ムーンライト・シーサイド

真北理奈

朝焼けを見ていた

 緑が生い茂る暖かな季節がやってきた。潮の香りを乗せながら人々の髪を優しく揺らす風の音を聞きながら、使い古したリュックサックを背負って並木道を歩いていた。

 潮風が強いこの街で育つ木々は限られており、大抵が隣町の中でも山に位置する寒冷地で育てられた菜物が野菜や彩りを飾っており、港町だけに主力はもちろん港町で釣り上げる海の幸であった。雑誌で見るような宝石や電子機器を売る街並みは港町から繋がる駅の汽車に揺られて月が半分に欠けた時と同じ時間を消耗する。どう考えても長旅である。


 それでも母は父を見送りながら私を育てた。時に頼れる母の知人の手も借りながら、である。父も週末になれば土産を持って汽車に揺られながら帰宅していたが、私が女学校――大抵はそのまま進級するエイデン中央工女学校への入学が決まった時にちょっとした異変が起こった。


『オレリア、お母さん、ごめん。シープボード製造から要請があって、エネルギー開発から導体製造に異動が決まった。ウォーターラインのエネルギー開発は暗闇の中では扱いが危険だと夜は開発部署を閉鎖していたが導体製造が起動に乗って、何時如何なる時でも開発できるようになったと報せがあった』


 週末に父が帰省した時に父は今、自身が置かれた立場を正直に話してくれた。

 ウォーターライン。港町エイデンを支える資源そのものをエネルギー源に変えた物質を差す。導体はウォーターラインのエネルギーを回転させて動かす心臓部である。父の報せに母は顔を綻ばせた。


『あなた、おめでとう。ウォーターラインエネルギーの導体製造だなんて、すごいじゃない。もちろんエネルギー物質の開発そのものを触れることだって凄いけど、導体だなんてメインじゃない。おめでとう、ようやくオールディントン本社も認めてくれたのよ』


 母は喜んでいた。確かに心臓部の製造を担う一員になるのであれば開発者の一人であった時よりも表舞台に出る事は多くなる。ウォーターラインのエネルギーを回転させる導体の製造はこれから開始されるものだと父は説明してくれた。

 父が何を言いたいのか、私も母も分かっていたのだ。新しい事を任されて、新しい事がうまくいくまで父はずっと、ずっと隣町にいるのだ。このひとときともしばらくお別れだ。それに、母も困ったように笑いながらも覚悟を決めていたようだ。


『……オレリア、お父さん、ひとりにできないわ』


 分かっている。私が母なら、きっと同じ事を言うだろう。寂しさはいつもあった。そして、寂しさをそれとなく伝えては困らせてしまった日もあるだろう。

 今だってね、本当はね、言いたいんだ。だけど、だけど。

 それに、私もゆくゆくは父と同じ道に行くんだから、大丈夫だろう。


『お父さん、行ってらっしゃい。私、すぐお父さんの後を追うから。ちゃんと立派にお父さんと同じようにウォーターラインを理解するわ!』


 湧き上がる痛みを堪え、私は胸を張って父と母に告げた。絶対にふたりがいる、大都市オールディントンまで奔ってみせる、と。

 まだ見ぬ工業都市に私は想いを馳せてふたりの決意をそっと後押しした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る