鬼に至る病

にゃべ♪

鬼の都市伝説

 ある日、世界中で謎の病気が突然流行り始めた。感染すると頭に角が生えると言う奇病だ。ただし、症状はそれだけであり、病気自体も一週間程度で治るため、人々はそこまで脅威と思わなくなっていく。研究の末に特殊なウィルスが原因と言うところまでは突き止められたものの、そこから先の研究は進んでいない。

 感染率はインフルエンザ程度で、誰もが一度はかかる病気くらいの感覚で落ち着いていった。


 そうして、冬も真っ盛りな1月28日。私も運悪くこのウィルスに感染してしまったのだ――。


「美樹、学校行きなさい。角が生えただけでしょ。熱もないんだから」

「それが恥ずかしいの! 治るまで休んだっていいじゃない。一応病気なんだし」

「あんた、一週間休んで勉強追いつけるの? 成績下がったらお小遣い減らすよ」

「それはダメー!」


 1年で一番寒い冬、しかも寒さがピークに達する1月の末に角が生えてしまった私は、感染を理由にどうにか学校を休もうと交渉をする。寒い中での登下校をキャンセルしたかったのだ。

 結局母親を説得する事は出来ず、私は寒い中を学校に通わざるを得なくなってしまった。どうしてこの病気は人の頭に角を生やすだけなんだ。ちょっとくらい熱が出たりダルくなったりしてもいいのに。


「ま、これに感染して学校を休んだってクラスメイトもいないしなあ……」

「美樹、どうしたの帽子なんか被って」


 登校中に早苗が声をかけてきた。お互いの家が近いのもあって、小学生からの腐れ縁だ。メガネを掛けて見るからに陰キャな雰囲気だけど、だからこそ話が合う。好きなアニメも一緒だし、喧嘩も一度もした事はない。


「帽子の理由、聞かんでも分かるでしょ」

「あ……角か」

「そゆ事」

「そう言えば、こう言う話知ってる?」


 早苗は突然マジ顔になると、今世間で流れている都市伝説を話し始める。何でも、角が生えたまま節分を迎えると本物の鬼になると言うのだ。


「何それ? 鬼ってどう言う事?」

「鬼になると男の人はムキムキマッチョ、女の人は電撃を放てるようになるんだって」

「嘘でしょ? 聞いた事ないんだけど」


 私は初めて聞いたこの噂を信じる事が出来なかった。この病気が知られるようになってもう5年。噂が事実なら、既に鬼になった人が何人か現れていてもおかしくない。

 けれど、そう言う人を実際に見た事はないし、テレビやネットでもそんな情報は流れていなかったからだ。


「だから確実にそうなるって事じゃないんだと思う。それに都市伝説だから」

「うさんくさーい」

「だよね~」


 私達は定番のオチに笑い合う。都市伝説は『信じるも信じないもあなた次第』なのだ。つまり、信じなければ効力を発揮しない……はず。

 節分までにこの病気が治るかどうか分からなかったため、ちょっとだけ心配になった私は早苗の顔をじっと見つめる。


「ちなみに、鬼になったら治らないの?」

「それがね、治すには豆をぶつけるしかないんだって」

「それ普通に節分じゃん」


 そこでまた2人で大爆笑。笑いすぎてこの話題はここで終わる。悪趣味な都市伝説は忘れるに限るのだ。その後は普通に日々が過ぎていき、何事もなく2月3日の朝を迎えてしまう。当然、まだ頭には角が生えたままだ。

 この時、私はあの都市伝説の事をすっかり頭の中から消し去ってしまっていた。


「ふあぁ~あ」


 いつものように朝の7時30分に目覚まし時計に起こされ、ベッドの上で大きく背伸びをする。ここまでは昨日までと同じだった。

 目が覚めたと同時に、部屋のドアが何の前触れもなく開くまでは。


「鬼はー外ーっ!」

「痛っ! 何すんの!」


 ノックなしでいきなり入ってきたのは弟のかつだ。手に持っているのは節分豆の入った袋。我が家は節分に豆を投げる風習は採用していない。なのに何故今年に限って?


「おねーちゃんを鬼にしないためだよ!」

「あんた、あの馬鹿な都市伝説信じてんの?!」

「鬼はー外ーっ!」


 勝己はまた豆を投げつけてきた。ダメだ、話が通じない。まだ10歳だから、変な噂だってまるっと信じちゃうのかも知れない。サンタだって信じてるしなあ。

 それにしても投げつけられた豆がやたらと痛い。ぶつけられると火傷をしたような痛みが走るのだ。豆まきってこんなに痛いものだったっけ?


