世界の「汚れ」を肩代わりしてたゴミ拾い、組織をクビになった瞬間に世界がバグり始める 〜静かに暮らしたいのに、浄化された厄災(美少女)たちが離してくれない〜
新条優里
第1話世界の「汚れ」を飲み干した男
鉄錆と腐った卵を混ぜ合わせたような、生理的な忌避感を伴う臭いが肺を焼く。 東京都、新宿ダンジョン最下層。そこは、探索者たちが「黄金」と「名声」を求めて蹂躙した後に残る、魔力の死骸の掃き溜めだった。
「……はぁ、……はぁ」
俺――
俺が深く息を吸い込むと、ヘドロが生き物のように脈打ち、俺の腕の毛穴から体内へと吸い込まれていく。全身の血管を、熱した鉛が走り抜けるような激痛。
「ぐ、……ッ……」
視界がチカチカと火花を散らすように明滅する。俺の肌には、煤けたような黒い痣が蔓延っている。他人が吸えば即死する不浄を、自らの体を『ゴミ箱』にすることで処理し続ける。その代償が、この全身を覆う醜い痣だ。世間じゃ、俺みたいなのは『特殊清掃員』なんて呼ばれてる。だがその実態は、ただの使い捨ての汚物入れに過ぎない。
(……回収率、九九・八パーセント。……これで、今日も、地上は『綺麗』だ)
体内に入った呪毒が心臓を不規則に叩くのを感じながら、俺は膝をついた。指先は震え、吐き出した吐息すら黒く濁っている。だが、これでいい。俺が飲み込めば、その分だけ、誰かが吸う空気は澄み渡る。俺みたいな、親も身寄りもない、ダンジョン庁に拾われただけの人間には、これくらいしか価値がないんだ。
「灰島さーん! もう定時ですよ! 戻りましょう!」
上層から、後輩職員の能天気な呼ぶ声が聞こえる。俺は重い体を引きずりながら、闇の底から地上へと這い上がり始めた。
【ダンジョン庁・特殊清掃課】
庁舎に戻ると、待っていたのはいつも通りの冷ややかな視線だった。すれ違うエリート職員たちは、俺の肌の痣を見るなり、汚物を見るような目で露骨に距離を取る。 彼らが使っている「清潔な魔力」を維持するために、俺が何を飲み込んでいるのかなんて、誰も知らない。
(……まぁ、当然だよな。俺自身、自分が臭いのはわかってる)
俺は無言で報告書をまとめ、課長のデスクへと向かった。だが、そこにいたのはいつもの気弱な課長ではなく、仕立てのいい高級スーツを着た見知らぬ男だった。
「君が灰島レイ君かね」
男はシルクのハンカチで鼻を押さえながら、俺を値踏みするように見た。新任局長――
「……はい」
「直球で言おう。本日付で、君は解雇だ。明日から来なくていい」
その言葉に、俺の隣で端末を操作していた研究員の
「……解雇、ですか」
不思議と、驚きはなかった。むしろ、どこかでホッとしている自分がいた。
「そうだ。我が局はこれから、外郭団体から購入した『最新鋭・魔力浄化ポッド』を全面的に導入する。君のように、いつ暴走するかわからない、不潔な歩く汚染源を雇い続けるのはリスクでしかないんだよ。国家予算の無駄だ」
「毒島局長! それは無茶です! レイの『器』としての適正は、現在の計算モデルでは測定不能なほど――」
八ヶ崎が必死に反論しようとしたが、毒島はそれを冷たく遮った。
「黙りなさい、八ヶ崎君。君の数理モデルは、この『ゴミ箱』を過大評価しすぎだ。代わりは機械で十分。……さぁ、灰島君。さっさと手続きを済ませたまえ。その体でいつまでも庁舎にいられては、清浄な魔力回路が汚れてしまうからね」
俺は、机に置かれた解雇通知書を手に取った。十年間。一度も休まず、誰に褒められることもなく、ただ世界の汚れを飲み込み続けた日々。それが、一枚の紙切れで終わる。
「……分かりました。お世話になりました」
俺は深く頭を下げた。いいんだ、これで。この体はもう、限界だ。以前、健康診断の結果を盗み見た限りじゃ、俺の寿命はあと一年持つかどうか。最後くらいは、誰にも嫌われない場所で、一人で消えたい。
俺は、八ヶ崎の悲痛な叫びを背中に受けながら、思い出の何もない職場を後にした。
レイがダンジョン庁のゲートをくぐり、その個人IDが完全に抹消された、まさにその瞬間だった。
「――っ!? 八ヶ崎君、何だこのアラートは!」
毒島が椅子から飛び起きた。長官室のモニターが、見たこともない血のような赤色に染まり、警告音が建物全体を震わせる。
