マジシャンの帽子

@mia9503

マジシャンの帽子

流奈(るな)は兎たちにニンジンをあげました。飼育小屋の兎たちはみんな美味しそうに食べましたが、たった一匹だけは違いました。そのウサギは自分の体より大きな帽子に寄り掛かって流奈をじっと見つめていたのです。


「君、その時計盗んだだろ?」


ウサギが流奈の手首を指差して聞きました。流奈はドキリとしましたが、平然としたふりで答えました。


「違う。元々私のものだもん」


ウサギは二本脚で立ち上がると、流奈の方へ歩み寄ってきました。そして、飼育小屋の鉄格子をぎゅっと掴みました。


「僕をここから出してくれ」

「なんで私が?」

「もし出してくれたら、あの帽子をあげる」


ウサギは自分が寄り掛かっていた帽子を指しました。すらりと伸びた硬い円筒形に狭いつばがついたシルクハットでした。真っ黒で、胴には細いリボンが巻かれています。


「ただの帽子じゃん」

「ただの帽子じゃなくてマジシャンの帽子さ。中に物を入れると誰にも見つからなくなる」

「要らない」

「君と同じ時計をつけている子を見た事がある」

「それがどうした?」

「その子がその時計を探していてさ」

「これは私の物だって」

「じゃ、後でその子が餌やり当番に来たとき、君がその時計を持ってるって教えちゃっても構わないよね?」


流奈はウサギを睨みました。ウサギも負けずに流奈を見つめ返しました。


「あっ、あっち!時計を失った子だ!」


ウサギがいきなり耳をぴょこっと立てながら叫びました。流奈はびっくりして手首から時計を外すと慌ててポケットに入れました。


「やっぱり盗んだよね」


ウサギがニヤリと笑いました。流奈は口を尖らせながら飼育小屋のドアを開けました。ウサギはマジシャンの帽子を引きずって外へと出てきました。自由を味わうように深く息をし、流奈の足元に帽子を押しやりました。だが、流奈は帽子には目もくれず、また時計をつけようとするばかりでした。


「元の持ち主にバレちゃうよ?そんな風に堂々とつけてるのは辞めた方がいい」


ウサギが腕を組んで言いました。流奈はじっくり考えて時計を帽子の中に投げ込みました。時計は忽然と消えてしまいました。


***

帰り道、コンビニの前を通りかかった時のことです。ウサギがランドセルからひょっこりと顔を出して言いました。


「僕、チョコバーが食べたい」

「兎がチョコバーも食べるの?」

「飼育当番の子たちが食べているのを見たのさ。すげーうまそうだった。僕にはニンジンなんか押し付けやがって」

「でも私お金ないもん」

「いいから、とりあえず入れ」


流奈はウサギの言う通りコンビニに入りました。チョコバーは目立つ所に陳列されていました。


「何個か取ってバイトさんの目に付かない所に行け」


ウサギが囁きました。流奈はバイトのお姉さんが接客をしている間チョコバーを三つ取り上げました。続いて何を買おうか悩むふりをしながら店内の片隅に移動しました。

ウサギはぴょんとランドセルから跳ね出て勢いよくチョコバーをかじりました。


「君も食べて」


流奈は暫く戸惑いましたが、結局チョコバーの包装を剥き、食べ始めました。残りのチョコバーとビニールゴミはマジシャンの帽子に入れました。

コンビニから出ようとする時、


「ね、ちょっと待って!」


とバイトのお姉さんが呼び止めました。そのお姉さんはマジシャンの帽子をひっくり返して振りました。ほこり一粒落ちませんでした。流奈のポケットとランドセルの中も漁りましたが、何も見つかりませんでした。


「変だな…」


バイトのお姉さんは仕方なく、流奈を帰してやりました。ウサギのお陰で流奈はタダでお菓子にありつくことができたのです。


***

家に着きました。母はパソコンの前で電話をしていました。


「ただいま!」


挨拶をしても、母は流奈をちらっと見ただけで、適当に手を振ってあしらいました。母はテレワークをしているので家にいましたが、いつも忙しそうでした。

流奈は自分の部屋に入りました。ウサギはランドセルを開けて飛び跳ね、ベッドの上に着地しました。マットレスの上でピョンピョンと跳ね回り、楽しそうに宙返りまでして見せました。

