【お題フェス11】捨てられたガルネリ【手】

音雪香林

第1話 【お題フェス11】捨てられたガルネリ【手】

 僕は「ガルネリ」と呼ばれるヴァイオリンだ。


 僕の弓を握る人間はいつだって、その時代その時代で「天才」とされる人々だ。

 令和になった現代でもそれは変わらない。


 だが、僕の所有者で演奏家である青年は、最近女性にフラれて弓を握ることができなくなった。


 きっと多くの人は「たったそれだけのことでスランプになるの? メンタル弱すぎない?」と思うだろう。


 だが、芸術家とはナイロンザイル並みに神経が図太いか、蜘蛛の糸のようにか細く弱弱しいかどちらかだ。


 僕の持ち主は繊細な方だったのだ。

 女性の捨て台詞も悪かった。


「演奏するガルネリはあんなに深く響く情熱的な音色なのに、あなた本人はまるでマネキンみたいに無機質だなんて詐欺よ。もっと素敵な恋ができると信じてたのに」


 この言葉が、ずっと持ち主の青年を苦しめている。


 ああ、あんな女性のことなどさっさと忘れてほしいのに、青年は彼の感情を豊かに響かせる僕こそを諸悪の根源としたのか……。


 公園のベンチに裸の状態のままの僕を置いてそのまま去って行った。


 忘れたのではない。

 捨てたのだ、僕を。

 

