美しい偉力者を好きになりました。

ちか

第1話

剣術に優れたもの。交渉術に優れたもの。学問に優れたもの。人にはそれぞれ得意分野がある。


──────偉力者

これは得意不得意という言葉では片付けられないほど、超人的な能力を持つ、少数派の人間のことである。


これは偉力者と彼女たちに選ばれた者達の物語。




----------------


アールス学院。

名家しか入学できないこの学院は総生徒数700人にも及ぶ、他国でも有名な名門学院だ。


そして今年入学する偉力者は3人。


1人目"カーチェ"

交渉術に長けており高い知能、分析する力を持つ。


2人目"ミンジュ"

記憶術に長けており観察眼、情報収集能力を持つ。


3人目"セラ"

剣術に長けており並外れた運動神経、統率力を持つ。



今日は入学式。教室は3人の話題で持ち切りだった。


「カーチェ様の妖艶さには驚くわ」

「ミンジュ様のカッコ良さも素敵」

「セラ様の笑顔は愛おしい」

「新入生代表は3人でするらしいわよ!早く会場に行きましょうよ!」



──────



「ここどこー!!!」


かんっぜんに迷った..。入学式が始まっちゃう。


私は"メアリー・アルトリア"。

特待生としてこの学院に入学する。....はずなんだけど学院には初めてきたから迷っちゃった..。

どこまであるのよ!? この廊下!


「このまま誰にも見つけて貰えなかったらどうしよう...」

心細くて、不安で、自然と声が震える。


「ごきげんよう」

後ろから突然声がした。


体がビクッと震え恐る恐る振り返るとそこにいたのは艶々とした黒髪をなびかせる、真っ赤な唇と瞳が印象的な美しい女性だった。


「ど、どちら様ですか!私メアリーと申します!私っ、道に迷っちゃって!決して不審者とかでは...」

絶対涙目だし、どれだけ情けないの私!


息が詰まって上手に喋れない。


「あはは、そんなに必死にならなくてもまだ時間はあるよ」

見た目とは裏腹に豪快な笑い方だった。

でもそれも絵になる。詰まってた息が溜息になって吐き出された気がした。呆れではない、安心の溜息だった。


「良ければ私が会場まで連れて行ってあげようか?」

そう言って手を差し出してくれた。白くて筋の通った透き通るような手。私の手が触れるのも恐れ多い。


「ありがとうございます!えっと...」


「あぁそうだったね。カーチェ・セリシアと申します。以後お見知り置きを。」

そろ〜っと差し出した手を優しく包まれ、手の甲に優しく唇が触れた。


大変。顔が焼けるようにあつい。


ドクンドクンとうるさくなる鼓動がカーチェ様に伝わってしまわないように、芽生えたこの気持ちに気付かれないために、私はそっと手を離した。


その後は無事会場まで届けてもらい、式までには余裕を持って到着することが出来た。


「ほんっとうにありがとうございました!」


深々と頭を下げる私をみてカーチェ様はまた笑った。

「あははっ、気にしないで」


そう言うと手を振って会場から出ていってしまった。

嵐のようで、でも紳士的な。

あの人に着いていけば自分のことを好きになれる気がした。また会えるといいな...。


「ご静粛に!式をはじめます。

新入生代表挨拶 "カーチェ・セリシア"

新入生代表謝辞 "ミンジュ・ベアトリス"

新入生代表答辞 "セラ・マグリット"」


ん、??? カーチェ・セリシア??


3人が壇上に並ぶ。


...えぇー!!カーチェ様は偉力者だったの!?

とんだご醜態を晒してしまった...。私とは天と地の存在なのにお話できて幸運だったのにこんな..!あぁ〜!時を巻き戻したい。


頭をブンブンと振ると周りからは変な目で見られた。

うぅ、恥ずかしい...。


それにしても美しいなぁ。

みんな壇上の3人に釘付けだった。


真っ赤な宝石が飾られたチョーカー、赤みがかった黒髪に赤いアイシャドウが美しいカーチェ様。


青色の宝石が飾られたバッジ、青みがかった黒髪に青色アイシャドウで縁取られた目元が特徴のセラ様。


黒曜石が飾られた髪飾り、漆黒の黒髪に真っ黒な唇が映えるミンジュ様。


まるで絵画のようだった。パズルのように組み合わさる3人は。

あっという間に式が終わり、クラス発表のために広場へ行くよう指示される。

広場ってどこなのよ!地図ぐらいくださってもいいのに!

