~天使と悪魔からの勧誘~ だがこの二人、仲が悪すぎて俺の異世界生活はボロボロです

黒品おかか

第1話 天使と悪魔と異世界


♢♦♢ 降 臨 ♦♢♦


『あなた天使になりませんか』

『オマエ悪魔になれよ』


 すべては、そんなあまりにも突飛な勧誘から始まった。

 それは、美少女二人からの甘い誘惑のはずだった。 黄金の麦畑に降り立った直後の俺は、この異世界に少しばかり期待をしたんだ。 だが現実は――


 

 ――今、俺の眼前で、神話級の『天使』と伝説級の『悪魔』が本気で殴り合っているんだ。


 白い羽根を舞い散らせ金色こんじきの髪を揺らす女性が叫んでいる。


「だからこのお方は、わたくしがお迎えすると言っているのです!」


 黒い翼で風を裂きながら真紅の髪がたなびく女性も負けじと言い返す。


「黙れクソ天使が! こいつはアタシのもんなんだよ!」


 眩い光条が雨の如く降り注いだかと思えば、禍々しき闇然あんぜんたる弾が唸りを上げて応えている。

 閃光と黒影こくえいの余波は景色を歪ませ空を割ったように見えた。


 爆風で麦畑の穂がたわみ、俺も思わず手で顔を覆った。

  

 そんな超常なる光景を、俺は背中を地面に押し付け、股ぐらから見上げている。なんでそんな情けない格好かと言うとだいぶ前に激しく吹っ飛ばされたからだ。


 空中での爆音が響く。女の子二人のガチの喧嘩はとどまることを知らない。

 喧嘩とは言ったが、俺がそう思いたいだけかも。

 だって現状はどう見たって「ころしあ……」いや、これ以上は思考を巡らせないでおこう。


 何かの間違いであって欲しい。そんなことを祈りのように念じたが両者は激しさを増していく。


 麗しい金髪の天使は、長槍を高速で突いている。風切り音が、地面に張り付いている俺にまで届くほどに。

 彼女の身長を優に超えているであろうランスを、右腕のみで軽々振るっている姿には、さすがに驚愕する。


「クッ! コノッ! とっととその首よこしなさいッ! 糧となりて朽ち果てなさいバカ悪魔ッ!」


 澄み切った声色が空に響く。言ってる内容は天使のソレじゃないけど。


 あれって、刺さっても大丈夫なやつなんだろうか。

 長く鋭利な円錐形状なるものを、頭めがけて狙っているのだから……大丈夫な訳ないよね……。やっぱりガチだよね。


 そんな天使の猛攻を、悪魔は首の動きだけで避けている。紅蓮に染まった髪をひらりと流すのみ。


「ノロマの腐れ天使が! やってみろッてんだよ! ウラァアアアッ!!!」


 う~ん、こちらも口が悪い。怒声で返しながら、左手で「来い来い」と挑発までしている。

 笑みすら浮かべている悪魔には、これまた驚きを隠せなかった。


 頭だけを狙い続ける天使ってどうなの。

 ふと、俺の中の天使像がこそこそ囁いた。


 異世界だから、こんな天使もいるのかな。


 ――――異世界?