流奈はそんなウサギの姿を笑いながら眺めました。その時、外から母の声が聞こえてきました。


「流奈、今回のテスト見せて!」


流奈はドキリとしました。


「どうしよ!」

「心配することはないさ。帽子の中に捨てればいい」


ウサギがウィンクをしました。流奈はランドセルから散々な結果のテストを取り出し、急いで帽子の中に詰め込みました。マジシャンの帽子はタンスにしまっておきました。

流奈が答えなかったので母が直接部屋に踏み込んできました。ウサギは素早く布団の下へと潜り込みました。


「聞こえなかった?テスト、見せなさい」

「まだ帰ってきてないよ」

「そう?恵ちゃんのクラスからは返されたって聞いたけれど」

「その子は別のクラスだから」


母は怪しむようにランドセルと引き出しの中を確認しました。


「これは何?」


母は引き出しの中にいたボードゲームセットを取り上げました。


「友達から借りたの」

「遊んでばかりいないで勉強もして」


母はボードゲームセットを机の上に置きました。テストについてはそれ以上聞きませんでした。結果が分かったらすぐに教えてと念を押すだけでした。流奈は安堵のため息をつきました。


「それ、借りたものじゃないよね?」


母が出ていくと、布団の下に隠れていたウサギが机の上にぴょんと飛び跳ねてきました。


「先生がみんなのために教室に置いたものだよ。面白そうだから持ってきたの」

「学校で遊べばいいのにどうして?」


流奈は答えませんでした。誰も仲間に入れてくれないから持ってきたとは言いたくなかったのです。ウサギはボードゲームセットに向いて鼻をひくつかせました。


「やってみる?」


流奈がウサギに聞きました。


「いや。ボードゲームなんか興味ない」


ウサギは後足で頭を掻き、再び布団の中に潜り込んでしまいました。

流奈は暫くウサギの消えた方を見つめてから、ボードゲームセットをマジシャンの帽子に入れました。また母の目につけば、どこで手に入れたのか正直言え、としつこく問い詰められるのが目に見えていたからです。部屋のあちこちに隠しておいたおもちゃやブロックも探し出し、帽子の中に詰め込みました。すべて教室からこっそりと持ち出した物でした。

特に盗もうとした訳ではありませんでした。クラスメイトたちが自分抜きで楽しそうに遊んでいるのが我慢ならなかっただけです。おもちゃがなくなって惜しむクラスメイトたちを見ながら流奈はひっそりと笑いました。しかし、虚しさが消えることはありませんでした。一人で遊ぶおもちゃなんて全然面白くありませんでしたから。


「何も見えないなあ」


流奈はおもちゃが消えていった帽子の中を覗き込みました。宇宙のように深く暗い空間が果てしもなく続いていました。

次の日から流奈は帽子をいっぱいにしようと決心したかのように泥棒し始めました。クラスメイトのかわいいペン、ノート、ハサミなどの文具。チョコレット、スナック、飴などのお菓子。母にねだっても買ってくれないブレスレットやイヤリング。普段欲しかった物は勿論、少しでも気になる物があればなんでも帽子の中にかき集めました。自分が何を盗んだのかいちいち覚えられない程でした。

なのに、帽子の中に隠しておいた物を出して使ったことはありません。そんなこと、流奈はどうでもよかったのです。帽子に物を集めれば集めるほど、心が満たされるような気がしましたから。


***

流奈は休みの時間を告げるチャイムが鳴るや否や体育の授業で誰もいない教室に走りました。体育の時間には財布や貴重品を教室に置いていく子が多かったからです。みんなが戻ってくる前に盗み出さなければなりませんでした。


