ワルモノにはないてもらう
後藤あこ
第1話 ワルモノのワルモノ
あたし、知ってる。
悪者の朝は案外早い。
午前7時35分。
住宅街の裏通りには、点と点が散らばっている。
点と点?
それはもちろん彼以外の人間のことで、たとえば今ならスーツ姿のサラリーマンや、学生服を着た学生のことをいう。
そんなあたしももれなく点だ。
その中からあたしは一目で彼を見つけた。
見つけて、電柱の陰に隠れた。
そうしてあたしの横を通り過ぎていく、スーツ姿の華奢な後ろ姿をガン見で愛でる。
あの細い腰に噛みつきたい衝動を、──────今日はどうしてだか我慢できなかった。
突き動かされるまま走って、走って。
もうずっと我慢していたデザートに飛びついた。
足が止まる。
甘くておいしそうな、いい匂いがする。
彼が体を捩るようにして振り返った。
そうすると両手は離れてしまったけど、あたしは生まれて初めて彼の視界を手に入れたんだ。
薄く赤みがかった唇が、開くさまが神々しい。
さあ、魔法の言葉を食べさせてほしいのです。
「とりあえず、警察行こうか?」
薄い黒の色眼鏡の奥に隠れた碧眼の瞳があたしを捉え、捕え。
低く囁くような絶対0度の声が心臓のど真ん中を突き破り、ハートの嵐が止まらない。
制服のネクタイを引っ張り上げられて、ローファーの踵が少し浮いた。
あたしはまた細胞ごと恋をしてしまうんだ。
もっと、もっともっと彼に近づきたい。
神の領域を手に入れたくて、爪先で立ったあたしは震えた。
────── ねぇ、それって。
「デートのお誘い?」
「………」
ぱっ、と。
彼はネクタイから手を離して一歩後ずさった。
嫌な顔、してる。
ああ胸が苦しい。
好き。
好き。
好き。
好き。
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。
大好き。
「その制服」
朝日に当たった金髪が眩くて、目が上手く開けていられない。
でも彼が呟く音でさえ、落ちるのがもったいなくて、小瓶に詰めて持ち歩きたい気持ちで一歩、距離を詰める。
「正華学園の制服だよね?」
「えっ? 知っているんですか?」
「知ってる。知り合いがいるから」
「知り合い? それって女の子? 女の子ですか?」
「ぐっ………」
あたしが詰めた以上の距離をもって、彼は後ろへ下がる。
なに? 今のかわいい声。
「とにかく、これ以上おかしなマネをするなら学校にも通報するから」
「あ! まっ、」
その場を早足で立ち去って行く背中に腕を伸ばしたけど、澄んだ空気を掴んだだけだった。
◇
◇
◇
あたし、知ってる。
悪者の夜は遅い。
午前0時58分。
つい2時間前にヒーローとのイザコザがあったとは思えないほど、町はすっかり眠ってしまったように静か。
だから夜に紛れて電柱の陰に隠れ、あの背中をガン見で愛でる。
──────のは、もうやめた。
彼があたしの横を通り過ぎていく。
その後ろ姿めがけて木製のバットを振りかぶった。
両手に響く痺れるような感覚を、あたしは生涯忘れないと思う。
そうして地面に倒れた愛おしい人を引きずって、嬉々として家へ帰るのだ。
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