同じ部屋、違うベッド
@yy555
地方公演
今日は久しぶりの地方営業だ。一泊二日。仕事とはいえ、前日から少し浮き足立っていた。
こんな機会でもなければ、二人で外泊することなど、まずない。
一幕を終え、相方の梶と一緒にいったん楽屋へ戻る。最近は禁煙のホールも多いが、ここには張り紙もなく、テーブルの上に昔ながらの大きな灰皿が置かれていた。
楽屋にいるのは、俺と梶の二人だけだ。
梶は離れたソファに腰を上げ、膝にスマホを置いて難しい顔で指を動かしている。その表情があまりに真剣で、声をかけるのも憚られた。
まあいいだろうと、断りもなくタバコに火をつける。
久しぶりに肺に流れ込む煙に、頭の奥が静かに澄んでいく。ゆっくりと息を吐きながら、ぼんやり壁を眺めていると、気配が近づいた。ソファが軋む音が止まる。
「たっちゃん、ちゅー」
梶は俺の反応を待つ気もなく、吐息がかかるくらいの距離で止まった。
その時点で、俺はもう逃げる気をなくしていた。
「……今ですか?」
吸い始めたばかりなのに、と思いながら見上げると梶は無表情のまま肩を揺さぶってくる。
「待たんでえぇから。早く」
ため息混じりにタバコを灰皿へ押しつけた。もったいないが、あとで機嫌を損ねられる方が面倒だ。
口をすすごうとペットボトルに手を伸ばした、その瞬間。
指を絡め取られ、強く引き寄せられる。バランスを崩した体が、そのまま梶の方へ倒れ込んだ。
間近で見ると、梶は楽しそうに目を細めている。
「吸った直後は……」
「えぇから」
柔らかな唇が触れ、軽く重なったまま、舌先が遠慮なく唇の隙間をなぞる。短く、確かめるようなキス。
離れた瞬間、梶が小さく顔をしかめた。
「……辛っ」
「せやから、言うたやろ」
梶はテーブルのタバコを手に取り、パッケージをじっと見つめる。
「きっついやつ吸うてんなあ」
「まあね」
「……俺も吸うてみよかな」
そう言いかけて、梶は一本を引き抜きかけ、また戻した。何か考え込むような横顔が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
「……何笑ってんの」
「いや。吸いたかったら、吸えばえぇのにって」
タバコを取り上げ、一本咥えて火をつける。一息吸ってから、それを指で挟み、梶の口元へ差し出した。
「はい。どう?」
梶は一瞬迷い、首を振る。
「……えぇわ」
代わりに、もう一度近づいてきて、唇に軽く触れた。
「俺は、これでえぇ」
満足そうに笑って、梶は元のソファへ戻っていく。
意味が分からず首を捻りながら、それでも愛おしいと思ってしまうあたり、俺も大概なのだろう。
一人で苦笑していると、梶が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
――――――――――――
全ての興行が終わったころには午後9時を回っていた。楽屋で貰った弁当を持って、俺らは近くのホテルに移動した。
フロントで鍵を貰い、部屋の扉を開けると、ツインルームだった。
「……あ?」
俺のリアクションを見て、梶はニタァと効果音が出そうな笑みを浮かべる。
「ツインにしてって言うてん」
せっかくのお泊りなんやから、と梶は愉しそうに笑う。
「えぇ……?」
まぁ、ちょっと前からおかしいと思っていた。別の部屋のはずの梶が、ずっと俺の後ろをついてきていたから。
「俺、先風呂入るで」
梶はベッドにカバンを放り投げると、俺の返事を待たずにバスルームへと姿を消した。
ドア越しに聞こえるシャワーの音に、なぜか心臓がバクバクする。
気を紛らわそうと、スマホでゲームをしながら待っていると、不意にバスルームのドアが開いた。
「次、どーぞ」
濡れたままの髪、首筋に滴る水滴に思わず唾を飲み込む。
「なに見てんねん」
「いや、別に……」
「はよ入り」
梶は頭を雑に拭きながらベッドに座り込んだ。
俺はそちらを見ないように、バスルームへと向かった。
シャワーを浴びている間も、先ほどの梶の姿がずっと頭から離れなかった。
部屋着に着替え髪を乾かし部屋に戻ると、梶は俺を見ながらハヤクと急かす様にベッドを叩く。
「遅ない?」
「そんなことないでしょう」
梶の手が、俺の手の甲に被さる。そのまま、腕を撫でられ首筋に指先が当たる。そのまま動けないでいると、肩に顎を乗せられ、耳朶に息を吹きかけられた。
「……昼の続き、せぇへんの?」
「明日も仕事やろ」
「理由になってへん」
距離が詰まる。額が触れ、鼻先が近づき、唇が重なった。
腰に回された手が、シャツの裾を掴む。
引き上げるでもなく、そこにあると示すだけ。
……限界寸前だ。
だが、梶はふいに動きを止めた。
名残惜しそうに唇を離し、額を寄せたまま囁く。
「今日は、ここまでや」
「……なんで」
「顔見たら分かるやろ」
梶は軽く笑って、腰に回していた手を離す。
代わりに、短いキスを額に落とした。
「おやすみ」
それだけ言って、梶は自分のベッドに戻る。
残された俺は、しばらく動けなかった。
――――――――――――
翌朝、目を覚ますとすでに梶は身支度を済ませていた。
「いつまで寝とんねん」
「……いま、何時ですか」
「6時30分」
「……まだ寝ててえぇやないですか」
「朝飯、はよ行こ」
俺の方に伸ばしてきた手を掴み、ベッドへと引き寄せる。抵抗されると思ったが、梶は俺に抱きとめられる形でベッドに倒れこんできた。
「……昨日の続きは?」
「アホ言え」
梶は腕の中で笑い、軽く頬ずりしてくる。
顔を近づけ、手のひらで俺の背を包む。
「約束やで」
「おん」
同じ部屋、違うベッド @yy555
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