勝利を喰うサキュバス ――闘神演算機・原初個体 記録

濃紅

勝利のいない戦争

第一話

 前線は、すでに死地だった。


 退路は断たれ、弾薬は尽きかけ、指揮系統は半壊している。撤退という言葉を口にした瞬間、部隊は瓦解する。誰もがそれを理解していた。


 ――生き残るには、勝つしかない。


 だが、勝つ手段がない。


 指揮官は地図を睨み続け、思考を回し、そしてふと、会議室で聞いた名前を思い出した。


 後方施設にいる、サキュバスの娘。

 高官の血縁で、軍籍はあるが戦闘記録はない。


 普段なら思い出すこともない存在だ。

 だが、今は違った。


「……要請だ」


 通信越しに言葉を選ぶ。

 命令ではない。権限もない。


「可能なら、前に出てほしい」


 それは戦術ではなく、ほとんど願いだった。


 返答は短い。


「要請を受理します」


 その直後、通信は途切れた。


 戦況が動いたのは、それからだ。


 敵部隊は消え、包囲は崩れ、前線は辛うじて維持された。だが、詳細は分からない。報告は断片的で、映像は残っていない。


 生き残った者は、誰も戦闘の中心を語れなかった。


 ただ、結果だけが残る。


 ――勝った。


 指揮官は深く息を吐く。

 生き残った。

 それだけで、十分なはずだった。


 だが、胸の奥に残った感覚は消えない。


 願えば、応えてくれる。


 その事実を知ってしまった。


 人間は堕ちていく。

 サキュバスの武力に。




─────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る