どうしようまた迷うかも...。

そんなことを考えていたら会場に残っているのは私一人になってしまった。


詰んだ。もう無理。

やっぱり平民の私なんかに貴族学院なんて...。


「メアリー?」

聞き覚えのある声がした。

振り返るとやっぱりそこにいたのはカーチェ様だった。

ミンジュ様とセラ様もいる。


「ねぇカーチェ誰?この子」

セラ様が私を警戒するように睨む。


「カーチェ早く広場に行きましょうよ」

ミンジュ様がカーチェ様の腕を引いた。


2人からの視線がグサグサと刺さる。

「....ふたりとも先行ってて〜」

カーチェ様がいつもの笑顔のまま言った。


「「はぁ!?」」

ミンジュ様もセラ様も驚いている。有り得ない!という表情だった。


「私この子と行く」

そう言って私の肩をそっと掴んだ。


距離が一気に縮まったせいかいい匂いがした。


薔薇の匂いかなぁ...。素敵な匂いだなぁ...。

じゃなくて!えぇ!?私と!?

「カ、カカーチェ様!?よろしいんですか」


「嫌?」

しょぼんとして制服の裾を掴まれた。


可愛すぎる。これは反則だ。

嫌なわけないじゃないですか!

「喜んで!」


「そういうことだから。ふたりともまた後で」

ミンジュ様とセラ様は怪訝そうな顔をして会場を後にした。


「よろしかったんですか?私なんかと」

私は素朴な見た目だし、ミンジュ様やセラ様のように目立つタイプでもない。2人といた方がよっぽど...。

自分で言っといて胸が苦しくなる。私がもっと綺麗で目立つ存在だったら胸を張って隣を歩けたのに....。


「興味がある。"君に"」

カーチェ様はにんまりと笑った。唇の間から少しだけ八重歯がでている。髪は風で少し暴れているがそんなものカーチェ様の装飾品にすぎない。


この言葉は特待生として入学したことも、迷子になったことも、今までの全部が正解だったと思わせた。いや、正解だったのかもしれない。なんせカーチェ様に出会えたのだから。