 轟音と暴圧が全身を伝ってくる中、俺は大事なことを思い出した。


 ――そもそも、なんで俺がこんな危険な最前線にいるんだっけ。

 どうしてこんなことになったんだっけ。

 その時、俺の胸が熱くなり脈打つのを感じた。


 肉の芯まで届く衝撃がさらに増していく。

 ひっくり返った情けない姿勢のまま、俺は必死に記憶を手繰り寄せた。

 あぁ、そうだ。


 新たな世界からの歓迎を全身で受けつつ、俺は思い出した。

 すべては――あの二人の『魂への勧誘』から始まったんだ。




♢ ♦ ♢




「うおぉ、ここが異世界か! どんな世界なんだろ、ワクワクするなっ!」


 黄金色こがねいろが一面に広がる麦畑の真ん中に俺は立っていた。

 風に揺れた穂から、乾いた甘さと、温かな土の匂いがふわりと届く。


「あぁー空気が美味しいってこういう事だったんだ……。良い香りもするし、やっぱり外は素晴らしいな」


 腕を伸ばし、少しチクチクする穂を、両手で感じながら走った。

 小さい頃から病弱だった俺は、外に出ることすらほぼ叶わなかった。でも、苦しいと感じたことはないし不幸だとも思ったことはない。


 それは両親が、俺の為にいろいろと手を尽くしてくれて、愛情をめいいっぱい注いでくれたからに他ならない。

 家には買ってくれたたくさんの本があって、アニメもゲームも山ほどあった。

 これが俺は大好きだった。父さんと母さんには本当に感謝している。

 

 だって好きな場所へ行けたからだ。だって物語の中では自由なんだ。そこでは何にも縛られない自由を謳歌できたからだ。

 中でも特にお気に入りだったのは――冒険物。


「行くぞ、みんな! 世界の平和は俺達が守るんだ!」


 いい歳して、なんて両親にはちょっと笑われたけど、仲間と共に旅路の果てで悪を打ち倒す! 冒険譚は本当に大好きだった。

 いつか俺も外へ……!

 しかし、その願いは現実の体には届かず、穏やかに十六年という短い寿命を全うした。


 でも今は――


「走れる……ジャンプできる……転がれるっ! なんて素敵なんだっ! あはははっ!」


 勢いのまま地面をゴロゴロ転がる。温められた土が心地いい。

 そういえば、あの時もこんな温もりだったな――両親が俺の手を握ってくれて、俺の名前を呼び続けてくれて……。

 それがだんだんと遠くになっていき、気付いたら暗闇に閉ざされていたんだ。


 長い時間をそうしていたような、あっという間だったような。よく分からない奇妙な状況だったけど……でも温かかった。

 包まれているような――温もりだけは、そう温もりを感じたのは覚えてる。

 そして、声が聞こえたんだ。


『――ト――デキ』


(ん……)


『――織糸おりと――カデキ』


(だ、だれ……。俺を呼ぶのはだれ)


『――輝きを大切にしなさい――輝きを磨きなさい』


(輝き……なんの。どういうこと。なんか胸が熱い)


『――あなたは今から異世界に向かいます』


(えええー異世界!? 異世界ってあの異世界ですか!?)


『――輝きを大切にしなさい――輝きを磨きなさい――さすればあなたは』


(あなたはだれですか? 輝きってなに? 磨いたらどうなるの!? それにこの胸の感じは)


 俺が聞き返すと先程まで真っ暗だった空間が、一面激しい光に覆われ――


「そしたら、ここに立っていたと。……あれは何だったんだろう。やはり異世界だけあって神様とか女神様の類だったのかな」


 麦畑の真ん中で独りごちる。

 でも、考えたところで答えは出なそうだし。


「神様か誰かは分かりませんけど。もう一度くれたチャンス! 感謝しております! ありがとうございます! めいいっぱい異世界を謳歌したいと思います!」


 感謝の念しかなかった。

 両の手をしっかり合わせて「なにかも分からない存在」に何度も頭を下げた。東西南北あらゆる方角へ。


「でも、どうしよっかなあ。やっぱり冒険とかかなあ。迷宮探索とかいいな憧れるな。冒険者同士の固い絆とか結べたりするかもっ!」


 空気は澄み、風は軽い。希望しかない世界。


「うふ……。それとも、この世界は魔王退治の世界とかだったりして。そしたらお姫様とかに出会えちゃったりなんかしちゃったりして!」


 女の子とあまり話したこともない俺は、ちゃんと話せるかなぁなどと、まだ出会ってすらいないのに無駄な心配をする。

 麦を搔き分けるたび、胸が膨らむ。期待と妄想でいっぱいだ。


「とりあえず街か村でも探すかなっ! めっちゃ楽しみー! さぁーて、第一異世界人はどんな人かなぁ! なんてね」


 意気揚々と新世界での歩みを進めようとした時――それらはやって来た。


「ツツツッ!? イテテテテテッ! なな、なにが起こったんだ……」


 訳も分からぬまま盛大に吹き飛ばされ、俺の体は背中から地面に叩きつけられていた。仰向けに転がった視界の先に――『あの二人』が登場する。


『あなた天使になりませんか』

『オマエ悪魔になれよ』


 ……はい?


