大石にふられた

宝や。なんしい

第1話

 まさか私がふられるとは思わんかった。

 しかも大石ごときに。


 ライトの消えたショーウィンドウに私の姿がくっきりと映っていた。私の後ろには丸くて大きな輪郭のはっきりとした月。今夜は中秋の名月やったな、そういや。職場の誰かが騒いでたわ。


 私は自分に自信があるわけやないし、美人やと思てるわけでもない。せやけど、大石は私のことを好きやと確信しとった。あいつは私よりもっと情けなくて、どうにかこうにか社会で生きていけるくらいのぎりぎりな奴やから。私がいつも気にして話しかけてあげてるから会社に来れてるくらいやねん。


「しゃあないな、つきあったるわ」

 いつまでも煮え切らん大石は、シャイいうんかなんていうんか、告白もようしやん奴やから、しゃあないから私の方から告白したったんや。


「あ、別にええよ」

「別にええよ?」


 なんやのそのようわからんオーケーの仕方は、とか言いながら大うけしてたら、あの野郎、

「いや、ちゃうよ。ええて言うてんねん。つきあってもらわんでも」

「は? どういうこと?」


 今思い出したらめっちゃ恥ずかしいんやけど、そんときは私が大石にふられるとことはまったく想定してなかったもんやから、的外れなことばっかり言うてしもてた。


 大石め。

 今までの恩義、感じてへんのか。いや、恩義でつきあってもろても嫌やけどな。

 私の方こそおまえになんか興味ないわ。せやけどかわいそうやから、女子となんてつきあったことないやろうから、私が身を呈して経験積ましてあげよって思っただけで。


 そう、まるで神様のような気持ちでおったのに。

 なんで私をふるねん。あほちゃうか、あいつ。


 なんか、好きでもない奴にふられるってモヤモヤするな。何言うてもいい訳みたいになるから、なんも言わんかったけど。てか、悔しいやら情けないやらで、あろうことかあいつの前で泣いてもうたんやな。涙とまらんくて。

 ほんだらあいつ、

「ごめんな。かなでさんやったらきっともっといい男と出会えるよ」


 やて。偉そうに。

 当たり前じゃ。おまえよりええ男なんて、かけてる眼鏡探すよりたやすいわ、ぼけ。



「大石さんて最近何かあったんですかね?」

「なんで?」

「いや、なんとなくですけど。大石さん、最近ちょっとおしゃれになったと思いません?」


 社員の葉月ちゃんとお昼一緒になったとき、そういえばそんなこと言うてたな。  

 まるで大石に彼女でもできたんちゃう? 的な感じで聞いてきたけど、私はありえへんと思ってたから「そう? 興味ないからわからん」ってスルーしたんやった。


「そうなんですね。ついにかなでさんとつきあいはじめたのかと思いましたよ」

「私と? 絶対ないわ」

 くだらんことを言う女や、とその時はそう思た。


「だってお二人いつも仲良さそうにしゃべってはるから」


 ふん。


 いや、せやけど、そうやねん。

 いつも仲良さそうにしゃべってたやん、私ら。嬉しそうに私のくだらん話聞いて、うけとったやんけ。ツッコミもまともにようしやんくせに。大石は私くらいしかまともにようしゃべらんかったん違うの?


 奏という文字の入った暖簾のれんをくぐって店の中に入ると、もうむっちゃんがいつもの席に座ってビールを飲んでいた。


「もう飲んでんの?」

「かなで、遅いんやもん」

「遅ないやん。まだ五分前やで。むっちゃんが早すぎるんやん」


 むっちゃんは私の言うことはまるで聞こえてへんみたいにしてビールをごくごくと飲んだ。ジョッキのビールがみるみる減っていく。いつもながら女子とは思われへん豪快な飲みっぷりに感心ひとしきり。


 奏は昔からある大衆食堂で、私と幼馴染みのむっちゃんはようここを利用する。私は派遣社員で今の会社に入ったけど、むっちゃんは大学を卒業してからずっと同じとこで働いてる。たまたまというか、まあ、少し作為的なところもあったけど、今、部署は違うけど同じ会社で働いてる。


「それで大石にふられたってこと?」

「せやねん」

「大石ってかなでのことめっちゃ好きやって言うてなかったっけ」

「言うてたよね。確信しとったんやけど好きちゃうかったみたいやねん。でもほんまに好きちゃうかったんかな」

「知らんよ。かなでが言うてたんやん」

「私は全然好きちゃうから全然かまへんねんけど、なんやろ、悔しいわ」


 注文していたジョッキがやってきたので、軽く乾杯をして一口飲んだ。よう冷えてるけど、苦く感じた。むっちゃんはしばらく無言で、突き出しのポテサラをつまんどった。余談やけど、ここのポテサラはびっくりするくらい旨い。突き出しのクオリティと違うねん。


「ねね、その大石ってさ、ほんまにいい奴なん?」

「いい奴? うーん、いい奴かどうかは知らんけど。根性のない気のちいちゃいやつやで」

「それ、ほんまにほんまの話?」


 いつになくしつこく聞いてくるから、なんで?って聞き返してみると、むっちゃんは意外なことを話しだした。


「大石ってさあ、結婚詐欺師みたいなことしてるみたいよ。うちの部署の女子も何人か騙されたっぽい」

「はあ? なにそれ? 大石ってそもそもそんなにモテへんやん。それほんまに大石の話なん?」

「営業部の大石おおいしはじめやろ?」


 確かにそうや。大石肇、営業部や。営業部みたいな花形の部署には到底似合えへんくて、無理してるんやろうなって常々同情しとったくらいやねんけど。


 大石。


 私の抱いてるイメージと全然ちゃう。どないなってんの?