「ほら着いてこないとまた迷子になっちゃうよ〜?」


そう言ってカーチェ様は走り出してしまった。

長いスカートが揺れる。

コツンコツンと靴と床が心地よい音を奏でた。


「えぇー!待ってくださいー!」


初対面、それも入学式後に学院内で鬼ごっこをしているのは私たちだけだろう。

それがあまりにもおかしくて二人で笑った。


窓から見える太陽はキラキラと輝いていた。


──────



広場につくともちろん注目を浴びた。それはそうだ隣に偉力者ましてやこんなに美しい女性がいるのだから。


「カーチェ様よ。お美しい、」

「隣の子は誰?見たこともないけれど」


うぅ、視線が痛い。そんな私に気遣ったのかカーチェ様は"また後で"とだけ言い残してどこかへ行ってしまった。


クラス分けは成績順で行われる。

A~Fまであり、もちろん偉力者たちはAなのだけど...。


私も学力だけには自信がある。Aだったらいいなぁ。


名簿の名前が見えるとこまで近づき自分の名前を探す。

えーっと...。あ!Aクラスだ!でもAクラス最下位....。


剣術や発明なども成績の1つとされるが、学問以外に私が得意なことはひとつも無いため、私はとにかく学問を極めなければならない。


1位同率 3名

カーチェ・セリシア 

ミンジュ・ベアトリス

セラ・マグリット


やっぱり...。3人は別格なんだ。王宮からの指名も珍しくはないらしい。

街では謎に包まれた3人とされていたから、あまり詳しくはないんだけれど。


頑張って教室の場所探さなきゃ...。

結果迷って偶然通りかかった教師らしき人に案内してもらった。方向音痴も卒業までに治したい。


──────


ここが今日から私が生活する教室。

みんなキラキラとしている。....場違いじゃない?私。

隣は可愛らしい黄色い瞳の女の子だった。


「ごきげんよう!私はリリア・カタリナ!」

目が合うと挨拶してくれた。


「ごきげんよう。私はメアリー・アルトリア」

なるべくお上品に挨拶してみた。


「ふーん...?あなたがカーチェが言ってた...」

ぼそっと何かを呟いた。

リリアの視線が一瞬鋭くなる。背筋が冷えた感触がした。


「あぁ!いやなんでもない!」

そう言って教室から出ていってしまった。


私は平民だから貴族の挨拶は分からない。

何か無礼な事をしてしまったのだろうか。

平民なのはバレたくないから気をつけなきゃ。


今日はクラスの顔合わせだけらしく、その後は帰宅となった。ただ、図書院や化学室は開いているから自由に使っていいとのこと。


この学院に慣れるために図書院へ行くことにした。


──────


本の数が桁違い...。

ワクワクが止まらなかった。どんな本を読もう、どんな本を借りよう。

あ、あの本がいいな。でも届かない...。

背伸びしていると、後ろからふわっといい匂いがした。


「この本であってる?」

カーチェ様だ。私が取ろうとしていた本を片手に微笑んでいる。


「わわ!カーチェ様!ありがとうございます!」

本当にお優しい方なんだな。胸が熱くなる。これが恋なんだろうな。


「カーチェ様はどうして図書院に?」


「実は..いや..巻き込む訳にはいかないから」

申し訳なさそうに目線を逸らされた。


私はカーチェ様のためならなんでも出来るのに。どんな事でも。


「なんでも仰って...。カーチェ様のためならなんでもやります!」


カーチェ様は少し戸惑った様子を見せたあと、秘密にして欲しいのだけど...と話し出した。


どうやら食物の横領疑惑があり、真相を突き止めるよう王宮から指示があったらしい。

ただ、食物は街で作られるから調べるには街に行かなければならない。そのために下調べをするのだそう。


「そんな...大変なことをお一人でなさるのですか?」

いくら偉力者だからといって学院生には重すぎる命令では...?