「今日も豊作だといいね」


流奈の右肩に腰掛けているウサギが呟きました。流奈はロッカーから物色し始めました。ランドセルを一つ一つ開けて盗みがいのありそうな物があるか確認しました。


「ハズレ。しょぼいなあ。収穫なしか」


つぎは生徒たちの席。流奈は器用にお道具箱や机の中を漁って財布を探し出しました。中身のお金だけ抜き取ると財布は元の場所に戻しておきました。流奈なりのバレないこつです。勿論、たまにお気に入りの財布を見つけると、そのまま帽子の中に落としました。

満足して教室を出ようとした、その時です。後ろのドアに立っていた女の子と目が合いました。流奈は驚きのあまり、その場に針付けになりました。女の子はにっこりと微笑んで、ついて来いといわんばかりに手招きしました。


「今日手に入れたお金、全部出しなよ。そしたら内緒にしてあげる」


女の子は人目のない廊下の隅まで流奈をつれていくと口を開きました。流奈は黙り込んだままでした。


「あんたの盗み、初めてじゃないでしょ?シズクちゃんの時計もあんたの仕業だって知ってるんだから。今すぐお金を出さないなら、みんなにバラしちゃうよ?」


流奈は小さな声で答えました。


「あげない」


女の子は怒り出して流奈の髪を鷲掴みにしました。流奈は抱えていたマジシャンの帽子を落としてしまいました。


「何とかしてよ!」


流奈がウサギに叫びました。

ウサギは地面に落ちた帽子を拾うと、ぴょんと跳ね上がり、女の子の頭に深く被せました。すると、その子は帽子の中にシューッと吸い込まれてしまいました。


「何するのよ!」

「何とかしてって言ったんじゃない?」

「いくらどうでも帽子の中に人を入れるとどうする?早く出して!」

「ダメ」

「何言ってるの?早く出してって!」

「こいつがみんなに言いふらしてほしいか?今までしてきたことすべて知られたい?」


流奈は返す言葉がありませんでした。


***

「もう泥棒は辞めないと。バレちゃうかも。欲しいものは全部手に入れたし。多分…」


流奈が言いました。ウサギの手伝いでチョコバーをパクったそのコンビニを通りかかる時のことでした。


「じゃ、最後にもう一回万引きしようぜ。チョコバーが食べたい。」

「こないだ盗んだものあるじゃん。帽子で出して食べればいいのに」

「作りたての料理と冷蔵庫に入れておいた残り物は比べ物にもならないさ。盗みたてのチョコバーと盗んでおいたチョコバーの味も違うに決まっているだろう」


流奈はため息をついてコンビニに入りました。バイトのお姉さんがよそ見している隙に、チョコバーを取り、片隅に行きました。ちょうど包装を剥いてかじろうとするときでした。


「こらっ!」


という声がしました。驚いて振り返ってみたらバイトのお姉さんが立っていました。


「やっぱり君だったわね?君が来る日はいつもお菓子一つや二つはなくなってしまうからおかしいと思っていた」


流奈はウサギを連れて逃げようとしました。だが、バイトのお姉さんに捕まってしまいました。


「どこへ行く気?警察呼んだから覚悟しなさい」


警察という言葉に流奈はふと怖くなりました。逮捕されたらコンビニでの万引きだけではなく学校や他の商店での盗みもバレてしまいます。

流奈はバイトのお姉さんに帽子を被せました。牢屋には行きたくありませんでしたから。

シューッ!

