おとなりさん
雀野ひな
おとなりさん
「お隣さん、引っ越してきたみたいね」
お母さんは台所から、大きな声で言った。
「おとなりさん?」
わたしは首をかしげた。おとなりさんって、誰だ?
「隣のおうちにね、新しい家族が引っ越してきたの」
今度はゆっくりと、お母さんが言う。
「春から二年生のお子さんがいるんだって。みっちゃん、同い年だね」
「学校、いっしょ?」
「そうねえ。きっと春休みが終わったら、一緒になるわね」
春休みが終わったら。わたしは学校に行くのが、もっともっと楽しみになった。
「いっしょに遊んでくれるかな?」
「遊んでくれるわよ。今度、誘ってみなさい」
次の日、わたしは外に出た。春休みって、やることがなくてつまらない。お日様が当たって、ポカポカする。
あ、何するか決めてなかった。どうしよう。戻って、なわとび取ってこようかな。
そのとき、隣の家から男の子が飛び出してきた。パッと顔を上げて、目が合う。
「おとなりさん?」
わたしの言葉に、その子はコクンとうなずいた。
「おなまえは? わたしは、あさのみつき。みっちゃんって呼ばれてるの」
「……ゆうき。かわしまゆうき」
ゆうきくんは恥ずかしいのか、なんだかもじもじしている。
わたしは、お母さんに言われたことを思い出した。
誘ってあげなきゃ!
「ゆうきくん。一緒に遊ぼ!」
ゆうきくんは少し迷っているみたいだったけど、すぐに目を細めた。
「うん、遊ぶ!」
わたしはゆうきくんの手を取って、ニッコリ笑ってみせた。
「ここが、ぼくのおうち」
ゆうきくんは、おうちのお庭に案内してくれた。うちよりも広くって、思いっきり走り回れる。
わたしたちは鬼ごっこをした。二人っきりだからすぐに疲れちゃって、二人で地面に寝転がった。
そのとき、道路からこっちを覗き込む誰かが見えた。起き上がって目を凝らす。
女の子だった。髪が長くて、顔はよく見えない。ただ、じっと、こっちを見ている気がした。
「みっちゃん。どうしたの?」
ゆうきくんも起き上がって、不思議そうに首をかしげる。
「あのね、女の子がね」
そう言いながら、わたしはもう一回道路のほうを見た。女の子は、もういなかった。
「ヘンなの」
わたしはもう一度、寝転がる。
「ねえ、みっちゃん。明日もぼくと遊んでくれる?」
ゆうきくんは、どこか不安そうにわたしの顔をのぞき込む。
「もちろん! 明日も、明後日も、その次も、いっぱい遊ぼうね」
ゆうきくんは、ほっぺたを少しあかくして、とっても嬉しそうに笑った。
明日からも毎日ゆうきくんと遊べると思ったら、楽しみで仕方がなかった。
「ただいま!」
「おかえり〜」
帰ってすぐ、わたしは手洗いうがいをした。お母さんにも先生にも、ちゃんとしなさいって言われてる。
リビングに行くと、お母さんが洗濯物をたたんでいた。
「みっちゃん。こんな長い時間、外で何してたの?」
「あのねあのね。おとなりさんと遊んだの!」
わたしは嬉しくって、お母さんに向かって駆けていく。抱きつこうと思ったけど、邪魔しちゃいけないから隣に座ることにした。
「あら、よかったわね」
「それでね。おとなりさんのお庭、すっごく広かったんだよ!」
わたしの言葉に、お母さんは一度うなずいた。でも、すぐにその表情を変えた。
「お庭って……ダメじゃない、勝手に人の家に入ったら」
「勝手じゃないもん。ゆうきくんがいいって言ったんだもん! おとなりさんのお家だもん!」
わたしはほっぺたを膨らませた。
お母さんは、はあ、とため息をついた。
「あのね、みっちゃん。お隣さんが引っ越してきたのは、緑の屋根のおうちなの。だから、その子にいいって言われても、入っちゃダメなのよ」
お母さんが言ってることは、よくわからなかった。
緑の屋根のおうちは、確かに隣にある。だけど、ゆうきくんが出てきたのも、一緒にお庭に入ったのも、そのおうちじゃなかった。
もう片方の隣のおうち。お庭の広いほうのおうち。
ゆうきくん、嘘ついたんだ。
わたしは怒った。嘘つきは泥棒のはじまりって、先生言ってたもん。
だけど、とりあえず今はうなずくことにした。お母さんに怒られるのは嫌だ。
わたしを見て、お母さんは安心したように微笑んだ。それから、またお洋服をたたみ始めたのだけど、またすぐに手を止めてしまった。
「どうしたの?」
お母さんは、わたしを見た。
「そういえば、ゆうきくんって誰かしら」
「えー。ゆうきくんは、おとなりさんの子だよ」
わたしはお母さんに教えてあげる。でも、お母さんの不安そうな顔は変わらない。
「中島さん家の子、ゆうきなんて名前じゃなかったと思うけど。それに、髪の長い女の子だったはずよ」
わたしはゴクリと息を飲んだ。
ゆうきくんは、髪が短いし、女の子じゃない。それに名前を教えてくれたとき、言ってた。「かわしまゆうき」って。
ゆうきくんは、おとなりさんなんかじゃなかったんだ。
胸がドキドキして、じっとしていられなかった。
わたしは急いで外に出た。ゆうきくんと遊んだ、大きなお庭に飛び込む。
さっき見たお庭とは、まるで違っていた。草がボーボーで、前が見えない。寝転べるような場所なんてなかった。
「ねえ」
急に声がして、わたしは飛び上がる。後ろにいたのは、あの髪の長い女の子だった。
「さっき、あの草むらで何してたの?」
女の子は、まっすぐにお庭を指差す。
「何って……遊んでたの。ゆうきくんと」
女の子は、笑いもうなずきもしなかった。ただ、腕を下ろして、わたしを見つめていた。
「でも、あなた一人だったじゃない」
それから、ゆうきくんがわたしの前に現れることは、一度たりともなかった。
だけど、すごくあったかくて、楽しくて、何よりも怖かった、あの日。
あの春の日を、わたしは一生忘れない。
おとなりさん 雀野ひな @tera31nosuke
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