「そうなの。助っ人がいてくれればいいんだけどね」

そう言って俯く姿はとても儚かった。


「良ければ私が!」

考えるより先に言葉が口から出ていた。


カーチェ様が一気に距離を縮めてくる。手を握られた。すべすべとした感触や温かみが伝わってくる。

「いいの!?」

目がキラキラしている。


「もちろん!」

ありがとうーっと可愛らしい笑顔をみせてくれた。


いつもの笑顔ではなく、本当の笑顔のような...そんな顔が見れるなら私はなんだってする。


「さっそくなんだけど、お願い聞いてくれる、?」


「なんでも言ってください」

期待に答えたい。この人に選ばれる人間になりたい。


「街に行ってきて欲しいの。食物の生産量をメモしてきて、?」

どこか申し訳なさそうに、仔犬のようにおねだりされれば断れるわけもない。


「分かりました!私の父も農家なのでお易い御用です」

平民出身なのもカーチェ様にならバレていいと思った。

何より嬉しかった。自分が必要とされた事が。


「あら!素敵!じゃあよろしくね!」

ルンルンで図書院をでていくカーチェ様を見送り、私は街に向かった。



──────


学院内でカーチェ様を探すのは簡単だ。

目立つから。とにかく黄色い声がする方に向かえば見つかる。今日はセラ様とミンジュ様もご一緒だった。


「カーチェ様!これ!昨日言ってた生産量のメモです」

小声で言うとカーチェ様は驚いた顔をした。


昨日徹夜してメモした。父にはそんなことするなと言われてしまったから秘密でしちゃったけど...。

でもカーチェ様が褒めてくれるならどうでもいい。


「えぇ!もうやってくれたの?さすがメアリー期待通り」

そう言って頭を優しく撫でてくれた。なんて心地いいんだろう。体温が上がり呼吸が早くなる。


「他に何かやることはありますか?」

もっと期待に答えたい。褒めて欲しい。


「今のところないかなー」

え?もう私は用無し?やだやだもっと役に立ちたい。

カーチェ様はそれだけ言うと歩いていってしまった。


──────


ほんの出来心だった。カーチェ様がお使いになっているペンを盗んだのは。

カーチェ様とお話できる回数が少ないから少しでも一緒にいる気分を味わいたかった。でもそれが癖になって...。


罪悪感に押しつぶされそうになったある日だった。


「ねぇメアリーお願いがあるんだけど」

そう言って私に話しかけてきた。


嬉しかった。久しぶりにカーチェ様から話しかけてくれて。さらに頼ってくれて。

カーチェ様の声以外何も聞こえない。まるで世界に2人っきりかのよう。


「なんですか?なんでも言ってください!」

やっと役に立てるチャンスが来たんだ。


「貴方の父親のデスクにきっと生産量の正しいメモがあるはず、とってきてほしいな」

そう言って私の唇を細く美しい指でなぞった。

指の体温が唇に伝わる。カーチェ様の指の体温が私の顔を赤くした。


「も、もちろん、です...」

何も考えず返事をする。いや、何も考えられなかった。

これは私にしかできない。私だから頼ってくれたんだ。


「ありがと」

カーチェ様はその一言だけ言い残し去ってしまった。


──────


お父様の部屋は鍵がかかっている。でも娘の私なら鍵を手に入れるなんてお易い御用だ。


「お父様!お父様の部屋の書籍が見たいから鍵を貸していただけない?」


お父様は簡単に鍵を貸してくれた。

「使い終わったらきちんと返しなさい」

「えぇもちろん」


急いで部屋に向かう。えっと机の中のメモは...

これだ!これをメモして渡せばきっとカーチェ様は認めてくれる。選んでくれる!


でもこのメモが必要なら、なんでお父様がもっているんだろう...。まさかお父様が犯人、いやそんな訳ない。

嫌な予感には蓋をした。

とにかくこれを明日カーチェ様に届けよう。


──────


「カーチェ様!」

廊下を歩くカーチェ様を呼び止めた。

今日もミンジュ様とセラ様がいる。2人はいつも私とカーチェ様の邪魔をする。カーチェ様も私と2人っきりで話したいに違いないのに。


「メアリーおはよう〜」

にっこりと笑いかけてくれた。


「おはようございます!これ!昨日の!」

そう言ってメモをだせば、目をキラキラさせながら距離を詰めてきた。

ふわっと香るのはやはり薔薇の匂い。


「ほんとに有能!さすがメアリー!大好き!」

カーチェ様の両隣からの視線が痛いが気にしてられない。


嬉しい。喜んでくれた。私も大好き。きっとカーチェ様も私と同じ気持ちなはず!


「また何かあったら言ってくださいね!」


「ええ、ありがとう」

その言葉のためならなんだって出来る。

きっとカーチェ様は天からの贈り物だ。そのぐらい天使のようでお優しい人。


──────


家に帰るとお父様が頭を抱えていた。顔は真っ青で何かブツブツと呟いている。


「お、お父様、?どうしたの、」

声が震える。こんなお父様初めて見る。


「メアリー、嵌められたんだ。もう、もう無理だ。なにもかも。偉力者に逆らえるわけがない...」

目の焦点が合わない。酷く怯えている...。偉力者?

────そうだ、きっとカーチェ様ならどうにかしてくれる。

あの方は優しいから、きっと助けてくれる。


「待っててお父様、私がどうにかしてみせるから」

そう言って家を飛び出した。


「メアリー、?」

お父様が名前を呼んだ気がしたけど気にしてられなかった。


──────


カーチェ様のお城はさほど遠くない。

教えてもらったことはないけど場所は知っている。

私は無我夢中で走った。


確かここを右に曲がって....あった!あのお城!黒く美しいあの城。相変わらず大きい...。

なんせミンジュ様とセラ様も住んでいるという。


あれはメイドさんかな。でもタキシードを着てる....。

とにかく声をかけてみよう。


「すみません!私、あのっ、カーチェ様に用があって!」

必死で走ったから息切れしてる。


その人は驚いた顔をしたあと私を庭に通してくれた。

「少々お待ちください。カーチェ様にご確認してきますので」


えぇと頷きしゃがみこむ。走ったことによる疲労もあるが、なにより安心した。これできっと大丈夫。あの方なら、救ってくれる。


「こちらへどうぞ」

その人は私を広場に通した。目の前には立派な階段がある。足音が聞こえ、ゆっくりと偉力者3人が降りてきた。


「メアリー?急にどうしたの?」

カーチェ様は不思議そうに聞いた。


「実は...!」

「「お父様が嵌められて」」

え?カーチェ様と声が被った。

なんで?いや、知っていてもおかしくはない。偉力者と王宮は繋がりがあるのだから。


「え、あの、知っていたんですね。それで..!私!」


「助けはしないよ。」


「貴方の父親が悪いんだもん。」

ミンジュ様とセラ様が言った。


お父様が悪い...?


