充電式の彼女

ネコタ斑猫

充電式の彼女

 スマートフォンのバッテリーの最大容量が8割を切ったら、替えどきらしい。

 (そういえば真珠さんと出会ったのもそれが縁だった)


 「あの、つかぬ事をお伺いするんですけど……充電用のバッテリーをお持ちではないでしょうか」

 3年前、新幹線で隣に座った真珠さんが、おそるおそるとはいえ声をかけてきたので僕は非常に驚いた。世の中の女性が、自分が声をかけられることを厭うことはあれど、自分から声をかけてくることがあるなんて思ってもいなかったからだ。

 「えぁっ、電池切れですか? バッテリーありますけど充電だったらこれ使っていいですよ」

 僕は窓際のコンセントから引いている1.5メートルの充電用ケーブルを彼女に示した。彼女は少しばかりわくわくした調子で

 「そんなに長いケーブルがあるんですね」

 と言った。

 それが出会いだった。


 結局僕のケーブル端子に彼女のスマートフォンは合わなかった。

 「すみません、お手数おかけして。ありがとうございました」

 しおしおと引っ込もうとする彼女に、

 「いや、あの、僕こういうのも持ってるんで。よかったら」

 現行の全ての充電方式の端子のついたマルチケーブルとバッテリーを差し出した。

 「え、やば、すご」

 (素が出とる)

 「メチャメチャ準備いいんですね。じゃ、お言葉に甘えてお借りします」


 社用携帯のバッテリーの最大容量が8割を切っているのに新しいものが支給されないそうだ。

 「充電したバッテリー、ケーブルごとまるっと忘れてきちゃって」

 「そういうことってありますよね」

 一呼吸おいて、彼女から。

 「……ご旅行ですか」

 「ええ、割と休みを取りやすい職場なもんで、人がいない時を見計らって出かけるようにしてるんです。……まとまった休みは日程調整しづらい家族やカップルのためのものだと思ってるんで」

 「細やかな心遣いですね」

 「あ、はぁ、……まぁ……」

 聞かれたこと、要望されたことには応えるがこちらからは何も言わない何も聞かない。それが処世術だったはずなのに、ついつまらない自分のこだわりを話してしまった。嫌がっていないだろうか?

ところが彼女は何ら意に介さぬ様子ではきはきと会話を続けた。

 「私は今日初めて一人でお得意様のところに伺うんです。こんなときに道に迷ったり緊急連絡が取れなくなったらどうしようかと思って……見てください、この勢いで充電減ってくんですよ。怖くないですか? 」

 示されたスマートホンを見る。

 「……充電しながらだからわかんないっすね」

 おそるおそる言ってみる。

 「あ、ほんとだ。やだ私ったら。これでわかりますよね? 」

 彼女はケーブルを抜いて僕に画面を示した。

 ほんとうだ。

 数分ごとに1%減ってる。これでは朝しっかり充電しても昼過ぎまで持つかどうかだ。バッテリーがないと死ぬ。

 「自分でお金出すから携帯のバッテリー交換させてくださいっていっても、会社のものだからダメだっていうんですよ。ひどくないですか? 」

 「う、うん、そうだね」

 自分は会社から携帯を支給されるような仕事についたことがなかったからそれがどの程度酷いことなのか判断できなかった。それより待ち受けが気になった。

 (こちらから話しかけていいのは『※ただしイケメンに限る』。僕は話しかけて良いキャラじゃない)

 それでも僕は好奇心を……いや、僕がそれを知っているということを表明したいという衝動を抑えられなかった。

 「……あの、そのキャラクター、もしかしてダム僕シリーズの異端児高津川君じゃないですか? 」

 彼女が目を丸くした。

 「え? なんで……」

 「いや、僕もそのキャラちょっと気になってまして」

 「マジ、ですか」

 彼女はじっと僕を見た。

 (嘘だ。

 単純に、しょっちゅう似てるっていわれるから調べたことがあるだけだ。深堀されたらあっという間にばれる。なんで気になってるなんて言っちゃったんだ。でも「しょっちゅう似てるって言われるから知ってるんです」なんていうのもナルシストっぽくてそれはそれでいやだ)

 「……私今までにリアルでダム僕の高津川君知ってる人に会ったことなかった……あの、今日どこ泊まるんですか? 」

 「あー、金沢駅の近くです」

 「私も金沢です! よかったら夜ご飯ご一緒しませんか? あ、旅行中なんですよね。決めてるお店あるんだったら付き合いますよ! 」

 「あー……、お店は決めてるけど、お仕事なんだったらその後会社の方との付き合いとかしなくて大丈夫なんですか? 」

 彼女は、に、と笑った。

 「だぁいじょうぶですよう! そんなのこのご時世いくらでも躱せますよ! 」


 「高津川君ってかんわいいですよねぇ」

 駅ナカの金沢おでん屋で、彼女はおでんとぬる燗で火照った笑顔でそう言った。さっと食べてさっと飲んでさっと解散だと思っていたのに、彼女はしっかり腰を据えて飲むつもりのようだった。

 「ダムがない川なのに僕ダムのキャラになってるって時点で面白いと思います」

 「そう! それなんだけど、やっぱり公式すごいなって思うんですよ。ダムがテーマのゲームにあえてダムのない河川をキャラとして入れることによって対比させてるわけですよ、人工と未開発の自然を。高津川君は自分は発電力も水害の抑止力もない役立たずだって思ってるけど、そうじゃない。唯一なんですよ、一級河川で支流にもダムのない川って。その貴重さ、文字通りの天然さを本人がわかってないどころか卑屈になってるところがほんとかわいくて……ヤバイですよね」

