猫の手を貸していただく

根古谷四郎人

猫の手は貸すもの

 猫の手も借りたい。

 手元にある『新明解国語辞典 第八版』でこの言葉を引くと、「非常に忙しくて、どんな人にでも応援してもらいたい状態の意に用いられる」とある。この、「どんな人にでも」のところを表すのが「猫」の部分なんだろう。普段だったら頼らない、あまり助けにならない猫にすらも応援を頼みたい、それぐらい忙しい。猫を飼っている身としては、その切実さをひしひしと感じる。

 これが猫以外の手、例えば「犬の手も借りたい」だとしっくりこない。私がそう思うのは、多分、犬より猫の方が「人の助けにならない」という印象を持っているから。犬は訓練して警察犬や介助犬といった「職」を身に付ける事が出来る。猫だってネズミ捕りという仕事はあるけど、訓練して身に付けたわけじゃない。猫の行動が、たまたま人間の利益になっているだけだ。猫は多分、人を助けようと狩りをしてるわけじゃない。

 じゃあこの、「人の助けにならない」印象はどこから来てるのか、とわが身を振り返ると、実際に猫を飼って経験した、「こっちを手伝うどころかちょっと邪魔して来る」行動の数々では、と思い至る。勉強しようとしたノートの上に飛び乗る猫。仕事をしようと電源を付けたパソコンのキーボードの上に寝そべる猫。筋トレ中の父の足元にまとわりつく猫。多分私だけじゃなく、猫を飼ったことがある人なら、どれか一つは経験しているのではないだろうか。

 エサが欲しいとか、トイレを綺麗にしろとか、人間に対して何か要求がある時にこうした行動を取るのなら、まだ分かる。だが実際は、エサも水も十分あって、トイレも綺麗であっても来る。何なら、さっきまで寝てたのに、わざわざ起きて来る。しかし、いざ手を止めると、去る。これ、もしかしなくても邪魔してるよね君?一体なぜ?構って欲しい?じゃあどうして、構おうとすると逃げるの?

 ここまで考えた結果、もしや猫は「猫の手を貸している」つもりなのではないかという結論に私は至った。自分のしもべたる人間が何かやってるのを見て、主人として手伝ってやろうとしているのかもしれない。現に、猫がやってくるのはノートやパソコンと言った、一番作業でよく使うものの上だ。筋トレも、一番よく動かす体の部位にぴったり寄り添う。それに、助けになるかは別として、睡眠を中断してやって来るんだから、すごい親切心だ。だから、人が手を止めたら「終わったな。」と認識して去るのかもしれない。

 え?猫に偏った見方をしている?そもそも主人は猫じゃなくて人間?

 それはあくまで人の目線だ。少なくとも、猫は人間の事を主人だとは思ってない。良くて同族。大体は「エサをくれる奴」「トイレきれいにする奴」ぐらいの認識だ。身の回りのお世話をする存在として認識されているのだから、「しもべ」と呼ぶのが妥当だろう。それでも、他の人間とは区別して認識してくれている。全く赤の他人に対して、ノートやパソコンを占拠したりはしない。そう言う意味では、「猫の手を貸してもらえる」私って、選ばれし人間?

 そう考えると、何だかとってもハッピーになった。喜びのあまり抱きつこうとした私をあしらい、猫はエサのお皿の前に座った。

「カリカリですね。はい喜んで!」

 私はすぐさまドライフードを補給する。これも猫飼いあるあるだと思うが、猫を飼う人は自分から進んでげぼくになることも多いのだ。

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