平安時代の最強陰陽師、転生したので今世は平穏に暮らしたい 〜姪のダンジョン配信を助けるためにお守りを渡したら、世界中がパニックになった件〜
オテテヤワラカカニ(KEINO)
第1話
空が燃えているようだった。
朱塗りの大極殿は半ば崩れ落ち、栄華を誇った都の大通りは、今や阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
平安の世。
夜の闇は深く、そこには魑魅魍魎が跋扈していた。
「都の結界が破られたぞ!」
「ああっ、東からさらに妖の群れが!」
「おのれ、ここまでか……!」
周囲では、名だたる陰陽師たちが必死の形相で印を結び、呪符を撒き散らしていた。
だが、彼らの額から噴き出す脂汗と、絶望に染まった瞳が、戦況の敗色を如実に物語っている。
空を覆い尽くすのは、百鬼夜行。
異形の影が月明かりを遮り、人間たちを食らい尽くさんと降下を開始する。
そのおぞましい殺気だけで、常人ならば心臓が止まりかねない。
そんな、世界の終わりかのような喧騒の中心に、男が一人立っていた。
狩衣の裾を汚すことも厭わず、彼は戦場のど真ん中で、ふあ、と大きなあくびを噛み殺した。
「……うるさいなあ」
男は、涙目で呟いた。
周囲の陰陽師たちが命を削って霊力を練り上げている横で、彼はまるで散歩の途中で雨に降られたような顔をしている。
「頼むから静かにしてくれよ。明日は早番なんだ」
彼は、迫りくる巨大な鬼の爪を前にしても、眉一つ動かさなかった。
ただ、面倒くさそうに右手をだらりと持ち上げ、親指と中指を軽く擦り合わせる。
印を結ぶことすらしない。詠唱もしない。
ただ、意志を込めて、指を鳴らす。
パチン。
乾いた音が、戦場の轟音を切り裂いて響いた瞬間だった。
世界が反転した。
空を埋め尽くしていた数千、数万の妖たちが、まるで糸の切れた人形のように、一斉に動きを止める。
次の瞬間、彼らは断末魔の叫びを上げる暇もなく、ただの塵となって崩れ落ちた。
圧倒的な質量を持った霊力の波動が、都の上空を薙ぎ払い、黒雲を裂いて月を露わにする。
静寂が戻った。
燃え盛る炎の音だけが残る中、周囲の陰陽師たちが呆然と男を見つめる。
畏怖。
崇拝。
そして理解を超えたものを見る恐怖。
「……か、神だ」
「救世主様……!」
「あれぞ、稀代の大陰陽師……!」
地面に額をこすりつけ、涙を流して拝む者たち。
だが、称賛の嵐を浴びながら、男の心の中を占めていたのは、高尚な使命感でも慈愛でもない。
ただひたすらに、切実な願いだった。
(ああ、面倒くさい)
男はまた一つあくびをした。
(強すぎるってのも考えものだ。仕事が増えるばかりじゃないか。こんなに働いても、給金が上がるわけでもなし。偉くなればなるほど、宮中の権力争いに巻き込まれるし……)
彼は夜空を見上げ、深く決意した。
(もし、生まれ変わることができるなら。次は絶対に、働かなくていい人生がいい。縁側で猫と一緒に日向ぼっこをして、日がな一日寝て過ごす。そんな、怠惰で最高な人生を……)
その願いは、千年の時を超えて、叶うことになる。
あるいは、叶いそうで叶わない、奇妙な形で。
***
「……はっ」
ガバッ、と身を起こした瞬間、視界に入ってきたのは燃える平安京ではなく、埃っぽい木製のカウンターだった。
鼻をつくのは血と灰の臭いではなく、カビと古紙、それに正体不明の骨董品たちが放つ独特の匂いだ。
壁に掛けられた古びた柱時計が、気怠げに時を刻んでいる。