 絶望はしないが、残念な気持ちでいっぱいになる。

 僕はわりと有名な楽器で、数えるほどしか世界に存在しない。


 きっと拾った人間はオークションなどに出品し金に換えるだろう。

 次の主人はどんな人物だろうか。



 ***



 ベンチに置かれてどれくらいの時間が経っただろうか。

 みんな僕に視線はよこすけれど通り過ぎていく。


 多くは戸惑いの視線だった。

 でも、はやくしないと雨が降りそうだ。


 空に灰色の雲が集まってきている。

 濡れたら……ケースにも入れられず、裸の僕はたちまち価値を落とすだろうな。


 そんな時、軽い足音が近づいてきた。

 意識をやると、すぐ横にぷくぷくのほっぺが可愛い赤白帽子をかぶった幼稚園児が。


 幼稚園児はあらゆる角度から僕を矯めつ眇めつしたあと叫んだ。


「せんせー! あのおにーちゃん楽器忘れてる!」


 幼稚園の先生と思しき女性が小走りで寄ってきて「あのお兄ちゃんので間違いないの?」と問うと、幼稚園児は「間違いないよ!」という。


 幼稚園の先生は、スマホで僕の写真を撮ると、僕の持ち主……ではもうないのかもしれないが……とにかくあの青年のスポンサーに連絡したみたいだ。


 彼は天才ヴァイオリニストとしてこの地域では有名人だからね。

 ある程度の情報は市民に知られている。


 とはいえ、この幼稚園児よく僕があの青年のヴァイオリンだってわかったな。

 幼稚園の先生は通話を終えると幼稚園児の頭をなでる。


「すっごく感謝されたよ。ありがとうって」


 先生の言葉に幼稚園児は。


「えへへ。おにーちゃんの大事なヴァイオリンだもんね!」


 と元気に返した。

 そう、いつだって大切に……やさしく扱ってくれた。


 だから信じられないんだ。

 絶望もできないくらい、現実味がなくて。


 僕の持ち主「だった」青年になってしまうのかな。



 ***



 幼稚園の先生が青年のスポンサーに連絡して少し経った頃。


「いよいよ雨が降りそうね。ヴァイオリンが濡れたら困るわ」


 先生がヴァイオリンをベンチから避難させようとすると、最初に僕を見つけた園児が「ダメ―!」と先生の手をはたいた。


「ヴァイオリニストにとってヴァイオリンはたましいなんだって! 他の人はさわっちゃいけないんだよ!」


 おそらく大人からの受け売りだろうが、僕は「青年の『魂』でなくなった僕にはもう価値はないのかな」と少し……ほんの少し落ち込んでしまった。

 そのとき。


「ああ、みなさんでヴァイオリンを守ってくれていたのですね! ありがとうございます」


 渋みのある重低音はスポンサーの声だった。

 彼は、僕を捨てた青年の手首を握って引きずるように連れてきていた。


「ほら、お前もお礼を言いなさい」


 スポンサーが促すも、青年は黙ったまま。

 重い沈黙が落ちるが、空気を読まないのが子供だ。

 園児が。


「おにーちゃん、お礼よりもいつもこの公園で弾いてる曲を聞かせてよ! あの音好きなんだ~。やわらかくて、あったかくて、たくさんの人に頭をなでてもらってるような感じになるの!」


 いつも公園で弾いている曲、それは「無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲」でゲオルク・フィリップ・テレマンという18世紀のドイツの作曲家が書いた作品だ。


 テレマンは多作で3000曲以上を書き、親しみやすさと豊かな旋律美が特徴で当時はバッハよりも人気があったといわれる。

 青年は


「そうだ……弾くことでしか価値が示せない……感情を伝えられない……捨てるべきはガルネリじゃない……努力もしないで『わかってもらいたい』なんて願う身勝手さだ」


 と、つぶやくとスポンサーの手を手首から振り払い、おおまたでベンチに近寄って……僕を握った。


 顎と鎖骨の間に僕をはさみ、右手にもった弓で弦をはじくようにしてコンディションを確かめる。


 問題ないと判断した彼は……園児のリクエスト通り「無伴奏ヴァイオリンのための幻想曲」を弾き始めた。


 先生とスポンサーだけではなく、園児も無言で旋律に耳を傾ける。

 彼の音色には人の心を惹きこみ揺さぶる魔力にも似た力があった。


 僕……ガルネリのポテンシャルを最大限に引き上げる技術と気持ちがある人間。

 曲がいよいよ最後に向かっていくとき、ぱらぱらと小雨が降り始めた。


 それでも青年は弓を動かし続け、園児たち以外にも音につられて集まってきた聴衆すべてが微動だにしなかった。


 やがて最後の一音が奏でられ、余韻が広がる。

 静寂が満ちたのは数秒だけで、そのあとはワッと歓声があがった。


 万雷の拍手に包まれ、青年は顎と鎖骨の間から僕を解放してからも夢心地のようでぼーっとしていた。


 スポンサーがひったくるようにして僕を青年から取り上げて。


「雨脚が強くなってきた。早く戻ってガルネリの手入れをしなくては!」


 と近くに止めてあった高級車に向かう。


 青年も後に続くのだろうと見ていると、引きとめられるようにして途中で足を止めて後ろを向いた。


 再び前を向いたときは、青年の口元に微笑が浮かべられていて……後ろでは園児が小さな手を一生懸命降っている。


 バイバイではなく頑張ってねという応援の手振りだろう。


 スポンサーに遅れて高級車内に入って来た青年は「こどもの手ってあったかいんだな」とつぶやき、自分の手をしばらく見つめた後、ゆっくりと顔をあげた。


「ガルネリには悪いことしたな」


 青年は僕に手を伸ばし、表面をなでたあと。


「これからもよろしく」


 と、ささやいた。

 君に捨てられたことで僕は存在意義を否定されたような苦しさに襲われたりしたのだよ。


 「悪いことしたな」ですませて「よろしく」ってあんまりにも都合が良すぎませんかね。


 なんてちょっと拗ねる気持ちもあるけれど、正直この青年が持ち主でいてくれるのはありがたい。


 結局、彼がいちばん僕の音を活かしてくれる。

 しょうがないから「よろしく」してあげよう。


 ただし、今後またフラれたからって捨てたりしたら祟るからね。

 な~んて、冗談だよ。


 はんぶんは、ね。




 おわり

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