第2話 水難の相なんて知らないし

ウメさんに失礼して部屋に戻ってきた。


ウメさんの言うのには「天井霊守は自分の存在を認知できる人にとりつく」という。特に「天井霊守てんじょうたまもりという名前を口にするのを絶対に聞かれてはならない」らしい。自分の名前を知っている人からは、まず離れてくれないだろうと。


部屋にいると天井の上からぽたり、ぽたりと音が響いてくることがある。

音がしても、音がやんでも、反応しない。表情一つ変えない。


「屋根裏の散歩者」。それが天井霊守を指す、このアパートメントの住人の間の合言葉のようなものとのこと。


引っ越し初日の今日、掃除や荷ほどきなどやることは山ほどある。


しかし、こんな変な部屋に住めるのか。引っ越ししたばかりだけどまた引っ越しするべきか。また引っ越しするなら、荷ほどきは、しないほうがいいかも知れない。


荷ほどきの手が進まない。


夕方、ゴミを出しに廊下へ出たとき、またウメさんと顔を合わせた。

「引っ越し初日の今日はどうじゃった?」

ウメさんは静かに尋ねる。


僕は笑って答える。

「ええ、静かなものですね」

天井霊守に聞こえるよう、わざと大きな声で明るく答える。

まるで台本を読む役者のようである。

ウメさんは僕と目を合わせずにうなずいた。


部屋へ戻ると、天井でぎしりと音がした。こんどは水がぽたぽた落ちるようなおとではなく、人が天井裏を歩くときに天井の梁が歪むような音だ。


僕は聞こえない。僕は何も気づかない。


そのうち、外は暗くなった。部屋の照明をつける。

iPadでお笑い動画を流しつつインスタントラーメンを食べる。


照明をつけていない台所のほうは真っ暗である。その闇の中から視線を感じる。

さらに、台所の天井から何かが降りてきたような気配を感じる。


心中穏やかでない。「おいおい、隣の部屋に降りてきたのかよ、天井霊守。いや、呼んでねぇし」


空になったラーメンのカップを捨てに台所へ行く。


姿は見えないが、部屋の隅に気配を感じる。どうも、天井霊守があぐらをかいて座ってこっちをみているような雰囲気だ。僕が歩くと、天井霊守の視線が僕についてくるように感じる。


――あんたのことは見えないんだ。見えなんだってば。


台所の照明をつける。その瞬間、天井霊守がすうっと浮かび上がるようにして天井へ引き上げていった。・・・ような気がした。部屋からは去った。


ゴミ袋にカップを捨てて冷蔵庫から缶ビールをとって戻ってきた。奥の部屋でビールで引っ越し祝いの一人乾杯をする。


布団を敷いて照明を消し横になる。布団に寝転がって、スマホでSNSをチェックする。


――尿意で目が覚めた。


僕はいつの間に寝落ちしたのだろう。「俺様に夜中、尿意で途中覚醒させるとは、この、たった一本の缶ビール風情が。」と心の中で毒ついた。


起き上がろうとすると感じる何かの気配、“屋根裏の散歩者”こと『天井霊守』はこの部屋にいるようだ。


照明を消して寝たから真っ暗だ。怖さで掛け布団を頭までかぶる。


――霊がいる部屋の中を通って気が付かないふりをしてトイレに行くなんて、できるのかよ?


仕方ない。朝まで尿意を我慢するしかない。


頭の中に、昼間の怪僧の声がふいによみがえる。

――「おぬし、水難の相が出ておるぞ」


もしかして水難とは、このことだったのか。

くそっ。あの怪僧は何者だったのか、予知者か、霊能者か。


うつぶせ寝で布団をかぶり、隙間ができないよう必死に周りを押さえる。

隙間が少しでも開いていれば、そこから何かが滑り込んで来そうで恐ろしいからだ。


そう、蚊帳かやといっしょさ。隙間すきまがあると蚊が入ってくるだろ?などと考えているうち、だんだんと尿意のこと以外、何も考えられなくなってきた。


今何時だろう。あと何時間我慢すればいいのだろう、時計を見たいが、もし目を開けたときに霊が今自分の真正面に顔を置いて僕とにらめっこしていたら、と思うと怖くて目も開けられない。


しかし引っ越しの疲れはあなどれない。目を閉じて何やら考えているうちに、いつの間にかまた眠ってしまったようだ。気が付くと朝になっていて天井霊守はいなくなっていた。窓から朝日が差し込み部屋が明るい。僕はほっとして立ち上がる。


引っ越し後、初めての朝を迎える。


-----

――次回、第3話「彼女まで見えるなんて知らないし」


婚約者・彩が、恒一の新居を訪れる。


「……なんか、変な感じがしない?」

天井を見つめる彩。

彼女の視線の先には、一体何が?


――認知できる人にだけ取りつく。

――気づいたら終わり。


恒一は、天井霊守の存在を

彩に伝えることができるのか?


そして、彩が見ているものとは――


次回、「彼女まで見えるなんて知らないし」

   ――愛する人までも、ヤツに囚われる?

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