「……なんだ、夢か」
久遠湊は、カウンターに再び突っ伏した。
古物商『久遠堂』。
東京の路地裏、ビルの隙間に埋もれるようにして建つこの木造家屋が、現在の湊の城である。
昼間だというのに薄暗い店内には、所狭しと「ガラクタ」が積み上げられていた。
欠けた茶碗、錆びついた鉄くず、誰が書いたかもわからない解読不能な掛け軸、乾燥したトカゲのような何か。
一般人から見れば、ここは間違いなく廃品回収所の手前、あるいはゴミ屋敷の入り口だ。
「……平和だ」
湊はカウンターの冷たさを頬に感じながら、幸せそうに呟いた。
着崩したヨレヨレのシャツに、寝癖のついた黒髪。
今の湊に、かつて一撃で百鬼夜行を滅ぼした大陰陽師の威厳は欠片もない。
あるのは、ただの「やる気のない店主」としての佇まいだけだ。
「なんであんな時代の夢を見るんだか……。思い出すだけで肩が凝る」
前世の記憶は、湊にとって栄光の歴史ではなく、過労の記録だ。
あの日々を思えば、この現代日本は天国に近い。
空調はあるし、コンビニはあるし、何より「呪いや妖怪の被害で人が死ぬ」なんてことが日常茶飯事ではない。
いや、正確には「この世界」も色々と物騒ではあるのだが、湊にとっては些細な問題だった。
「さて、二度寝……」
瞼を重力に任せて閉じようとした、その時。
カランコロン、カラン――。
ドアベルの音が、静寂を無惨に引き裂いた。
湊は心底嫌そうな顔をして、のっそりと顔を上げた。
「……いらっしゃい」
力の抜けた声で迎えると、店に入ってきたのは一人の男だった。
革鎧らしきものを身につけ、腰には剣を帯びている。
コスプレにしか見えない格好だが、この男の目は真剣そのものだ。
「おい店主、ダンジョン探索に使える装備はないか? 安いやつだ」
男は店内を見回しながら、尊大な態度で言った。
湊は大きなため息を一つ吐く。
「……お客さん。うちは古物商だぞ。武器屋に行けよ」
「武器屋は高いんだよ! どこの店もボッタクリやがって。ここなら、なんか掘り出し物があるかもと思って来たんだ」
男は勝手に店内の棚を物色し始める。
ガチャガチャと乱暴に商品を扱う音に、湊の眉がピクリと動いた。
武器や魔道具。
それは、この世界における生活必需品であり、探索者たちの命綱だ。
だが、湊の店に置いてあるのは、そんな便利な代物ではない。
「おい、なんだこれは」
男が足を止めた。
彼が手に取ったのは、店の隅にある傘立て――に無造作に突き刺さっていた、一本の鉄の棒だった。
黒く煤けており、持ち手らしき部分はあるが、肝心の刀身部分には刃がついていない。
ただの角張った鉄塊に見える。
「刃がねえじゃねえか。……おい、これどうやって使うんだ? 魔導回路の起動スイッチも見当たらねえぞ」
男は眉をひそめながら、柄を強く握りしめた。
微かに男の体が光る。
彼なりに「魔力」を剣に流し込もうとしているのだ。
現代の魔道具なら、魔力を通せば刀身が発光したり、属性を纏ったりするはずである。
だが、鉄の棒はうんともすんとも言わない。
光りもしなければ、熱も持たない。ただの沈黙した鉄塊のままだ。
「なんだこれ、不良品か? 俺の魔力にまったく反応しねえぞ」
「……」
湊は頬杖をついたまま、半眼でそれを見ていた。
(……反応するわけがないだろ)
湊は心の中で冷ややかに突っ込んだ。
(それは『退魔の霊刀』だ。外部から取り込む「魔力」じゃなく、己の魂から練り上げる「霊力」を流し込むことで初めて刃が形成される)
