Noodle Salon: LUXE(リュクス)へようこそ ~ラーメンと真摯に向き合っていたら、Sランク美少女達に溺愛・崇拝されました~

他力本願寺

第1話 リュクスはオシャレで、味は暴力


 看板には『Noodle Salon: LUXE』とある。

 白を基調とした外壁に、控えめなダウンライト。ガラス張りの入り口からは、ジャズが流れてきそうな清潔感が漂っている。

 だが、扉を開ければそこは戦場だ。

 充満するのは豚骨と醤油が焦げる匂い、茹で上がる麺の小麦の香り、そして強烈なニンニクの刺激臭。

 サロンなのは外側だけ。中身は暴力的なカロリーの塊を提供する、山盛り豚麺系の専門店だ。


「……次」


 俺、相良(さがら)朔(さく)は、寸胴の前で短く告げた。

 客が席を立ち、入れ替わりで次の客が座る。無駄な会話はない。この店に必要なのは愛想ではなく、回転と熱量、そして完璧な段取りだ。

 俺は麺の茹で加減を確認し、平ざるを振る。湯切りの音が厨房に響く。

 店長の室井は「客じゃなく空気を回せ」と言うが、俺にとってはどうでもいい。

 俺の仕事は、最高の状態で麺を出し、客がそれを胃に収め、速やかに帰る。そのリズムを崩さないことだけだ。


 カラン、と控えめなベルが鳴った。

 入ってきたのは、深めのバケットハットを目深に被った華奢な女性だ。

 マスクで顔の半分は隠れているが、姿勢が良い。迷いなく券売機で食券を買い、給水機で水を注ぐと、一番奥のカウンター席――通称『聖域』へと滑り込んだ。

 常連だ。

 俺は手元を止めずに、彼女の食券を確認する。

『小ラーメン 豚一枚追加』

 見た目に反して、食う量は男顔負けだ。


「……トッピングは」


 提供直前、俺は彼女に視線を向けずに尋ねた。

 彼女はマスクを少しずらし、小さく、けれど通る声で答える。


「ヤサイ、アブラ、ニンニク別皿で」


 完璧なコールだ。

 初めての客はここで「マシマシ」だの「全マシ」だの、ネットで覚えた呪文を唱えて自滅することが多い。だが彼女は違う。

 ニンニクを別皿にするのは、この後の予定――おそらく仕事――への配慮だろう。自分のキャパシティとスケジュールを完全に把握している。

 俺は無言で頷き、丼をカウンターの高台に置いた。

 山と積まれた茹で野菜。その頂上からかけられた背脂。分厚い豚。

 どう見ても凶器だ。

 彼女はそれを、まるで宝石でも受け取るかのように両手で恭しく下ろした。


 そこからは、静かな戦いになる。

 彼女は箸を割り、天地返しの要領で麺と野菜をひっくり返す。無駄がない。

 ズル、ズルッ、と麺を啜る音が小気味よく響く。

 店内は私語厳禁ではないが、暗黙のルールとして「私語は控えめに」が徹底されている。聞こえるのは、客たちが麺と格闘する音と、厨房の作業音だけ。

 彼女はその中でも、特に静かだ。

 スマホを見ながら食べることもない。撮影もしない。ただひたすらに、目の前の豚骨醤油の山と向き合っている。

 俺は次のロットの麺を鍋に投入しながら、横目で彼女の丼が空になっていくのを確認した。

 早い。

 男でも苦戦する量を、彼女は涼しい顔で――いや、少しだけ頬を紅潮させて完食した。

 最後に、別皿のニンニクをほんの少しだけスープに溶かし、一口だけ飲む。それが彼女の儀式らしい。

 満足そうに息を吐き、彼女は丼を高台に戻した。


「ごちそうさまでした」


 テーブルをダスターで拭き上げ、椅子を戻して退店する。

 滞在時間、15分。

 完璧だ。俺が求めているのはこういう客だ。

 誰なのかは知らない。だが、この店のルールとリズムを理解している人間は、俺にとって「良客」以外の何者でもない。


「……相良」


 彼女が去った後、ホールの片付けをしていた店長の室井が、ニヤリと笑って俺に話しかけてきた。

 室井は白シャツにベストという、バーテンダーのような格好をしている。この店の「サロン」という擬態を作り上げている張本人だ。


「あの子、これで半年だぞ」

「何がですか」

「半年間、週1で通って、一度も会話なしか。お前の塩対応も大したもんだ」

「業務ですから」


 俺は寸胴を混ぜながら答えた。

 半年通おうが、一見だろうが、やることは変わらない。

 温かいものは温かいうちに。伸びる前に食わせる。それだけだ。

 室井は「まあ、その色気なさがお前の売りか」と肩をすくめ、またホールの監視に戻っていった。


 俺は次の麺を上げる。

 湯切りをする。

 丼にタレと脂を入れる。

 目の前の客を見る。

 今日もリュクスは回っている。それだけで十分だ。


 俺は、先ほどの女性客が、内心でどんなことを考えていたのかなど、知る由もなかった。


***


〈切り抜き字幕〉

【雑談】昨日のポチ【切り抜き】


**【配信画面】**

 清楚な白ワンピースを着た、銀髪の美少女アバターが楽しげに揺れている。

 彼女はトップVTuberとして知られる『華月 カノン』だ。


**華月 カノン:**

「でね! 昨日のポチもすっごい優秀だったの! 聞いて!」


**コメント欄:**

:ポチきたああああ

:カノンちゃんの愛犬エピソード助かる

:いい子にしてた?

:ポチになりたい人生だった


**華月 カノン:**

「私が何も言わなくても、一番いいタイミングで“宝物”を持ってきてくれるの! 黙ってスッ……て出してくれる顔がね、もう『ご主人様、これがお望みですよね?』って感じで、たまらないわけ!」


**コメント欄:**

:賢すぎるw

:おもちゃ持ってくる犬かわいい

:しつけ完璧だな

:無言で見つめてくるの尊い


**華月 カノン:**

「そう、しつけ完璧なの! 余計なことで吠えないし、私のことちゃんと分かってくれてるし……はぁ、好き。あ、今の『好き』はそういう意味じゃなくてね? 家族愛的な?」


**コメント欄:**

:てぇてぇ

:動物愛護の精神

:俺もポチみたいにカノンちゃんに尽くしたい


**華月 カノン:**

「またすぐ遊んであげるからねー、ポチ。いい子にして待ってるんだよ?」


***


【あとがき】

はじめまして、あるいはこんにちは。

新作ラブコメ(?)連載開始です。


「オシャレな店構えなのに中身はガッツリ系」というラーメン屋を舞台に、無愛想な店員・朔と、彼を取り巻くヒロインたちの勘違いやすれ違いを描いていきます。


基本は毎日更新を目指します。

第1話を読んで「ラーメン食べたくなった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひ作品のフォローと、ページ下部の【☆☆☆】から評価をお願いします!

(★の数でモチベーションが爆上がりして、更新速度が上がるかもしれません……!)


次は、新人バイトちゃんが登場します。

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