第2話
男は、和歌を見下ろすようでもなく、かといって同じ目線に降りてくることもなく、淡々と言葉を置いた。
「お前が、なぜそのような判断をしたのか。
その理由としての説明責任は、お前にある」
声には感情の起伏がなかった。
叱責でも、説教でもない。ただ事実を告げているだけの調子。それがかえって和歌の胸を締めつけた。
「答えなくていい、という選択肢はお前にはない。
もし、答える言葉がないのなら――その言葉が出るまで、この部屋を出ることは許されない」
その言葉は、刃のように鋭くはなかった。
むしろ、逃げ道を一つずつ丁寧に塞いでいくような、冷静な宣告だった。
和歌は思わず顔を上げた。
喉の奥から、か細い声がこぼれ落ちる。
「……お父様?」
自分でも驚くほど、縋るような響きだった。
その一言に、積み重ねてきた信頼や、甘えや、「家族である」という前提が、すべて含まれてしまっていた。
しかし男は、わずかに視線を逸らすだけで、その言葉を受け取らなかった。
「その関係は、今のこの状態では試せない。和歌」
名前を呼ぶ声は変わらない。
だがそこには、父としての温度はなかった。役割としての呼称だけが残っている。
そう言い残すと、男は踵を返した。
衣擦れの音が畳に吸い込まれ、障子が静かに、しかし決定的に閉められる。
――かたん。
乾いた音が、和歌の耳にいつまでも残った。
部屋に一人、取り残される。
さっきまで張りつめていた空気が、少しだけ緩むのを感じて、和歌はようやく息を吐いた。
もう正座は続けられなかった。
足の感覚はとっくに失われていて、和歌は小さく呻くような息を洩らし、ゆっくりと足を崩した。
畳の上に、ぱたりと横になる。
冷たいはずの畳が、今はひどく心地よく感じられた。頬に伝わる感触が、妙に現実的で、「ここにいる」ということだけは確かだった。
天井を見上げる。
梁の影、木目の模様。何度も見てきたはずの景色なのに、今日は少し違って見える。
――どうして、言えないんだろう。
判断した理由は、確かにあった。
怖かったわけでも、適当に選んだわけでもない。ただ、その理由は言葉になる前の場所にあった。
でも、それでは駄目なのだ。
ここでは、「感じた」だけでは足りない。「説明できる」ことが求められる。
胸の奥が、じんわりと痛んだ。
父と呼べない父。関係を試すことを許されない状況。
この部屋を出られるのは、言葉を手に入れた時だけ。
そう教えられた日の感覚は、畳の冷たさと一緒に、深く心に染み込んでいった。
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