この時代、人々は効率的な魔力を用いる「魔術」を選び、扱いが難しい霊力を用いた陰陽術を捨てた。
魔術は、システム化された回路を通すことで誰でも現象を起こせる便利な技術だ。
対して霊力を用いる陰陽術は、精神を研ぎ澄ませ、生命力そのもので術を練り上げる古来から伝わる力。
現代の魔術師たちは、魔力の使い方は知っていても、霊力の練り方など知りもしない。
魔力で動く最新の魔道具しか知らない人間に、霊力で動く古道具を渡したところで、使い方がわかるはずもないのだ。
(あいつらにとっちゃ、霊力が枯渇したその剣は、ただの重たい鉄の棒切れにしか見えないってわけだ)
男は苛立った様子で、ブンブンと鉄塊を振り回した。
空を切る鈍い音だけが響く。
「チッ、ただの鉄屑じゃねえか。鈍器としてもバランスが悪すぎる」
男は呆れたように鼻を鳴らした。
湊はあくびを噛み殺しながら、適当な嘘をつく。
「ああ、それはなまくらさ、肩叩き棒としては優秀だよ」
「はっ、肩叩きだと? 紛らわしい場所に置いとくんじゃねえよ」
男は興味を失った様子で、ガシャン、と乱暴にそれを傘立てに戻した。
他の商品の傘とぶつかり、金属音が響く。
「チッ、ゴミしかねえな、この店は。時間を無駄にしたぜ」
男は悪態をつくと、踵を返して店を出て行った。
カランコロン、という音が再び鳴り、静寂が戻る。
「……ふぅ。やれやれ」
湊は安堵の息を吐き出した。
もしあの男が偶然にでも「霊力」の素養を持っていたら、店ごと真っ二つにされるところだった。
気を取り直し、湊は店の奥にある小さなブラウン管テレビのスイッチを入れた。
ザザッというノイズのあと、ニュースキャスターの興奮した声が飛び込んでくる。
『速報です! 現在攻略が難航していた新宿ダンジョン第20層にて、Sランク探索者チーム「ブレイブ・ハート」が、フロアボスの撃破に成功しました!』
画面には、派手な爆発と閃光が映し出されている。
巨大なミノタウロスのような怪物が、炎に包まれて崩れ落ちる映像だ。
『決め手となったのは、やはり魔術師部隊による一斉射撃! 第五階梯魔術「エクスプロージョン・ファイアボール」の連射です! ご覧ください、この圧倒的な火力!』
スタジオのアナウンサーが得意げに解説を始める。
この世界では、かつての「ダンジョン災害」以降、誰でも火力を出せる西洋由来の「現代魔術」が主流となっている。
繊細な技術を要する古来の術式は廃れ、マニュアル化された高火力こそが正義とされる時代だ。
「へぇ……すっごい爆発」
湊は頬杖をつきながら、画面の中の派手な炎をぼんやりと眺めた。
「いいなあ、現代魔術。派手で、わかりやすくて」
湊は心底感心していた。
彼自身の基準では、陰陽術の方が遥かに応用が効くが、準備が面倒くさい。
あんな大声で叫ぶだけで敵が吹き飛ぶなら、それが一番だ。
「俺も魔術師に生まれ変わってれば、もっと楽に生きられたのかなあ……」
そんな無い物ねだりを呟きながら、湊はテレビの電源を切った。
世界がどうなろうと知ったことではない。
新宿ダンジョンが攻略されようが、魔術が進化しようが、この『久遠堂』にまともな客が来ないという事実は変わらないのだから。
「さて、今度こそ二度寝するぞ。今日はもう閉店だ」
湊は決意を固め、カウンターに突っ伏す体勢に入った。
クッション代わりの座布団を整え、最高のポジションを探る。
瞼が落ちてくる。
意識が微睡みの底へと沈んでいく。
静寂。
平和。
安寧。
これだ。これこそが俺の求めていた人生――。
バンッッ!!!
