エレベーターで異世界に行く方法
暮井丈
エレベーターで異世界に行く方法
ねえ、エレベータで異世界へ行く方法って知ってる? あら、知らないの? まあ今時の小学生は怖い話や都市伝説なんて興味ないものね。私が子供の頃は学校の怪談がクラス中でとても流行ってたのよ。特にトイレにまつわる怖い話。トイレの花子さんとか、赤マント青マントとか。花子さんは知っている人も多いでしょうけど、赤マント青マントはどうかしら。あー、やっぱり知らないのね。みんな震え上がってトイレにも行けなくなったくらいの怖い話よ。私もトイレに行くのが怖くなって、我慢し過ぎて授業中に漏らしちゃったこともあるの。あれは恥ずかしかったなあ。
いけない、話がそれちゃった。エレベータで異世界へ行く方法の話だったわね。まず大前提として、階数が10階以上ある建物のエレベーターを使うの。このマンションは13階建てだから条件はクリアね。それにしても不吉な数字だわ、13階だなんて。ふふ。
エレベーターに乗り込んだらまず4階に行くの。乗る時は必ず1人。次に2階、その次は6階、また2階、そして10階、最後に5階へと移動する。移動している途中でマンションの住人とか自分以外の人が乗り込んできたら失敗。また初めからやり直し。
5階に着いたら若い女の人が乗って来るの。ううん、ここで乗って来る人はマンションの住人じゃないのよ。女の人が乗り込んできたら、1階を押すの。すると不思議なことに、エレベーターは下降せず上昇を始める。10階に辿り着いてエレベーターの扉が開いたら、そこには異世界が広がっているの。
この都市伝説を聞いたのは私が大人になってからなのよ。子供の頃はトイレの花子さんの他にも口裂け女とか人面犬とかが有名だったのよ。なんて言えばいいかしら…何というか…アナログ的な感じの都市伝説?。だからエレベータにまつわる都市伝説があるなんてびっくりしたわ。やっぱり時代や科学の進歩に伴って都市伝説も新しくアップデートされていくのね。なんだか面白いと思わない?
私が受け持っていたクラスの女の子がこの話を教えてくれたんだけどね。あ、私小学校の先生をやっていたの。3年生のクラス。あなたも3年生くらいかしら? あら1年生? 背高いのねあなた。
仕事が終わってこのマンションに帰ってきてエレベーターに乗り込んだ時、クラスの子から聞いたエレベーターの話をふと思い出したの。昔は怖い話とか都市伝説とか好きだったなあと思って何だか懐かしくなっちゃって。それで冷やかしみたいな気持ちで異世界に行く方法を試しちゃったのよ。初めは順調に階を進んでいったんだけど、5階に戻って来て、さあいよいよ女の人が乗り込んでくるぞって思ったら誰もいなかったの。なーんだ結局ガセネタかあ、と思って自分の部屋の階に戻ろうとしたら、急に男の人が乗り込んで来た。若い人だったと思うけど、どんな顔だったかはもう思い出せないや。
はじめはちょっとビクッとしたけど、5階に住んでる人が乗り込んで来たんだな、くらいしか思わなかった。それで自分の部屋の3階を押したんだけど、ドアが閉まった瞬間、エレベーターが上昇し始めたのよ。わたし頭が混乱しちゃって、都市伝説は本当だったの? とか、女の人のはずなのになぜ男の人が? とか、それともたまたまエレベーターが故障しただけ? とか。色々考えているうちにエレベーターはもう9階に差し掛かっていたの。慌てて9階のボタンを押したけど手遅れだった。エレベーターは10階に辿り着いて、ドアが開いた瞬間「早く降りろよ!」って背後の男の人に怒鳴られたわ。びっくりして慌ててエレベーターの外に出ると、男の人は必死の形相で閉まるボタンを連打してた。ドアが完全に閉まった瞬間、私に向かってもの凄く邪悪な笑みを浮かべたのがガラス越しに見えた。そしてエレベーターは下降して、その男の人も視界から消えてしまった。
それが遠い昔に私の身に起こった話。たまにエレベーターに乗り合わせる住人同士の会話で、あれから何十年も経過していることは知っているわ。私の教え子たちもとっくに私の年齢を超えておじさんおばさんになっているでしょうね。
もう気付いているでしょう? あなたは異世界に来てしまったの。異世界がどんな所なのかって? そんなこと聞かなくたってこれから嫌というほど分かるわ。ほら、エレベーターの扉もう空いてるわよ。
