければなりません! その船の待ち時間で珍しい鳥を目撃します! 現地の人に尋ねると、よく見かける鳥とのこと! しかし、実は世界的に珍しい鳥だったのです! この島こそ、アルメイナ島の陰に隠れた生物の宝庫だったのです!」


 すると、探検家が白い渦に包まれた。大きな渦のように見えたそれは、海鳥一羽一羽の群れであった。


「処刑人の本ねぇ……。選出は悪くないわ。でも、残念ながら処刑されるのはあなたの方よ」


 ライカは躊躇なく処刑人を指さす。


「海鳥よ! あの処刑人の目をくり抜いてやりなさい!」


 数十羽もの海鳥が羽をたたみ、勢いよく処刑人の方へ飛び出した。その姿はさながら、ミサイルのようだった。

 トムは軽く微笑んだ。予想の範囲内だ。


「彼の名はサムソン! 王に使える処刑人であり、法にそむく何百もの罪人に対し、鞭打ちの刑を執行してきました!」


 サムソンの手に鞭が現れ、大きく振るった。空を裂く音が響く。向かってくる海鳥を次々となぎ払い、撃墜していく。一つ鞭の音がするごとに海鳥が一羽、また一羽と地に落ちていった。撃ち落された鳥は、地に触れる前に粒子となって消えた。


 ビブリオバトル――高度なホログラム技術によって可能にした、本の内容を実体化させて戦うスポーツだ。

 リオは息を呑んで光景を見つめていた。こんなハイレベルな応酬が見られるとは思ってもみなかった。


 トムは余裕の表情を浮かべていた。


「まだまだほんの序の口だよね。どんどん来なよ」


 ライカも思わず笑みがこぼれる。


「あら、どんどん攻めちゃってもいいの?」


 ページをパラパラとめくる。


「一番注目すべき動物は熊でした!」


 探検家の姿がみるみる変わっていく。体は肥大化し、深い毛に覆われていく。服も巨大化に耐えられず、ビリビリに破けてしまった。やがて、体長2メートルはあろう熊に変身した。

 客席の空気が一変する。ざわめきが聞こえ始め、緊張感が広がっていった。

 海鳥のような小動物とは違う。あれは人類が立ち向かっても歯が立たない猛獣だ。


「この熊は島で生活しているうちに特有の進化を遂げていてねぇ、海に囲まれた環境で生き抜くために、海の中に獲物を求めたの。すると、肺はどんどん水圧に耐えられるようになり、長時間潜っていられるようになっていった。この独自の進化が今後、この島が注目されるきっかけになったわ。主な獲物は魚や海獣。時には人が持っている食料を狙うこともあるから、気を付けてね」


 熊が一歩前に出る。床が軋む音。

 直後、サムソンに牙を剥き、襲い掛かる。

 だが、トムには次のページが読めていた。


「その日はやってきました! なんと、長年信頼を寄せていた王が悪事を働いていたというのです!」

「遅い! 対応が遅すぎるわ! 早く熊を止めないと食べられちゃうわよ?」


 しかし、トムは本をパタンと閉じ、観客に向かって両手を広げる。


「『おお、王様よ! 王様の世話になったこの私が、どうしてこのロープを切る事ができましょうか!』。サムソンの目の前にあったのは――」


 襲い掛かる熊の首と両手をがっちりと拘束する。

 ギロチンだった。まるで最初からそこに存在していたかのように姿を現していた。


「真相はわかりません。王の座を狙う者の計略により、あらぬ噂を吹聴しただけだったのか。はたまた、王は本当に悪事を働いていたのか……」


 会場は驚くほど静かだった。誰しもがこの物語にすっかり聞き入っていた。


「王様は言います。『お前だからこそ任せられるのだ。この私が信頼しているお前だからこそ――』」


 ライカはトムの演技を見ながら呆然と立っていた。だが、すぐに目が覚めた。このままではまずい。勝たなければ――。


「熊よ! そんな拘束具、壊してしまいなさい! この島の熊は、滑りやすい魚でも掴めるように鋭い鉤爪かぎづめが備わっています!」


 熊は2トンもの腕力を持つという。その強大なパワーと鋭い爪で拘束具を外そうとする。しかし――


「無駄だよ」

「!!」


 あの巨体が暴れているにもかかわらず、ギロチンが壊れる気配は一向にない。ミシミシと虚しく音を立てるだけだった。

 ――おかしい。本来ならこのまま押し切れるはずだった。


「もうわかっているだろ? 君の本、なかなか興味深い導入ではあったんだけど、途中から目的を見失っているね。君はもはやバトルに勝つことしか考えてない」


 ライカはハッとした。

 このビブリオバトルにおいて勝利するために必要な物がある。


「観客の心を掴まなきゃだめだよ。実体化された物体は、観客の支持によって力を得る。より面白ければ、より共感できれば、より大きな力を得ることができる。それだけの話だ」


 思えばあの瞬間から勝負は決していた。ライカは惹かれていたのだ。トムの演技に、そして、本の魅力に。

 トムは大きく息を吸い、観客の方へ顔を向ける。


「サムソンは決意しました。断腸の思いでロープに刃を入れます。サムソンは目に涙を浮かべていました。それは弔いの涙でもあり、感謝の涙でもあったのです」


 熊が首を切断されたところで、ホログラムは全て消滅してしまった。

 試合終了のブザーが鳴る。


「第1回戦を制したのは、中ノ原高校2年、唐草 斗夢さんでーす!」


 会場全体が拍手に包まれた。


 ライカは静かに自分の席に座った。

 この拍手は自分に向けられたものではない。自分が悔しかった。

 だが、その悔しさの中にも納得感があった。

 相手も強者であったというのは言い訳だろうか。しかし、対戦相手の自分でさえ心を奪われてしまったのも事実。


「……ごめん、後は頼んだよ、権田原ごんだはら

「……ウス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月16日 09:00
2026年1月17日 09:00

ビブリオバトル!! ~新感覚・本の実体化バトル~ あーく @arcsin1203

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画