 「あー……その、すみません、高砂さん」

 「なんですか、高津川君」

 「いや、僕高津川じゃなくて神崎です」

 「あ、そうそう、神崎さん。なんですか? 」

 「……僕、実はダム僕やってないんですよ。その、高津川っていうキャラは知り合いに教えてもらってちょっと調べたくらいで……」

 「どんなふうに? 」

 「いや……その……」

 「……似てるって言われました? 」

 瞬間、耳まで血が昇ってくるのを覚えた。恥ずかしい。僕にはそんな価値なんてないのに。ゲームのキャラクターに似てるだなんて。消え入りたくなる。

 「……その、二次元に似てるなんて、烏滸がましくて……すいません……」

 「それー!!!! 」

 彼女は僕の両の手を力強く握ってきた。

 「それ! 烏滸がましくてすいません! まさにそれ! 高津川君の台詞! ヤバイ! ピュア! ありがとう! 御馳走様! 」

 両手を揺さぶられる。

 「あーもー、私だって今まで二次元しかやってこなかったの! でも信じらんない! ハグしたいけどセクハラだよね! やめとくわ、うん! 」

 これはヤバイ。水を飲ませよう。僕は店員さんに水を頼んで高砂さんに勧めた。

 「明日もお客さんのとこ行かなきゃなんですよね。だったらこの辺にしておきませんか? 」

 彼女はじっとこっちを見て、ふ、と首を傾げた。

 「ん、高津川君がそういうならここまでにする」

 「神崎です」

 「もうミドルネーム高津川にしちゃいなよ」

 「それはちょっと……」


 次の日の早朝彼女から大変丁重な謝罪のラインがあり、迷惑のお詫びにと東京に戻って早々にご飯をおごってもらい、何となく週一ペースで会うようになり、そしてプロポーズされた。

 された?

 プロポーズされたのだ。

 僕が。


 「すみません、私、神崎さんを定期的に充電しないとダメになりました」

 秋も深まった公園で、きらきらと舞い落ちる金色の銀杏を背景に、高砂さんはそう告げた。

 僕はその意図を測りかねて背の高い高砂さんの顔を少しだけ見上げていた。高砂さんの顔に愛しさが満ちる。

 「私が神崎さんのこと守ってあげますから! ずっと私の充電池でいてください! 」

 抱きすくめられる。

 「……いやですか? 」

 そのころには僕は、彼女がローテーションする香水の種類までわかるようになっていた。

 「いやじゃないです、けど……」

 深く息を吸った。

 「その、高砂さんは、僕のことを理想化しすぎてるんじゃないかと思って……。

 僕は高砂さんに比べて条件もそんなによくないし、もっと冷静に時間をかけて考えたほうが……」

 高砂さんは僕の目をじっと見た。

 「もしかしたら金沢で私が高津川君って呼んだの、まだ根に持ってる? 」

 「えっ! あっ! ……いや……」

 彼女は僕の肩に手をやってベンチに促した。

 「ちょっと、座ろっか」


 「あのときはね、ごめんなさい。高津川君って呼んだのは間違ったんじゃなくてわざとです。冗談にしないともたなかったの」

 何が?

 「でも、その後一緒にご飯いったりするようになって」

 す、と間が空く。彼女は遠い遠い空を見上げていた。何となく僕も一緒に空を見上げた。こんな風に空を見上げるようになったのは彼女と付き合い始めてからのことだった。秋の空は抜けるように高いのにどこか白々としているんだなぁと感心した。空気が乾いているからだろうか。

 「……ね」

 「? 」

 「今の。今の間。私が急に話すのやめても、あなたは急かさないし、言葉で沈黙を埋めようとしない。一緒に空を見上げてくれる。だから。

 だから、神崎君がいいの」

 彼女は微笑んだ。

 ああ、そうか。

 僕も、彼女との時間がとても心地よかった。

 彼女も、そう感じてくれていたのか。


 (そうはいってもやっぱり不安だ)

 彼女は……いや、真珠さんは、持ち前の距離感のないコミュ力でもりもり営業成績を上げバリバリ昇進している。こっちは昇進の当てのない仕事だ。周りにはいくらでも僕より優れた男性がいるだろう。そういう人に、真珠さんは気を引かれたりしないのだろうか?

 そんな風に思いながら、仕事を持ち帰った日のための彼女の書斎に掃除機を持って入った。ベッドを整える。と、彼女の枕もとに、あの日のスマートフォンが置いてあるのを見た。つい手に取ると、いつの間に撮ったのか、待ち受けが僕の写真になっている。

 (社用携帯じゃなかったのか? )

 「樹君、そこは私のプライベートゾーン」

 いつの間にか背後に立っていた真珠さんに耳元に囁かれ僕は飛び上がった。

 「掃除は僕の仕事でしょ! 」

 「わかってるわよぉ、スマホ見られて恥ずかしかったの」

 「それ、社用携帯……」

 「引き取った。無理言って。だって廃棄するっていうから」

 「バッテリーは? 」

 「いっぺん交換した。そんで目覚ましにしか使ってない。けど……」

 「けど? 」

 「たぶん、もうキワキワ」


 いつかのように抱きしめられた。

 「もうわかったでしょ。心配にならないで。私、いやになるほどしつこいの。このスマホも、バッテリーがへたれきって、ケーブル繋いでないと動かなくなっても、ずっと使うよ。

 ずっとずっと大事にする。だから。

 誰とも比べないでいいの。

 ずっとずっと、あなたのままのあなたを、私に充電して」

 

 終

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