「あはは、やっぱり気づいてなかった?」

気づいていない?なにを?頭が混乱して思考がまとまらない。ひたすらにカーチェ様の姿が映像として脳に流れる。


「悪魔みたい」

「流石だよね」

両隣では二人が呆れたように笑っている。


何が起きているのだろう。これは夢なのかもしれない。

言葉が出てこない。何も喉を越えない。


「メアリーが協力してくれてた生産量の事件。実はあれの犯人、君の父親。まぁ知ってたけど」

笑いながらそう言う。今までで1番楽しそうな笑顔で。


いやいやカーチェ様は天使のはず...。これじゃあ、まるで悪魔じゃないか。


ならこの人はカーチェ様じゃない...?

でも私がカーチェ様を見間違えるはずがない。間違いなくこの人はカーチェ様なのだ。


そこでやっと一つ疑問が生まれた。

「知ってたなら、どうして私に協力を...?」

そう...知っていたなら、実の娘である私に調査を依頼など?そんなのリスクの塊だ。


「既に裏で証拠は揃っていたけど、共犯を確定させる必要があったの」


そんなはずは...。いやお父様に頼まれた仕事は少し手伝っていた。それだったとしたのなら私も共犯同然だ。


「あはは、ほんとにおめでたい。私を天からの贈り物だとでも思ったの?やだ弄んじゃったかしら?」


違うカーチェ様はこんな人じゃない。やっぱり別人なんだ

。カーチェ様はもっと優しくて優雅で。私を好きだと言ってくれる。愛おしい人だ。

でも目の前の光景が、そんな小さな希望を潰してくる。


「ごめんね。私賭け事が大好きだから夢中になり過ぎちゃって。私が恋に落ちてるって勘違いしてるんだわ」

口元をレースファンで隠し大胆に笑っている。


それすらも絵になる。

美しい悪魔が踊り狂っているようだった。


私はもう何も理解したくなかった。なのに事実をどんどんと理解していってしまう。カーチェ様は私を好きじゃなかった。ただ利用されただけ。


私は膝から崩れ落ちた。膝がヒリヒリと痛む。床の冷たさが伝わって私も冷えていく。


もうどうでもいい。どうしたって私はお先真っ暗だ。

最後ぐらい好きな人と死にたい。


入口付近にはフルーツが飾られていて、フルーツピックもある。私は考えるより先に動いていた。


「カーチェ!」

ミンジュ様が叫んでいる。

私はカーチェ様にフルーツピックを振りかざした。


カーチェ様を手に入れたい。カーチェ様が他の人のものになるくらいなら、奪われてしまうのなら


 "いっそ壊してしまおう"