 同時に声を掛けてきた両者は、視界を覆い隠すほど近く、俺の眼前へ寄せてくる。

 二つの端正な顔が並ぶ。


 一人は光を閉じ込めたような淡い碧の瞳。

 一人は薄明はくめいが揺らぐ紅い瞳。


 綺麗だな……と俺は素直に思った。だが……背中の痛みを忘れるほどではないし、そもそもだれ!?


「あ、あなた達は誰ですか……? そのもしかしてですが……俺を吹き飛ばしたのはあなた」


 ――達ですか?と聞こうとするや否や。


 両者の拳が交差し互いの麗しい顔面へ叩き込まれた。


「どうしてここにいるのですか、あなたがッ!」

「なんでテメェが、ここにいやがるんだッ!」


 白い衣を纏う女の子の右ストレートが、もう一方の顔を歪める。

 黒装の女の子が放つ左ストレートは、的確に相手の頬をとらえる。


 風圧が俺の髪と穂を揺らす。黄金こがねに染まる麦畑が、とつぜん格闘技場へと化したのだ。


 ヒィ……。

 急になんですか、どうしちゃったのよ。女の子同士の顔面パンチなんて生で初めて見たよ。

 

 おそらく同時に到着して同時に声を掛けてきて同時に殴る。しかもクロスストレート……。

 なかなかの芸当だ。なんて感心している場合ではない。

 