その時。
店が爆発したのかと思うほどの勢いで、入り口のドアが開け放たれた。
蝶番が悲鳴を上げ、ドアベルがちぎれんばかりに鳴り響く。
「……あ?」
湊の安眠は、本日二度目の妨害を受けた。
ビクッとして顔を上げると、入り口には逆光を背負った人影があった。
制服姿の女子高生だ。
肩で息をしているが、その瞳は期待と野心でキラキラと輝いている。
「叔父さん!!!」
彼女は店内に響き渡る大声で叫んだ。
湊は、その顔を見てげんなりとした表情を隠そうともしない。
「……なんだ、リナか」
久遠リナ。
湊の姪であり、この店に足繁く通ってくる数少ない人間の一人。
そして、湊の平穏を脅かす最大のトラブルメーカーでもあった。
リナはツカツカとカウンターまで歩み寄ると、バンッと両手をテーブルに叩きつけた。身を乗り出し、上目遣いで訴えかけてくる。
「ねえ叔父さん! お願い! 装備貸して! めっちゃ映えるやつ!」
「……は?」
予想外の単語に、湊の思考が停止する。
「映えるやつ、だ?」
「そう! 今度ね、友達のダンジョン配信者とコラボすることになったの! チャンネル登録者数五万人の『みーちゃん』だよ!? 知ってるでしょ!?」
「知らん」
「もー! とにかくすごいの! でね、一緒に『初心者向けダンジョン攻略配信』に出ることになったんだけど、私の装備じゃ地味すぎて画にならないの!」
リナは自分の安物の杖を掲げて見せた。
量販店で売られている、プラスチックのような素材の杖だ。
「これじゃ再生回数伸びないじゃん? だから、叔父さんの店にある、なんかこう、ヴィンテージっぽくて強そうなやつ貸して!」
湊は、心の底から深いため息を吐いた。
命の危険があるから武器を貸せ、というならまだ百歩譲って分かる。
だが、理由は「配信映え」だ。
湊のような千年前の人間からすれば、理解の範疇を超えた動機だった。
「……リナ。ここは貸衣装屋じゃない。古物商だ」
「ケチ! お店にあるガラクタ、どうせ売れないんだからいいじゃん! バズったら宣伝してあげるからさ!」
「いらん。そんなことされて客が増えたら、昼寝する時間がなくなる」
湊は冷たくあしらい、再びカウンターに突っ伏そうとした。
だが、リナは諦めない。
湊の腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
「お願いだってば! この配信が成功すれば、私もインフルエンサーへの第一歩なの! 叔父さんだって、姪っ子が有名になったら鼻高いでしょ!?」
「鼻なんて高くならなくていい。天狗なんて変人ばかりだぞ。俺が欲しいのは安眠だけだ……」
「むー! じゃあ、勝手に探すもん!」
リナは店の奥へとズカズカ踏み込んでいく。
「おい待て、そこは触るな。呪われるぞ」
「平気平気! 私、運だけはいいから!」
リナが手を伸ばしたのは、埃を被った棚の奥にある、豪奢な装飾が施された短剣だった。
「わあ、これ可愛い! レトロでいい感じ!」
(……おい、それは『吸血鬼の愛剣』だ。剣を抜いただけで全身の血液を持っていかれる)
湊の顔色がサッと変わる。
リナが柄に手をかけた瞬間、湊はあくびを止めた。
面倒くさい。
最高に面倒くさいが、姪っ子が干からびたミイラになって配信されるのは、もっと面倒なことになる。
「……待て」
湊は仕方なく、重い腰を上げた。
その瞳の奥に、ほんのわずかだけ、隠しきれない光が灯る。
「それはお前にはまだ早い。……貸してやるから、こっちにしとけ」
平穏な隠居生活が、また少し遠のいた音がした。
〜あとがき〜
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