「数値が……跳ね上がっています! 新宿、渋谷、池袋……都内全域のダンジョン内の魔力圧が、異常上昇(オーバーフロー)しています! こ、これは、まるで――」
「バカな! 浄化システムはフル稼働させているはずだ!」
「違います……システムの問題じゃありません!」 八ヶ崎は震える指でキーボードを叩き、顔面を蒼白にした。
「灰島レイという『巨大な避雷針』がいなくなったことで、彼がこれまで無意識に吸引し、体内で中和し続けていた都内全域の『世界の歪み』が、行き場を失って逆流し始めたんです! 局長、今すぐ彼を連れ戻さないと、東京は不浄に飲み込まれます!」
「な……ッ!?」
毒島が窓の外を見たとき、そこには先ほどまでの晴天はなかった。 雲一つなかった空に、バリバリとガラスが割れるような黒い「空間のひび割れ」が入り、そこからどす黒い霧が溢れ出し始めていたのだ。
【死の森・最深部】
一方で俺は、新宿の喧騒から遠く離れた、奥多摩のさらに奥――通称『死の森』の深部にいた。ここはかつて高ランクダンジョンが崩壊した影響で、強力な呪毒が残留し、魔物すら近寄らないと言われる禁足地だ。
旧友の情報屋、
「……はぁ、……っ、ごほっ」
膝をつくと、口から黒いヘドロのような血が溢れた。限界だ。解雇されたショック……なんて高尚なもんじゃない。単に、俺という『ゴミ箱』の蓋が、もう閉まらなくなっただけだ。俺が死ねば、俺の中に溜まった十万人分を優に超える呪毒が、周囲に漏れ出すだろう。だから、最初から死んでいるこの森を選んだ。
(……寒、……いな……)
俺は立ち枯れた巨木の根元に腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。せめて最後くらいは、誰かを救った記憶じゃなく、自分が救われるような夢を見たい。そう願って、意識を手放そうとした、その時。
『――条件達成。個体名:灰島レイ。』
頭の中に、無機質な機械音が響いた。
『外部からの魔力供給が途絶したことにより、内部エネルギーの再定義を開始します。 【世界のゴミ箱(不浄の器)】から【万象の調律炉(聖魔融合)】へと進化します。』
「……え?」
次の瞬間、俺の全身を包んでいた激痛が、嘘のように消え去った。それどころか、俺の肌を覆っていた黒い痣が、内側から溢れ出す圧倒的な『白銀の光』によって、一瞬で浄化されていく。毒だと思っていた不浄が、十年の圧縮を経て、世界の理を書き換えるほどの純粋な神力へと昇華されていた。
俺が腰掛けていた枯れ木が、一瞬にして青々と葉を茂らせ、天を突くような神木へと変貌する。周囲の地面からは、伝説級の薬草が絨毯のように咲き乱れた。
「なんだ、これ……俺は、死んだのか?」
呆然と自分の手を見る。黒ずんでいた手の平は、透き通るように美しい肌に戻っていた。驚愕に震える俺の視界の端に、白い影が映った。
「……あ、……ぁ……」
巨木の陰に、一人の少女が倒れていた。 ……見覚えがあった。いや、正確には、ダンジョン庁の『破棄物目録』の最深部に封印されていた写真と同じだった。
「まさか、……『閑鳴』か? 十年前、死の森ごと切り捨てられたはずの、……」
「……れ、……い、さま……?」
彼女がゆっくりと目を開ける。その瞳に映るのは、不審者でも、ゴミ拾いの清掃員でもない。死の森を瞬時に楽園へと変え、後光を背負って立ち尽くす、唯一無二の『神』の姿だった。
「……ああ、ようやく……見つけました」
少女の細い指が、俺のボロボロの作業着を力強く掴んだ。その瞳には、救済への感謝を超えた、あまりにも濃厚で、あまりにも重すぎるほどの情念が宿っていた。
「私の……私の、すべてを捧げるべき、お方……」
『八聖女:閑鳴宵織を【眷属】として登録しました』 『現在の信仰度:測定不能。世界ランクが上昇し、管理権限が付与されます』
静かに、誰にも知られずに消えたかった俺の願いとは裏腹に。世界が、そして救われた彼女たちが、俺を逃さないとばかりに玉座へと押し上げようとしていた。
世界の「汚れ」を肩代わりしてたゴミ拾い、組織をクビになった瞬間に世界がバグり始める 〜静かに暮らしたいのに、浄化された厄災(美少女)たちが離してくれない〜 新条優里 @yuri1112
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