 顔を殴られた方角のまま、瞳だけギラリと睨み合ってる両者の間に割って入り、


「ちょ、ちょっと落ち着いて二人とも。いきなりそんな殴るなんて、よ、よくないよ。しかも女の子同士で」


 なんかすごく当たり前のことを言ってしまった。これでいいのかな……ちょっと恥ずかしいな。喧嘩の仲裁なんてしたことないからな人生で。

 それに胸がなんか熱い。


 すると両者は俺の言葉など耳にも入らず。互いの顔を激しく指差し合いながら、盛大に怒鳴り合いを始めた。


「あなたみたいな下劣な悪魔はとっとと消えなさい。あなたにはそもそも関係のない話です」

「そりゃこっちのセリフだバカが。テメェなんぞと話してる暇はねぇーんだよ、腐れ天使が」


「くさっ、腐れですって……。この清浄なるわたくしに向かって。すでに汚物のあなたには言われたくもありませんね」

「汚物だとコノ野郎。なにが清浄なるだ。見た目だけの白さの下には糞が詰まってるくせによ」


 ク、クチ悪いなぁ二人とも……。

 仲悪すぎやしませんか……。


 まぁ天使と悪魔と言ったら普通は敵対関係だもんね。水と油。犬猿の仲。決して相容れない存在。

 これが本来の姿なのかな。

 それともこれが異世界だからなのかな……。


 どうやら金色こんじきの髪を揺らしながら叫んでいる女性が天使のようだ。

 背中には純白の翼が威嚇するように広がりを見せ。


 もう一人の女性は、後頭で括られた真紅の髪を左右に振りながら罵倒する。

 漆黒の羽根が張り出し示威を誇示するかの如く展開している。


 悪魔がここで「こんなバカ相手にしてる場合じゃなかった!」と言い放ち、俺の眼前へと歩み寄ってきた。


「おい、オマエ悪魔になれよ。人間にはな魂の輝きってのがあるんだ、それが狙いなんだよ。うちに来て悪魔になれよ」


 負けじと天使も肩を入れて来る。


「いえ! あなた様は天使に選ばれたのです。魂の結晶は我が陣営の為にこそお使いになるのが正しいのです。よって天使になるべきなんです」


「え? 俺が悪魔になる? 天使に選ばれた?」


 そう疑問を呈すると、悪魔が天使の顔を押しのける。


「邪魔だドケッ! そうだぜ。わざわざこのアタシ自ら赴いてやってんだ。オマエがどれほど期待されてるか分かるだろ? なっ?」

「グググッ、あほ悪魔こそおどきなさい! このわたくしが御使いとして参ったのです。あなた様がどれほどの逸材かがお分かりになりましょう」


「テメェ髪引っ張りやがったな! こん畜生め、失ッッッせやがれカスがッ! こいつはな、アタシが先に見付けたんだ! だからこいつの魂はアタシのなんだよ!」

「イタタタ、穢れた手でわたくしの艶やかな髪に触れるんじゃありません、汚らわしい! そもそも何をバカな事を。先に見つけたのはわたくしです、だからこの方の『魂』はわたくしが頂くのですッ!」


 お互いがお互いを体で押し退ける。顔を手で押したり、髪をグイッと引っ張ったり、足で踏み合ったりしながら、必死で俺にアピールしているようだった。

 でも物扱いみたいに言わないでほしいな俺を……。


 そんな醜態な光景を眺めながら俺は思い出していた。輝きを大切にしなさい――輝きを磨きなさい。あの謎の声を。

 この二人から魂の輝きとか結晶とかいう言葉が飛び交ってるけど、やっぱり謎の声と無関係ではないよね。

 人間にはそういったものがあるのかな。それともこの世界特有なのかな。

 しかし俺はそもそもこの二人と関わっていいのだろうか……。第二の人生が変なことに巻き込まれやしないだろうか。

 それに先程から時折感じる胸の熱み。


 それら色々な疑問を抱いていると、どうも雲行きが怪しくなってくる。


 両者の罵声と行動に熱を帯び始めた。殺気を隠そうともせず、敵意剥き出しで罵る。

 これはマズイ。

 また殴り合いになんてなったらごめんだ。ひとまず仲裁に入ろうと「あ、あのさ――」と声を掛けると、天使が少し距離を置く。


「言っても引きませんよねあなたは。分かってはいましたが……」


 天使の声色が急に穏やかになった。静かに目線を落とす。ゆっくり金髪を掻き揚げ、輝く髪と白い衣を整えると、純白の羽根を大きく広げた。

 そして、悪魔を真っ直ぐに見据え、右手には眩い光とともに壮大な槍が握られていた。


「上等だ。ハナから、そうしてりゃ済むんだよ……」


 低い声で応じ、悪魔が空を見上げ顔を数回左右に振る。一つでに結んだ真紅の髪と左耳のイヤリングを静かに揺らし終えたあと、見下すように天使を凝視する。

 ホットパンツの腰ら変を、ぽんぽんと軽く二回ほど叩き、漆黒の翼を呼応するよう羽ばたかせた。


 見て分かる。これは本気なんだと。

 ともかく止めないと、俺はその一心で言葉をのべつ幕無しに並べた。


「やめよ、ね。もうやめよ。はいお終い。そんな危ないもの持ち出して。お互い、ねっ? ほら、ここは冷静に。お話聞きますから、むしろ俺が聞きたいくらいなんだよね」


 何を言ってるかなんて内容などどうでもいい。ともかく俺の言葉よ届け。


「女の子同士で、そんな武器まで持って。そこまでヒートアップしなくても。あー聞きたいな俺。天使とか悪魔のこと聞きたいなー。魂聞きたいなー。この世界のこと聞きたいなー。ねぇーおしえ」


 ――てよ。と俺が述べきる前に二人が掛け声と共に激しく衝突する。


「てぇやぁあああああああああああああああああああああ!」

「おりゃぁあああああああああああああああああああああ!」


 光と闇が圧縮され球状に帯び、それが弾け砕け散った。

 麦は薙ぎ倒され、また吹き飛ばされる俺の身体。金色の海を、空から見下ろしながら――


「なんでこんな目に、俺が……」


 せっかくの第二の人生は、異世界での生活はこうして幕を開けた。


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