君を撮るたび、わたしが消える
@USA911
第1話 プロローグ「羽生柊のログアウト」
思い出してみると、それは拍子抜けするくらい、あっけなかった。
投稿ボタンを押すのに、彼はおそらく2秒もかけていなかった――たぶん。いや、もしかしたら一秒かもしれないし、厳密にいえば0.5秒で事足りていた可能性すらある。
けれど、そんな計測に意味はない。なぜなら、それがすべての終わりだったからだ。
動画の再生時間は、たったの十四秒。
そのうち、最初の3秒はカメラの揺れとブレで何も映っておらず、ラスト5秒は「ありがとう、みんな」という白文字の字幕と、泣きたくなるくらい綺麗なピアノBGMだけが流れていた。
つまり、本人の姿がちゃんと映っていたのは――わずか六秒。
六秒というのは、たとえばアイスのフタをめくる時間であったり、あるいはエレベーターの“閉”ボタンを何度も連打して結局一度しか反応しなかったときの徒労感や、朝のホームで電車を逃して「あ……」と呟いてしまう瞬間の短さに等しい。
ほんの瞬きのような、記憶にも残らないようなそのわずかな時間こそが、彼が世界に残した最後の姿であり、つまりはそれが、羽生柊という存在のすべてだった。
投稿された動画のタイトルは、【寝る前にこれだけは言わせて】。
見ればわかる。
だって、サムネイルがすでに意味深なんだもの。
白いシーツの上で、スウェット姿の彼があぐらをかいて座って、カメラ目線で微笑んでいる。
それは、“最後の挨拶”というよりは、“最後の微笑”だった。
そして、その日の夜。
彼は、消えた。
どこへ?
なぜ?
何のために?
答えは、当然ながら、わからない。
だって彼は、それっきりログインしなかったんだから。
翌朝になっても、学校には来なかった。
スマホは鳴らない。
チャットは未読スルー。
ストーリーも更新されない。
アイコンも、点灯しない。
通知も、なし。
ついでに言えば、空も曇っていたし、電柱の影がやたら長かったし、自販機のコーンスープは売り切れていた。
世界のすべてが、静かに羽生柊という名のユーザーの不在を受け入れた日だった。
最初は、誰も気づかなかった。
「また投稿してる」
「この人、まじで顔面チート」
「え、これ泣けるやつじゃん」
「BGMどこ?」
「このフィルター何使ってんの?エモいんだけど」
コメント欄は、どこまでも無邪気な無関心で埋め尽くされていた。
だけど――四十八時間後、【それ】は突然“意味”を持ち始めた。
SNSの有名まとめ垢が、「#消えたクリエイター」というタグを作ったのだ。
拡散、引用、貼り付け、切り抜き、切り捨て。
バズが始まった。
「彼は今どこに?」
「なぜ最後の投稿を?」
「やっぱ死んだの?」
「いやこれ、演出でしょ」
「俺、DMしたことあるよ、まじで」
「炎上商法じゃね?」
「てか顔良すぎ。死ぬとか意味わかんないんだけど」
善意。
悪意。
便乗。
忘却。
全部まとめてアルゴリズムに叩き込まれて、拡散された。
それは羽生柊の意志とは無関係に、“彼”というデータを“再生”していく。
バズった彼は、ようやく“確定”された。
彼が生きていたことも、いなくなったことも、バズらなければ存在しなかった。
消えるために、目立たなければならなかったのだ。
動画の最後。
画面が暗転するほんの直前。
一瞬、ほんの一瞬、謎のノイズのような音が混じっていたという。
耳をすませば、人の笑い声のようにも聞こえるし、機械の誤作動のようにも聞こえる。
あるいは、それはただの編集ミスだったのかもしれないし、意図的なサインだったのかもしれない。
けれど、誰にもわからない。
なぜなら、それを知る唯一の人物――羽生柊が、もういないから。
これは、そのノイズの正体を追いかけてしまった人たちの話。
誰もが発信者で、誰もが観測者で、誰もが、誰かのカメラ越しに存在してしまう時代に――
羽生柊が、なぜログアウトしたのか。
そして、誰が、その“ログアウトボタン”を押したのか。
それを探してしまった者たちの、話。
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