第11話

 そうしてとうとう今日という日がやって来た。

 あなたは昼と夜の区別がつかなくなっていた。夜の眠りは浅い。昼もうとうとする。一日が一様に流れていた。

 あなたが目を向けるとベッド脇にいる嫁は今日も本を読んでいた。

 薄い一冊の文庫本。たしかそれは――あなたはそれが何なのか認識する。そしてその本の内容をかすかな記憶の中から探り出す。チェコの作家フランツ・カフカの『変身』だった。一家の大黒柱だった男が目覚めてみると何やら得体のしれない巨大な虫になっていた――という話だ。

 虫の体をした彼は話すことができずコミュニケーションがとれない。人間が食べるものを食べられず食事は特別に用意してもらう必要があった。面倒をみることになった家族たちはその大変さに疲弊し、やがて距離を置くようになる。彼は背中に投げつけられたリンゴによる傷を負い、それが日に日に悪化していく。徐々に食欲を失っていく彼。そして最後は――。

 あなたが目を見開くとその先に嫁の顔があった。その目が語る。あなたの行く末を容赦なく。

 そうか――これが報いだと俺に言いたいのか?

 あれほどお前たちを養うために身を削ってきたのに、その仕打ちがこれか?

 これがお前たちの――いやお前の答えか。何を訊いても答えなかったお前の初めての返信か。

 あなたは悟る。自分の最期を。あなたは食事をとらなくなる。そしてそのまま眠る。それが家族にとって最良の選択だとあなたは知る。あなたの見つめる先に虚ろな目をした女がいる。数十年口答えせず、ひたすらあなたに尽くして来た私。その目に映ったあなたは今どのような顔をしている?



(了)

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