王国戦略室の怪物
ハムチョコムギ
第1話 怪物の噂
戦略室には、怪物がいる。
そう言われている。
名前はノア。
王国戦略局の中枢で、作戦を組み立てる男だ。
誰よりも正確で、誰よりも冷酷で、誰よりも人を消す。
逆らった者は配置換えされ、二度と戻らない。
作戦に失敗した部下は、名簿から消える。
この半年で、四人。
そういう数字が、廊下の隅で囁かれていた。
⸻
レオは、その話を何度も聞いていた。
昼休みの食堂。
資料室。
喫煙所の前。
「また一人、戦略室から飛ばされたらしい」
「ノアの直属だろ?」
「運がなかったな」
運、という言葉が使われることが多かった。
実力ではなく。
人格でもなく。
ただ、運。
誰が生き残るかは、ノアの気まぐれ次第だと。
⸻
レオは、戦略局の下部部署で三年働いている。
書類処理は速い。
数字も得意だ。
作戦案も、何度か採用された。
士官学校は出ていない。
身分も、コネも、後ろ盾もない。
東部戦線で一年、補給部隊の護衛として泥を這った。
そこから本部に引き抜かれ、ただ能力だけでここまで来た。
自分は無能ではない。
少なくとも、そう信じていた。
だが、戦略室は別だ。
そこでは、有能さは盾にならない。
⸻
ある朝、辞令が出た。
薄い紙一枚。
異動通知。
配属先:王国戦略局・戦略室。
レオの心臓が跳ねた。
胸が、少し熱くなった。
戦略室。
中枢だ。
認められたのだ。
次の行を読む。
直属上司:主任解析官 ノア。
熱が、音もなく消えた。
紙の文字が、少し滲んで見えた。
⸻
噂だ。
あくまで噂だ。
若くして出世した天才が、怪物に仕立て上げられているだけだ。
戦略室は権力争いの巣窟だ。
脚色も、誇張も、悪意も混じる。
自分には武器がある。
数字を読む力。
ミスをしない正確さ。
叩き上げの泥臭さ。
前線で見た地形と人の動き。
士官学校出のエリートたちが見落とすような、細部への執着。
それがあれば、生き残れる。
そう思おうとした。
だが、胸の奥に、小さな冷たいものが残った。
消えた四人の中にも、きっと武器を持っていた者がいたはずだ。
⸻
配属は、三日後だった。
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