第1章 別れと出会い、歪みの“兆し”
第1話 二つの力、ひとつの命
女神族と魔神族の争いが絶えない時代。
その最前線に近い村に、一人の少女がいた。
名を、スミレという。
彼女は生まれつき、目が見えず、足も動かなかった。
理由は魔力過多――そう呼ばれる異常。
世界では、魔力が多すぎる者は熱や頭痛に悩まされる程度で済む。
だがスミレの内側に満ちる力は、その“程度”をはるかに超えていた。
身体の奥で渦を巻く魔力は、常に暴れ、
視界を奪い、足を縛り、彼女を車いすの上に閉じ込めていた。
世界は暗く、遠い。
届くのは、剣と魔法がぶつかる音だけ。
「役立たず」
「守られるだけの存在」
そう囁く声を、スミレは何度も聞いた。
否定できなかった。実際、彼女は何もできなかったから。
それでも
彼女には、大切な存在がいた。
双子の弟、シュン。
異父姉妹で一つ年下のリリナ。
そして、親友のクリスタ。
「今日はね、空がすごく高いよ」
クリスタはいつも、教えてくれた。
見えない世界を、言葉で編み、スミレの手の中に置いてくれた。
戦いの気配が近づくたび、胸が締めつけられる。
―また、誰かが傷つく。私は、何もできない。ー
その日常は、唐突に終わった。
魔神族の襲撃。
村の強者たちは会議で不在だった。
逃げ遅れたのは、スミレたち四人。
「弱いのがいるぞ!」
叫び声とともに、空気が歪む。
狙われたのは、動けないスミレだった。
「アイスウォール!」
シュンの声。
氷の壁が立ち上がり、四人を守る。
だが次の瞬間、闇の魔法がそれを粉砕した。
砕けた氷の音が、雨のように降り注ぐ。
―終わる。ー
そう思った、そのとき。
「スミレ!!」
誰かの叫びと同時に、強い衝撃。
身体が宙を舞い、地面に転がされた。
次に届いたのは、血の匂いと、重い音。
「…っ!?クリスタァァ!!」
リリナの叫びで、理解してしまった。
「ごめんね…ちょっと、無理しちゃった」
クリスタの声は、信じられないほど穏やかだった。
「どうして…私なんかを…」
喉が震える。
「だって…大切な友達だもん」
その一言が、深く、深く突き刺さった。
―私が、弱いから。私が、動けないから。ー
その瞬間。
スミレの内側で、何かが崩れた。
悲しみではない。
恐怖でもない。
怒りだった。
奪った者への怒り。
守れなかった自分への怒り。
「…やめて…」
震える声が、空気を裂く。
「もう…誰も…」
次の瞬間、世界が悲鳴を上げた。
甲高い音。
地面を割り、氷が突き出す。
叫びは、途中で途切れた。
魔神族は、内側から砕け散った者と、
氷に貫かれ、動かなくなった者に分かれて倒れていた。
戦場は、静まり返った。
すべてが終わったあと、
スミレは必死に地を這い、クリスタのもとへ向かった。
「…クリスタ…」
その身体は、すでに淡い霧となり始めていた。
「ねえ、スミレ」
最後の力で、クリスタは笑う。
「私の歌…あなたにあげる」
命石が、やさしく光り、スミレの胸へと溶け込む。
「お願い…私の一族の歌声を…生かして…」
それが、最後の言葉だった。
その日、スミレは誓った。
―私は、この世界を壊している者を、倒す。ー
力を与えられたからではない。
失ったからこそ。
「もう…誰も、失わせない」
静かに、だが確かに。
少女は、歩き出すことを決めた。
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