カーチェ様は動かない。振りかざす瞬間に見えた表情は余裕そのものだった。


─────ドサッ

フルーツピックがカーチェ様に触れそうになった時、私は地面に押さえつけられていた。


「だれ!離して!もう!」

暴れてもビクともしない。微かに顔が見えた。

アンシェリー・ヴァルモンだ。

カーチェ様の護衛として有名な。そしてさっき門にいた人だ。どうして気づかなかったのだろう。いや、そんなこと気に停めてる暇なんてなかった。


他にも有名な護衛たち4人が集まっていた。2人がかりで押さえつけられ、他の2人はカーチェ様をの前に立ちはだかっている。


「カーチェ様!お助けを!」

護衛の隙間から見えたカーチェ様の表情は見たこともないほど暗かった。背筋が凍る。呼吸が浅く苦しい。


続けてミンジュ様とセラ様が話し出す。

「あなた他にも悪事を働いてるでしょう」

「カーチェの私物を盗むとか!」


当たり前にバレている。

私は偉力者を舐めていたのかもしれない。


ごめんなさいお父様。間抜けな娘で。


カーチェ様が私の前に屈んだ。

「退学だけで済んだものを」

そう言ってまたレースファンで口元を隠し笑いだした。


赤と黒のベルベット生地ドレスが優雅に揺れている。カーチェ様の胸元に着いた十字架に祈りを捧げてももう遅いだろう。


またやり直せるのなら今度はカーチェ様の...。


私は後から来た兵達に連行された。





──────


「危なかったよ。カーチェ」

アンシェリーが怪訝そうな顔をしてカーチェを見つめた。


カーチェは、てへっと誤魔化し、ルンルンでソファに腰掛けた。両隣にはミンジュとセラが座る。


「にしてもカーチェ、今回も悪魔みたいだったよ。お見事」

ミンジュが拍手をする。セラも乗り皆が拍手をする。


「最高の褒め言葉をどうもありがとう」

カーチェはいつも通りの豪快な笑いを零した。


「じゃあ今日はもう寝るわね。みんなおやすみ」

そう言って自分の部屋に戻ってしまった。きっと説明を強いられるのが面倒だったのだろう。


「まったくもう」

リリアがため息を着く。


リリア・カタリナ────メアリーを押さえつけていた護衛。偉力者4大護衛の1人。

色素が薄く、どこか儚く可愛らしい。


「カーチェらしいね」

そう言って微笑むのはモモ。


モモ・カステルローデ────カーチェの前にいた護衛。偉力者4大護衛の1人。

少し癖のある髪の毛は柔らかい印象を与える。


「これでカーチェの犠牲者何人目」

大笑いしながら言うレオナール。


レオナール・ヴィクトリア────カーチェの前にいた護衛。偉力者4大護衛の1人。

真っ白な肌、黒く長い髪は艶々と輝いている。


「これで65人目」

呆れながら答えるのがアンシェリー。


アンシェリー・ヴァルモン────メアリーを押さえつけていた護衛。偉力者4大護衛の1人。

短く整えられた髪が美しい。


偉力者3名+護衛4名。

合計7名で構成される組織が"アストラ・ノクス"である。


国の騎士の統制、国家侵略の作戦、交渉。


様々なことをやり遂げるこの組織は最も皇室に近いと言われている。


カーチェはお金を求め、ミンジュは権力を求め、セラは強さを求める。

それぞれ手に入れるためには手段を選ばない。

そんな3人の面倒を見るのが護衛たちだ。

偉力者を抑制し、暴走を防ぐことで国を守る。


そんなこんなで成り立っている組織である。


──────


〜カーチェの部屋〜


真夜中。世界が静まり返る時。

すやすやと心地よさそうに眠るカーチェのベットの端にアンシェリーは腰掛けた。



「あぁ、やはり貴方は美しい」

そう言ってカーチェの頬に唇を触れさせる。


あなたは、何故そこまで自分に向けられる好意に無関心なのか。

学院内だけじゃない。国中に貴方を狙う狼は沢山いる。早く目を覚まして。そして私を選んで....。


「んん..?アン...シェリー?」

目を擦りながら小さく欠伸をした。


「そうだよ。夜中にごめんね。」

一瞬驚いた表情をしたがすぐふっと微笑んでくれた。


「気にしないでいいのよ。何かあった?」

その優しい表情が、その態度が、偽りだと知っていても拒絶なんて出来ない。なんて残酷な人なんだろう。


「昼間...。私が来なかったら刺されてた。」

目を見れない。自分を囮にしないで欲しかった。

言ってくれればそれくらい私が..。


「でも来てくれた。そう信じてたもの」

そう言って私の頬にそっと手を添えた。


いつもこの人は欲しい言葉をくれる。

それが嘘だとは分かってる。でも、もっとこの人のことを知りたい。貴方は私の事なんでも知っているのに私は貴方の事一つも知らない。


──────胸を張って貴方の隣に立ちたいんだ。


気づいたら涙が溢れていた。

カーチェは静かに涙を拭ってくれる。悩みの原因に涙を拭かれ、慰められる。なんて滑稽なのだろう。


何をしたって貴方は変わらない。偉力者の世界に一般人は入れない。

そんな事ずっと前から分かっていたはずなのにっ....。

その日はカーチェの隣で眠った。


薔薇の匂いと、優しく頭を撫でられていることに安心し、気づけば朝になっていた。


「あ、起きた?アンシェリー。おはよう」

そう言って微笑みかけてくれる。胸が痛くなる。この笑みが本物だったなら...。


「お、はよう、」

涙が出そうで、言葉が喉につまる。


「あらら。また泣きそうになってるの?」

困ったように優しく笑うカーチェはまるで女神のようだった。


「今日は休みだから好きなだけ居るといいわ。私、朝ごはん部屋に持って来てもらうようお願いしに行ってくる。」

そう言って部屋から出ていった。


私は依存しすぎなのだろうか。でも、どうすればいいのか分からない。人として初めて扱ってくれた人、世界で一番大切な人。出会ってからの6年間一度も本音を見せてくれない人。

カーチェは人を嵌めた時とお金が手に入った時、そして人が地獄に落ちたかのような表情をしてる時しか素を出さない。本当の笑いはその時しか見れない。


悪魔のような、死神のような人。

私は、なぜあの人のことを拒絶できないのだろう。

きっと、この答えは一生見つからない。答えを探すことなどとっくの昔に諦めたではないか。何度も自分に言い聞かせた─────。

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