「結婚詐欺って、犯罪やん」

「そうやろ? ちょっと間違えたら犯罪やと思うねん。せやけど騙された子ら、誰も訴えたりせえへんから今のところ問題にはなってへんみたいやねんけど」

「いや、なんかイメージできへんわ」


 むっちゃんは店員を呼び止めて、ビールのお代わりをした。ついでにだし巻き玉子を注文。ここのだし巻き玉子は紅しょうががのってて、熱々でめちゃくちゃ美味しいので私らのイチオシ定番メニューとなっている。


 結婚詐欺師の大石ってまったく想像できへんけど、でもよう考えたら私かてそんなに大石のことを知ってるわけちゃうからな。

「結婚詐欺師ってことは金銭を巻上げたりしてるってこと?」

「そう、らしいよ」


 私は、まじか、と呟いて、大石のことをよく思い出してみた。むっちゃんの話が衝撃的すぎて、輪郭がぼやけてはっきりせえへん。大石ってどんなやつやったっけ?


「ねえ、かなではお金を貸したりしてへんの?」


 どきっとした。そうか結婚詐欺師やもんな。でも心当たりはない。この間自販機のお金足らんって言うから百円貸したったけど次の日には返してもろたし。あ、それよりパン代借りたのまだ返してへんわ。


「貸してへん」


 むっちゃんは意外そうな顔をして、ふうんと言ったあと何かを考えてるみたいやった。

「かなでのことさ、ほんまに好きになってしまったんやない?」


 しばらく脳みそがフリーズして動かなくなった。今日一番の衝撃的な発言や。


「大石な。かなでのことほんまに好きになったんちゃうかって思うけど」

 むっちゃんは二回同じことを言った。


「かなでのことな、ほんまに」

「いや、聞こえてるて」

「そう? 固まってるから私の声届いてへんのかと思たよ」


 私のこと好きに決まってるってずっと信じとったのに、今はそう言われるとそんなはずないんちゃうかって思ってしまう。変な現象やな。

「そんな、はずないやろ」

 声が掠れた。


「だって、あいつ私の告白を断りよってんで」

「そこやん。だって寄ってくる女を手当たり次第に騙してたのに、なんで一番仲の良いかなでにはなんもせえへんの? おかしくない?」

 確かに言われてみればそうやけど。

「私を騙しても、ええ鴨にはならんと思たんやろ」


 照れもあるしむっちゃんに対しての見栄もあって、とりあえずそんな風に取り繕ってみた。せやけど、実はちょっとまんざらでもないと思てる。性懲りもなく。


「でもさ、遅かれ早かれ大石の件は問題になると思うよ。近々クビになると思う」

「そうなん? でも、そうか。そらそうなるよね」


 熱々のだし巻き玉子がテーブルの真ん中に置かれた。むっちゃんは待ってましたとばかりにお箸でつつく。つられて私も出来たてほやほやを口に運んだ。優しいお出汁に油が溶けて程よいコクが生まれていた。紅しょうがが控えめにだし巻き玉子を援護している。


「もしかするとさ、それもわかった上での決別のつもりやったんちゃう?」

「どういうこと?」

「だからさ、かなでを守るためやん。今後、事情聴取的なものがもし行われたりしたら、一番仲のいいかなでにも迷惑かかってしまうかもわからんやん。この辺りで、かなではこの件にはまったく関係ないよって状況を作り出しておきたかったとか、さ」


 むっちゃんは自分のストーリーに満足そうに頷いた。


「まあ、それが事実やったら、ちょっとええ話やけど」

 ジョッキのビールをまたもや一気飲みしたむっちゃんは、店員にビールを追加した。


「むっちゃん、ビールばっかり飲まんと、今日は中秋の名月やから、日本酒飲まなあかんのちゃう? 菊でも浮かべてさ」

 むっちゃんは黙ってたらめっちゃ上品なべっぴんさんやのに、中味はおっさんやからギャップが酷い。私的にはそこが好きなとこやねんけど。


「ちゅうしゅうのめいげつ? なによそれ。知らんし」


 まあええけど。


「ねえ、かなでさ、なんやかんや言いながら、ちょっと大石のこと好きになってない?」

「はあ? なんでそうなんのよ。そんなはずないやん」


 そう言いながら顔が赤くなるのをおさえることができへんかった。

 さすが幼馴染み。鋭い。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

大石にふられた 宝や。なんしい @tururun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画