あの日の目覚まし時計
アジカンナイト
目覚まし時計が鳴り止まない
「じゃあお母さん、晩ご飯を買いに行ってくるから」
これから出かける母の声が玄関から聞こえてきた。
見送りに玄関へ向かうと、弟もいた。
母は、今日の晩ご飯を豪華にする為に隣町のデパートへ出かけた。
明日から弟が学校に復学する。そのお祝いをする為だ。
そんなお祝いの晩ご飯代を出したのは俺である。全ては頑張る弟のため、惜しくもない。
弟に握手を求められた。
「お金のことなんて気にしなくていいぞ」
俺は弟の目を見て言った。
気遣いの塊みたいな奴だから、言っておかないと。
弟はにっこり笑うと部屋へ戻っていた。
弟は医者と話し合って、ようやく学校に行けるようになったらしい。
俺は昨日、それを母から聞いて驚いた。
そんなに回復したのか?って心底疑問だったからだ。
でも医者と話し合って大丈夫となったらしい。
素人の俺は出しゃばらずに医者の考えに従うべきである。
弟は俺に病気の話をしなかった。
仕事で忙しかった俺の迷惑になりたくないと言っていたから、多分そういうことだろう。
母が買い物に出かけてからしばらく経った頃、弟の部屋から目覚まし時計が鳴った。
最初は弟がすぐ消すだろうと放置した。
弟の性格ならすぐ止める。
だけど、ジリリリリという音は、中々鳴り止まない。
焦ったくなった俺は、弟の部屋の前へ向かった。
「目覚まし時計が鳴ってるよ」
弟からの返事はない。
扉を開けてみようと、ドアノブに手をかけてみる。
弟は部屋に入られるのを嫌がる。
流石に、このうるさい目覚まし音だけはどうにかして欲しい。
「入るよ?」
だけど、なんだか急に怖くなって手が止まった。
静かなんだ。
もう一度声をかけてみる。
「目覚まし時計が鳴ってるよ」
返事はない。
おかしい。
いつもならすぐに止めるはずの目覚まし時計を止めない。
開けるべきか?
いや、起きてすぐに消すはずだ。
違うだろ、俺
“最悪”を想像して怖いだけだろ?
現実から逃げたいんだろ?
扉の前で、扉を開けようか悩んでいるうちに目覚まし時計は止まった。
止めたのかな?
そうだよな、うるさいもんな。
俺は部屋に戻ると、イヤホンで大音量で音楽を鳴らした。音楽しか聞こえない。
それからしばらく経った頃、外から帰ってきた母の大声が部屋にまで届いてきた。
「来て!! 早く来て!! 急いで来て!!」
俺はその声だけで全てを理解した。
そんな予感はしていたのだ。
あー、そうか。それを選んだのか。
そしてその予感は悲しくも当たっていた。
「だめ! だめ!」
弟の部屋に行くと、足が地面についていない弟の体を母が必死に支えていた。
俺はすぐにハサミを持ってくると、弟を床におろした。
不思議と冷静なのは、こうなるだろうと思っていたからかも知れない。
すぐに救急車に連絡をする。そして心肺蘇生のレクチャーを聞いた。
俺は弟の手を握る。まだ温かい。
医療の知識なんてないけど、命が消えたら冷たくなることは知っていた。
大丈夫、まだ温かい。
「大丈夫だから……大丈夫だから」
俺は弟に声をかけながら、救急隊員に教えてもらったとおりに心肺蘇生を試みた。
ハヒュハヒュと弟の口から空気が漏れる。
やがて、救急車が到着すると、弟は救急隊員に蘇生されながら、担架で運ばれていく。
母は弟と一緒に救急車に乗った。
俺は怖くて一緒に乗れなかった。
――搬送された病院で、弟は天国に旅立ったことを確認された。
誰も手をつけていないデパートの惣菜を、俺はゴミ箱に捨てた。
◆◇◆◇
弟が旅立ったあの日から長い年月が経った。
今でも考えるのは、あの日の鳴り止まない目覚まし時計のことだ。
何のために弟は目覚まし時計をかけたのだろうか。それがずっと引っかかる。
俺に自分を救ってほしいことを知らせたかった?
それとも、真面目な弟のことだから、旅立つ時刻にでも設定していたのだろうか?
その真実は弟にしか分からない。
でももし、あの日の目覚まし時計が、「お兄ちゃん助けて」と弟からのメッセージだったとしたら……?
救うために止めるのか?
救うために止めないのか?
遅かれ早かれどうせ旅立つなら、近くで旅立ってほしいと考えてしまうのは俺のエゴだ。
あの日の選択は俺のエゴだ。
だけど許して欲しい。
最後に弟の温かい手を握れないのは寂しいし、顔を見れないのは辛いんだ。
そんな兄を許して欲しい。
でもやっぱり、あの音が弟からのSOSだと考えると、苦しいな。
今、あの日の目覚まし時計は枕元にある。
俺は毎日、その目覚まし時計を止めて仕事に向かっている。
あの日の目覚まし時計 アジカンナイト @ajikan-naito
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