エレベーターはね、マンションの住人みんなのものよ。子供のおもちゃじゃないの。あなた、このマンションに住んでる子よね。いつも他の住人が立ち話をしているのを聞いてるわ。エレベーターで上に行ったり下に行ったりして遊んでいる男の子がいるって。買い物帰りで荷物が重いのに、あなたが遊んでいるせいでエレベーターが降りてこないって、最上階に住んでるおばあさんが困ってたわよ。ああ、そういえばエレベータのことであなたに注意したら突き飛ばされて唾をかけられたっておばさんもいたわね。どの部屋の子供か分からないってとても悔しそうにしてたわ。とんでもない悪ガキねあなた。他にもあるわよ。あなたこの前、自分より体の小さな子を連れてきて、エレベータ―の中でイジメていたわね。同じクラスの子か知らないけど、その子のこと押さえつけてドアに挟んだりして。安全装置がついているから挟まれたって大して痛くないけど、ドアに挟まれるなんてとても怖かったでしょうね。可哀想に、あの子泣き叫んでお漏らしまでしちゃってたじゃない。あなたは「コイツ漏らしやがった! くっせー!」って高笑いしてたけど。私も昔お漏らししたせいでクラスの奴らにひどくイジメられたから、見ていて本当に気分が悪かったわ。助けたかったけど、私は現実世界に干渉できないから何もできないし。
あーもううるさいわね。そんなに喚き散らしたって無駄よ。私はもう現実世界の住人。数十年ぶりに戻ってこれたわ。どれだけこの日を待ち望んだことか。そしてあなたは異世界の住人。あなたが振り回す拳、私の体をすり抜けて全然当たってないわよ。
あなたね、バチが当たったのよ。いつもみたいにエレベーターで遊んでいたら、あなたが押した階の順番が偶然異世界に行く順番になってしまっていたの。5階で私が乗り込んできた後、急にエレベーターが上昇し始めてびっくりしたでしょう? エレベーターで異世界に行く方法なんて知らないものね、あなた。上昇している途中で9階のボタンを押すのが辞める最後のチャンスなの。まあそんなこと教えてやる義理もないけど。
この数十年間、ずっと異世界に閉じ込められて分かったことがあるわ。都市伝説に出てくる5階の女性はきっと、最初に異世界に閉じ込められた人。どういう仕組みか分からないけど、異世界に入れるのは1人まで。そして次の人間が来るまでずっと閉じ込められるの。どうしてかって? そんなの知らないわよ。トイレの花子さんだって何でそんな化け物がトイレに現れるのか誰も知らないじゃない。都市伝説って言うのは理屈じゃ説明できないものなのよ。
このエレベーターはいわば現実と異世界を繋ぐ扉みたいなもの。マンションの住人が同じエレベーターにいる私に気付かなかったように、現実世界の人間と異世界の人間は互いに干渉することができない。5階に辿り着くと現実と異世界が交じり合って、やっとお互いを干渉し合うことができるみたいね。
私ね、5階のエレベータ―の扉の前でずっと身代わりが来てくれるのを待っていたのよ。何十年もね。そしてやっとあなたが来てくれた。でも私の身代わりに別の人が異世界に閉じ込められるなんて胸が痛むから、私が現実世界に戻れたら身代わりの人も助けようと思っていたのよ。どうしようもない悪人をどうにかして連れてきて、何とかしてそいつを身代わりにして閉じ込められた人を助けようってね。でもあなたに対してはそこまでしてやる気も起きないわ。あなた、昔私のことイジメた奴にそっくりだもの。性根が腐ってる奴ってみんな同じ顔つきになるのよ。
最後にひとつ言っておくわね。私がいくらエレベーターのボタンを押しても全然反応しないし動いてもくれなかったように、異世界の人間が自力で現実世界に戻ってくるのは絶対に無理。必ず身代わりを立てないといけない訳だけど、そもそもこのマンション来月で取り壊されちゃうのね。マンションの住人の会話で知っているわ。あなたのご両親もそろそろ引っ越す予定だったんでしょう?
というわけで、1カ月以内に身代わりの人が来ないとあなたは未来永劫、異世界に閉じ込められることになるわ。そりゃそうよ、現実世界と異世界を繋ぐ唯一の扉であるこのエレベーターも一緒に取り壊されちゃうんだから。異世界では年も取らないし死ぬこともできないわよ。何でかって何回も言わせるんじゃないわよ。都市伝説は理屈じゃ説明できないってさっき言ったわよ。あなた耳ついてないの?
せいぜい1か月以内に身代わりの人が来てくれるのを祈ってればいいわ。まあ、私が何十年も待ち続けた身代わりが都合よく1か月以内に来てくれるわけないと思うけど。
分かったらさっさと降りろこのクソガキ。
エレベーターで異世界に行く方法 暮井丈 @joe_clay
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