第3話 ゴミ処理場に捨てられた僕


 揺られること数時間。辿り着いたのは、王都の華やかさからは想像もつかない、最果ての地。

 王都郊外にある巨大なゴミ処理場だった。

 山積みにされた廃棄物、腐敗臭、そして漂う死の気配。


「さあ、降りろ。ゴミ箱にはお似合いの場所だ」


 兵士たちが僕を乱暴に馬車から引きずり出す。地面は湿った腐肉と泥が混じり、鼻を突く悪臭が立ち込めている。

 背中を強い力で蹴り飛ばされる。その拍子に、僕は深くうがたれた巨大な穴に転がり落ちる。


 頭上から声が聞こえる。


 「ひゃははははっ、『ゴミ箱』がゴミ箱に入ったぜ。傑作だな、おい」


 兵士たちは僕の惨めな姿を笑い飛ばし、馬車を返して去っていった。


 一人、静寂の中に残される。否、静寂ではない。

 

 ――ズズ、ズズ・・・・・・と、巨大な何かが這いずる音が聞こえてきた。


 現れたのは、腐った肉をまとったようなドラゴンだった。


 腐竜ゲルニア。

 禿鷹のような頭部、濁った眼球。王都のゴミを食らって生きる、不浄の象徴のようなドラゴンだ。

 ゲルニアは僕を見つけると、その裂けた口から紫色の濃霧――猛毒のガスを吐き出した。 

「・・・・・・っ」


 僕は身構えた。だが。

 そのガスが僕の肌に触れた瞬間、感じたのは痛みではなかった。むしろ安らぎに近い感覚だった。

 瞬間、僕は理解する。

 長年、高位の者たちの濃厚な魔毒を吸い続けてきた僕の体にとって、野生のドラゴンの毒ガスなど、ちょっと重い空気ぐらいのものなのだ。膨大な年月をかけて体内に蓄積されてきた毒のよどみが、腐竜の毒をかき消したのだろう。


 けれど、物理的な脅威は別だ。


 ゲルニアは獲物が死んでいないことに業を煮やしたのか、ゆっくりとした動作で、鋭い鉤爪を振り上げた。


 その動きはそこまで速くはない。僕は必死に立ち上がり、回避する。


 「ふしゅうう・・・・・・!!」

 

 ゲルニアは怒り、僕に向かってくる。僕はゴミの山を逃げ回った。


「はぁ、はぁ・・・・・・っ!」


 足がもつれる。体力が限界だった。連日の魔毒喰らいで、僕の体はボロボロだ。

 必死に逃げ続けたが、巨大な鉄柵と無機質な石壁で構成されるゴミ処理場の隅に、僕は追い詰められた。

 背後には冷たい壁。目の前には、濁った目を貪欲に光らせ、迫りくる腐竜。


 死ぬのか。こんな、誰にも知られない場所で。ゴミのように。

 

 脳裏に走馬灯がよぎる。

 泣き虫だった僕を励ましてくれた父さん。

 いつも「おかえり」と出迎えてくれた母さん。

 僕を「お兄ちゃん」と慕ってくれた、ユナ。

 そして――「結婚する」と笑い、最後にはあんなに泣いてくれたエマ。


 ――まだ・・・・・・死ねない。あんな奴らの言いなりで、終わってたまるか・・・・・・!


 怒りが。


 リリアニアへの、そして理不尽な世界への怒りが、僕の心の中で燃え上がり、体を激しく揺さぶった。

 

 ――その時だった。


 ドクン、と心臓が跳ねた。


 全身が燃え上がるように熱い。なんだこれは?・・・・・・


 体の奥から、熱流がほとばしるような感覚だ。今までに経験したことがないような、強くたぎってくる熱情。



「・・・・・・おおおおおおおっ!!」


 僕は雄叫おたけびをあげる。全身が、直視できないほどの眩い白光に包まれる。


 ゲルニアが驚愕に目を剥き、後退りする。

 だが、遅かった。

 僕の右手から、無意識に言葉が流れ出る。


「――天核の審判アステリズム・ジャッジメント


 一閃。

 空を裂くような、純白の雷光が僕の手から放たれた。

 それは腐竜ゲルニアの巨躯を、一瞬で、ちり一つ残さず蒸発させた。

 毒ガスも、腐臭も、山と積み上げられたゴミさえもが、その神々しいまでの光に浄化され、一瞬にして静寂が戻る。


 光が収まったあと、そこには焦げた地面と、唖然あぜんとして自分の手を見つめる僕だけが残されていた。

 体内の重苦しい「澱み」が消えている。

 いや、消えたのではない。

 それは、僕自身の強大な「力」として、完全に練り合わされていた。


「これ・・・・・・は・・・・・・」


 何が起こったのだろうか?僕は混乱しながらも、なんとか頭を整理する。



 あの腐竜を瞬殺したあの奥義。記憶に間違いなければ、あの技は、リリアニアでさえ一生に一度使えるかどうかの、最高位の聖典に記された禁忌の術式だったはずだ。それを僕が使った・・・・・・?

 

 どういうことだろうか。僕は、単なる不要な魔毒を喰らう「ゴミ箱」に過ぎない。それ以外は、体力も魔力も平均以下のひ弱な人間に過ぎない。

 それが、なぜ突然、あれほど高位の能力を発動したのだろうか・・・・・・。いや、そんなことはこの際どうでも良い。僕は首を振り、ゆっくりと立ち上がる。

 

 僕は、こうして生き延びたのだ。捨てられた「ゴミ」として朽ち果てる運命だったのに、なぜかそうはならなかった。

 

 いますぐこの場から逃げて、どこか遠い国で、新しい人生を送る。そんな考えが一瞬だけ頭をよぎって、すぐに振り払う。

 あそこには、まだ家族がいる。父さん、母さん、ユナ。そして――エマ。みんなを見捨てて、自分だけがおいそれと新生活を送るなんて、考えられない。


 僕はゆっくりと頭を上げる。視線の先には、黄金色に輝く王都エテルナが、そびえ立っていた。


 リリアニア。

 僕をゴミだと捨てた、傲慢な聖女。

 彼女だけではない。これまで散々僕をゴミ箱と罵ってきた、数々の聖女、魔導師、剣士たち。

 見ていてくれ。

 これから僕が、君たちの偽りのユートピアを、本当の意味で浄化してあげるから。


 僕は一歩を踏み出した。


 その足取りは、昨日までのトボトボとしたものとは違い、大地を震わせるほどに力強かった。

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