「いい加減しなさーい!」

「うわー! 鬼が怒ったー!」


 私は力付くで勝己を追い出すと、パジャマから制服に着替える。朝食を食べるために部屋から出ると、待ち伏せていた弟がまた豆をぶつけてきた。


「鬼はー外ーっ!」

「痛っ! 痛いって言ってるでしょ! おかーさーん!」


 母親を呼びながらリビングに行くと、その当人までが節分豆を持って待ち構えていた。


「美樹、ごめんね。あなたを人に戻すためには仕方ないの」

「お母さんまであの話を信じてんの? ただの都市伝説だよ?」

「鬼はぁ……」

「冗談じゃないーッ!」


 母親からの豆攻撃をギリギリで避け、私は急いで靴を履いて飛び出した。何かがおかしい。いくらそう言う話があるからって、都市伝説を本気で信じるような人じゃなかったはずだ。まるで洗脳じみた狂信を感じる。


「まさか、豆をぶつけに追いかけてくるって事は……」


 悪寒を覚えて振り返ると、家族が家から出てくる気配はなかった。家の外観だけを見ると、まるで何事もなかったみたいに昨日と同じ風景だ。

 馴染の景色を目にして落ち着いた私は、安心して胸を撫で下ろす。


「ふぅ……」

「おや、美樹ちゃん。早いねえ」

「あ、ども……」


 話しかけてきたのは近所のオバちゃん。いつも会うと挨拶をするくらいの仲だ。けれど、今日のオバちゃんはいつもと違っていた。左手に袋を持っていたのだ。

 そう、節分豆が入っている袋を――。


「鬼はー外ーッ!」

「なんでーっ!」


 オバちゃんの掛け声と共に、近所の人達がぞろぞろと私の周りに集まってくる。しかも、全員が節分豆を持っているではないか。その先の展開は、もう考えるまでもなかった。


「「「「「鬼はー外ーッ!」」」」」」


 全員が私に向かって豆を投げつけてくる。当然のようにその全てを避けきれるはずもなく、集中砲火を浴びて奇声を上げる羽目になった。


「ギャアアアアア!」

「「「「「鬼はぁ……」」」」」」

「もうヤダーっ!」


 私はその場から一目散に駆け出す。近所の人は何かに取り憑かれたように豆を持って追いかけてくる。たまに豆が飛んできて当たって背中とかが痛い。


「私が何をしたって言うのーッ!」


 夢中になって走っていると、私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「美樹、こっち!」

「早苗っ?!」


 親友の手招きに導かれて、彼女と一緒に逃避行を続ける。早苗の指示で近所の神社に逃げ込んだ頃、いつの間にか追いかけてきていた気配は消えていた。

 私達は拝殿に辿り着くと、そこの階段に座り込む。


「何とかまけたみたいだね」

「なんでみんなあの都市伝説を知ってるのーっ!」

「本当だね」

「しかもみんな怖いくらい信じ込んでるし。こんなの絶対おかしいよ!」


 興奮しながら絶叫していると、早苗が控えめに私の方に顔を向ける。


「大丈夫? 身体に変化はない?」

「うん、ぶつけられて痛かったけど割と平気。豆があんなに痛いだなんて知らなかったよ」


 私は笑顔を作って元気アピールをする。これで安心させられたかと思って友達の顔を見ると、その表情は想像とは違ったものだった。


「そっか、まだ後ひと押しが必要なんだ」

「ん? 何?」

「美樹……」


 早苗は改まって私の顔を見つめてきた。その思い詰めたような雰囲気に、思わずゴクリとつばを飲み込む。


「実はね、美樹の家族や近所の人に都市伝説の話をしたの、私なんだ」

「は? じゃあ、あんたが仕組んだって事?」

「そう」

「なんでよ! 何がしたいんだよ!」


 早苗の告白を聞いた途端、私は頭に血が上って大声を上げた。心の中を怒りが駆け巡っていく。身体は震え、頭の中は真っ白になっていく。堪忍袋の尾は切れ、身体中に力が満ち溢れていった。


「何とか言えってんだよ!」


 怒気を含んだ声を吐き出しながら手を振り下ろした時、私の指先から電撃がピシャンと放射される。自分でやらかしながら、その現象に目が丸くなった。


「今の何ッ?!」

「やった! 成功だよ!」

「早苗、まさかあなた! このために?」

「ご明察」


 目論見が成功して満足した早苗は、真相を話し始める。


「ごめんね。私、美樹に鬼になって欲しかったんだ。それで都市伝説を利用したの」

「私を鬼にしてどうするつもりよ」

「一緒に鬼の頂点を目指して欲しい」

「はい?」


 早苗の話によると、鬼になった人達を集めたコンテストと言う名のバトル大会があるのだそうだ。彼女はその大会に私を参加させたいらしい。


「世界一の鬼を決める大会、通称鬼ー1オニワン。美樹なら絶対勝てるよ! 私が保証する!」

「何で出ないといけないのよ」

「優勝賞金が100億円って言っても?」

「え……っ?」


 その途方もない金額を耳にして、私の思考は緊急停止。早苗はまだ鬼が少ない今なら十分に優勝を狙えるポジションだと説得してくる。来年だと更にハードルが上がる、今しかないと迫ってきて、その熱量に圧倒された私は首を横には振れなかった。

 上手く返事の出来ない私の手を、目をキラキラと輝かせた早苗がギュッと強く握る。


「2人で世界一の鬼を目指そうよ!」

「ま、まぁ、早苗がそう言うなら……?」


 こうしてなし崩し的に鬼ー1に参加する事になった私は、早苗の指導の元で特訓をする事になった。

 やがて地方予選をトップで突破して全国大会に進み、そこで数々の激闘を繰り広げる事になるのだけれど、それはまた別のお話。



(おしまい)

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