男性恐怖症だけど、元男子校に入学させられた件
五平
第1話:0.8秒の終焉と、震える天使
元男子校・私立鳳凰学園が共学化したその日、伝説は「謝罪」と共に始まった。
「……っ、う、ううっ……ごめんなさい、ごめんなさいぃ……っ!」
校舎裏。夕暮れ時の静寂を切り裂いたのは、勝者の雄叫びではなく、可憐な少女の、身を切るような悲鳴だった。
地面に膝をつき、小刻みに肩を震わせる少女――白河(しらかわ)凛。彼女の瞳からは大粒の涙が零れ落ち、その華奢な手は、自分の罪を悔いるように硬く握りしめられている。
だが、その周囲の光景は、彼女の悲痛な謝罪とはあまりに不釣り合いだった。
フェンスには、学園最強と謳われた三年生の巨漢が、まるで大型トラックに衝突したかのように「人型」の窪みを作ってめり込んでいる。
足元には、空手部主将を含む二人が、地面に不自然なクレーターを穿ちながら白目を剥いて転がっていた。
そして最後の一人は、どういう物理法則が働いたのか、三メートル上の桜の枝に逆さまに引っかかり、静かに揺れている。
かつてこの学園を暴力で支配した『四天王』。
彼らが沈むまでに要した時間は、わずか〇・八秒。
目撃していた数十名の男子生徒たちは、スマホを構えることすら忘れ、ただ石像のように固まっていた。
「あ、あの子……泣いてるぞ」
「被害者……だよな? どう見ても、襲われそうになって、怖くて……」
「……いや、待て。あいつ、今『怖い』って言いながら、四天王の正拳突きを素手で叩き折って、そのまま巴投げでフェンスまで送らなかったか?」
男子たちの戦慄をよそに、凛の脳内はパニックで真っ白だった。
彼女にとって、男性は「恐怖」の対象でしかない。近寄られるだけで心臓が跳ね、視界が歪み、そして――。
幼少期から、あらゆる格闘技の「神域」を強制的に叩き込まれた彼女の肉体は、恐怖を感じた瞬間に、脳の指令を待たずして『生存のための最適解』を自動実行してしまうのだ。
つまり、彼女にとっての「暴力」は、ただの「悲鳴」と同義であった。
(また、やってしまった……。普通の女の子になりたかったのに。お友達を作りに来ただけなのに……!)
凛は顔を覆い、さらに激しく泣きじゃくる。
だが、そのあまりに洗練された「泣き姿」と、周囲の「壊滅死体」という異常なコントラストが、目撃者たちの脳内で最悪の誤変換を起こした。
「……慈悲だ」
誰かが、震える声で呟いた。
「あまりに圧倒的な力の差に、彼女は『自分と同じ次元で戦える者がいない孤独』に絶望して泣いているんだ……!」
「なんて高潔な魂なんだ。四天王をゴミのように散らしながら、その命の尊さに涙するなんて……」
誤解。圧倒的な、絶望的なまでの認識のズレ。
凛が「男の人が怖くて近寄らないでほしい」という一心で放った一撃は、共学化初日にして、彼女を学園の『不可侵の女神』へと押し上げてしまった。
泣き続ける凛の影が、夕日に長く伸びる。
その影が、たまたまその場を通りかかった一人の少年――格闘技の才能も、男としての覇気も、何もかもが欠落した「無害な草食動物」のような男子、ハルの足元に届いた。
凛の高性能すぎるセンサーが、初めて「敵」を検知せず、凪いだ。
涙に濡れた瞳を上げた凛と、購買のパンを片手にしたハルの視線がぶつかる。
これが、世界最強の乙女と、世界最弱の少年の、地獄のようなラブコメの幕開けであった。
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