想いを重ねて

 翌日。


 仕事終わりに、ちょっと格式のあるレストランで、俺は三上先生と向かい合っていた。


 俺はスーツ。


 三上先生は、とアイスブルーのレースワンピースに、グレーのカーディガンを羽織っていた。


 後数時間後には恋仲になる予定の人なのだ。


 白い肌を他の野郎の目に触れさせてなるものか。


「ここ数日、いろいろありがとうね、桜木くん。


 私がもう少し稼いでいれば、帳さんたちレジェンドの皆を囲んで、パーティーでも出来たのに。


 ちょっと残念だわ。


 とにかく、無事にいつもの日常に戻れたことに乾杯しましょうか」


 スパークリングワインの入ったグラスをカチン、と小さく鳴らした。


 風紀委員の顧問だったという例の教師。


 教育委員会で査問された結果、教員免許は剥奪され、公務員ではなくなったという。


 全てが解決した後、おまけがあった。


 それを、嬉しそうに、彼女が俺に話してくれた。


 帳は、まるで芸能人のようにあっという間に在校生に囲まれてしまった。


 在校生らのリクエストに答え、ピアノをひたすら弾く羽目になったという。


 それ以来、生徒たちは何か思うところがあったのだろうか。


 日直等にも、以前より積極的に取り組むようになったという。



 三上先生は、来春から、担任教師にならないかという誘いを、受けるべきか迷っていたそうだ。


 だが、今回の件で、受ける方向に気持ちが固まったのだと話してくれた。


 そんな話を聞いていると、告白のタイミングを逃していた。


 俺も、ついつい今のSEを続けていくのに迷っている話を、聞いてもらってしまった。


「別に、教員免許があるからといって、必ず教師にならなければいけない決まりはないしね。


 教師以外にも、子供だったり教育に関わる仕事はたくさんあるわ。


 常に視野を広く持つことよ、桜木くん。


 そうはいっても、無意識に人間は思い込みすぎてしまうから、今のように他人に思いを吐き出してみるのはとても有効よ。


 今の仕事も、きっと桜木くんの糧になって、いつか続けていて良かった、と思う日が来るわ。


 明日かもしれないし、5年後かもしれない。


 それは今は言えないけれど」


 ……ダメだな、俺。


 こんなことを話すつもりじゃ、なかったのに。



 変わらないな、三上先生。


 昔と変わらず、1人1人としっかり向き合って、きちんと誠実な答えを返してくれる彼女。


 その姿勢は、俺が高校生だった頃と微塵も変わっていなかった。


 俺が彼女に惹かれていったのも、彼女のそんな部分なのだ。


 そして、俺もそんな教師になれればと、受験大学を変更した。


 いつか、もう一度自分のキャリアを考え直すその時が来たならば。


 三上先生と同じ教師という道も、悪くない。


 ずっと俺の心の中にあった靄は、すっかり晴れていた。


 ……今日は彼女に告白をするために、ちょっと良いホテルディナーまで予約したのだ。


 このまま帰宅したら、絶対に秋山や帳、美川たちの酒の肴にされそうで、かなり怖い。


 レストランからの帰り道、三上先生の方から、少し休んでいこうと誘われた。


 これは、もしかしなくても脈アリか。


 ただ、告白の台詞を三上先生から言われるのは避けたいところだ。


 決めるべきところは、きっちり男が決めなくては。


 到着したのは、東京名物の赤い塔が見える公園。


 ロケーション的には最高だ。



 ベンチで、彼女の手をそっと引いて、背中に手を回した。


「今日はありがとう。


 何と言うか、この時間がずっと続いてほしい、って思った。


 それくらい、楽しかった。


 やっぱり、意中の人と一緒だと、時間が過ぎるの早いな」


「ずるいよ、桜木くん。


 ちゃんと伝えて」


「三上先生のこと、1人の女性として好きだから、苗字同じにする方向性でずっと一緒にいてほしい。


 ダメかな」


 しばし、彼女は言葉を発しなかった。


 俺の背中にそっと手を回すと、唇に柔らかいものが重なった。


 は??


 え?


 もしかして、もしかしなくても。


 俺の、ファーストキス……


 ……嬉しすぎる。



「ありがとう。


 さっきのキスは、私の気持ち。


 伝わったかな?


 ……圭吾」


 いきなり名前呼び捨ては、ズルすぎないか。


「今日も送って行く。


 それでいい?


 可愛い夏南を離したくない」


 そっと頷いた彼女に、俺はもう一度口づけた。


「もう冷えるし、行こうか。


 これ以上は、俺が我慢できなくなる。


 あんまり可愛いことしないでくれる?


 ちゃんとこの間みたいに、家の玄関まで送るだけだよ。


 送り狼にはならないから、安心して。


 ちゃんと夏南の気持ちを……


 そういうことしたい、って思うまで大事にしたい」


「もう!


 ちょっと期待しちゃったけど。


 泊まっていい時は、ちゃんと連絡するから。


 ……その時に、この続きしようね?」


 それは、キスの先もそう遠くないうちに、ということなのか。


「早く暖かい季節になってほしいねー!


 2人でゆっくりデートしたい。


 いろいろ考えておくね、圭吾」


 自然に繋がった手は、ほんの少し冷たかったが、繋いでいるうちに温かくなるだろう。


 初雪の再会は、最高の彼女という贈り物をくれたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪恋 櫻葉きぃ @kii_chan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画