と、バイトのお姉さんは帽子の中へと吸い込まれました。

コンビニから出ると、停車しているパトカーが目に入りました。警察官が流奈に近づきました。流奈は後ずさりました。まるで自分を捕まえにくるような気がしましたので。

警察官が手を伸ばしました。流奈はぎゅっと目を閉じました。

カランカラン、

コンビニのドアが開かれる音が聞こえました。警察官はコンビニの中を見回しました。流奈はこの機に場を離れようとしました。が、


「お嬢ちゃん」


警察官が呼び止めました。流奈はビクッとして足を止めました。


「ここのバイトさんどこに行ったか知ってるかな?」


流奈はゆっくり振り向きました。


「万引きの報告があってね。もしかしたらお嬢ちゃんが犯人だったりすることはないよね?」


流奈は息が止まりそうでした。暫くの間、警察官をじっと見て、走り出しました。必死に足を動かしても大人の警察官から逃げることはできませんでした。結局捕まってしまったのです。流奈は体を回転させ、警察官の帽子を剝ぎ取りました。警察官が自分の帽子を取り戻そうとする隙にやっとマジシャンの帽子を被せることができました。

シューッ。

マジシャンの帽子は警察官を飲み込んで地面に落ちました。流奈はマジシャンの帽子を持ち上げて家に向かいました。


***

玄関ドアを開けたら、母が両手を腰に当てて立っていました。


「テスト、出しなさい」

「まだ帰ってきてないの」

「いつも嘘ばっかり!悪いことばかり覚えて!担任の先生に電話したらもう何週も前に返したって!」


母のお説教が始まりました。流奈はイラっとしました。こんなに運が悪い日があるなって。今までの盗みや嘘が全部バレてしまいました。

母のお説教は終わりそうにありませんでした。テストで低い点数を貰って何が悪い?今日いろんな人に脅され、捕まえられ、逃げ回って緊張して疲れているのにお説教なんて!と流奈は叫びたかったです。

流奈はパッと飛び跳ねて母にマジシャンの帽子を被せてしまいました。煩いお説教と共に母は帽子の中にシューッ、吸い込まれました。


「えっ?」


ランドセルの中に隠れていたウサギは息を呑みました。

リビングは静まり返りました。流奈はランドセルを床に置きました。心臓がバクバクして顔が熱くなりました。マジシャンの帽子を抱き締めて涙を拭きました。

流奈を理解してくれる人は誰一人いませんでした。流奈は胸に大きな穴が開いたような気がしました。詰めても、詰めても埋め尽くせない大きな穴が。

ウサギがランドセルから出て流奈の足に体を擦り寄せました。暫くじっとしていた流奈はウサギを連れて外に出ました。

家近くの公園は静かでした。少し歩いてベンチに腰を掛けました。涼しい風に当たったら沈んでいた気持ちがましになりました。同時にお腹も空いてきました。流奈は今こそが帽子に詰めておいたお菓子を食べる時だと思いました。


「そう言えば帽子の中の物はどうやって取り出せるの?」

「さあね、僕もその方法が知りたいな」

「何?君も知らないってこと?」

「そうだな」


流奈は頭をガツンと殴られたような気がしました。


「え?じゃ、この中に入った人たちは?コンビニのお姉さんは?警察官は?母は?どうなるの?」

「分からないな…どうしよう」


流奈はウサギの耳を掴んで目の前に上げました。


「取り出せる方法があるっていったじゃん!」

「僕が?帽子の中に物を隠せるって言ったことはあるけど…取り出せるとは言ったことない」


流奈の呼吸が荒くなっていきました。


「一応、ちょっと放してくれない?僕、耳が敏感だから痛いんだ。マジシャンに聞くと方法を教えてくれるかも知れないから…」


流奈はついにぷつんと糸が切れ、ウサギをマジシャンの帽子の中にぶち込みました。そしてすぐに自分が大きな過ちを犯したということに気付きました。


「ウサギちゃん、ウサギちゃん!」


流奈はマジシャンの帽子の中の静寂で暗い空間を覗きながら叫びました。次の瞬間、流奈はシューッと帽子の中に吸い込まれてしまいました。

こうして、帽子の中は流奈の欲しかったものでいっぱいになったのです。


***

公園のベンチにマジシャンの帽子がぽつんと置かれていました。ポン、ポン。どこからか跳ねて来たテニスボールが、帽子の中にシューッと吸い込まれました。


「あれ、ボールが…?」


キャッチボールをしていた子供が駆け寄ってきて、不思議そうにその帽子を手に取りました。

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