旅人と兎
三毛栗
旅人と兎
昨夜、雪が降った。
テントから顔を出した私は、視界の先に広がる白銀の雪景色に思わず息を呑んだ。そこから一歩踏み出すと、まっさらだった白に灰色の足跡がくっきり浮かび上がる。雪は思っていたより浅く広く積もっていたようで、強く踏みこむだけで簡単に焦げ茶の土が露見する。昨日までこの色の上を延々と歩いてきたというのに、白からはみ出したそれは、どこか見たことのないような色に見えた。
トタタッ
一通り足跡を残してから、ようやく朝食の準備を始めたその時、軽い足音が聞こえた。
雪原を走る真っ白な兎。私しか踏み込んでいなかったはずのそこには、小さな足跡が増えていた。
いつもなら真っ先に狩って干そうなどと考える私であっても、その一時だけは壊してはいけないものであるかのように思えるほど。その景色はあまりにも、この世界の美しさに満ちていた。結果私は1つの貴重な食料を見事逃した訳だが、その分の腹以上に心が満たされる感覚を覚えた。
その兎があまりにも頭に残るから。朝食も、テントの撤去も、旅に戻る支度をあらかた終えた私は、いそいそとそこら中の雪をかき集めはじめた。
雪の、とりわけ綺麗な部分だけを集めてまるでおにぎりを握るかのように楕円に成形する。そこに、白花と呼ばれる植物の細長い葉とヤムケニーネという赤くて甘い小さな木の実を、それぞれ兎の耳と目のように楕円の雪にくっつけた。
そして完成したのは、決して美しいとは言えない形の雪兎。本当なら耳を緑色にするところを、さっきの兎のように真っ白くした所がこだわりである。
…作ったはいいものの、どうするべきか。手のひらの上に佇むその姿は、非常にかわいらしい。しかしこのまま連れて行くには、この子は無力すぎる。今私がぱっと手を離したら簡単に潰れてしまうし、時が経てば溶けてしまう。そんな儚いこの子を支えていく力が私にはない。
「…すまない」
先程までいた野営地の木陰になる部分に静かに置くと、何だかその姿がとても寂しげに見えてくるのは私の錯覚だろうか。せめてもの慰めに、子兎も作り隣に置く。ますます可愛くなってしまった。これでは逆効果だ。
残りたくなる気持ちをぐっと堪え、進路を戻す。そろそろ出ないと、今日中に街に着くことができなくなってしまう。後ろは、振り向かない。前を見据えて、私は進む。
今日は自らが生み出した雪兎に泣く泣く別れを告げて、旅人は旅立った。彼の旅は、続いていく。
旅人と兎 三毛栗 @Mike-38
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