お稲荷様は猫がお好き

@akihazuki71

第1話

 住宅が建ち並ぶ中、こんもりと木々が生い茂る場所があった。今は冬季で落葉している木も多いが、新緑の季節には赤い鳥居が映えて美しい光景となった。

 それでも、年の瀬から年明けは初詣の客で賑わっていた。その多くは近所の住人だったが、今年は大きく異なっていた。

 大晦日の夜、稲荷神社の境内は人、人、人で埋め尽くされていた。それだけではなく、鳥居の外にまで行列が続いていた。それほど大きな神社ではないので、予想外の出来事に宮司一家は人手が足りず、手が回らないようだった。初詣に来ていた近所の住人の何人かが、見かねて手を貸していた。

 そんな様子に驚いていたのは人ばかりではなかった。この夜は近所に住む猫たちがやって来て、特別な集会が開かれる事になっていた。しかし、この人出で足や尻尾を踏みつけられ、手痛い目に遭う猫が続出していた。

 そして、ここにもう1匹、少し遅れてやって来た猫がいた。人だかりに驚きながらも先を急いでいると、突然現われた宮司とぶつかりそうになった。

「おや?武男さんとこのコテツくんじゃないか。それにしても、こう忙しいと猫の手も借りたいものだな・・・」

 宮司がそう言ったので、サバトラ猫のコテツはドキッとした。

「オイラに何か手伝って欲しいのかな?」そう思って見上げていると、

「あ、すまない、コテツくん。みんなもう集まっているよ。早く行きなさい。」

 コテツは宮司を振り返りながらその場を離れた。

 毎年と言ってもまだ2回目なのだが、大晦日の夜は猫たちがある猫を偲ぶために、稲荷神社へと集まってくる。人で言うところの法要のようなもので、今年は三回忌にということになる。

 その猫というのは、この辺りでは有名だったオスの三毛猫で、多くの猫や犬、住人に慕われていた。その名を龍之介と言い、広大な縄張りを持っていた。その半分を受け継いだのがコテツだった。


 コテツは人混みを避け木々の中を抜けると、社の裏から縁の下に潜り込んだ。そこには1ヶ所だけ、光が射している場所があった。コテツはそこへ向かい、上を見上げると四角い穴が空いていて、にぎやかな声が聞こえてきた。

 コテツが跳び上がって姿を見せると、

「おう、コテツ遅かったじゃないか。こっちへ来いよ。」

 そう声をかけてきたのは、黒っぽいトラ縞の猫・トラキチだった。龍之介の縄張りのもう半分を受け継いだ猫である。コテツは多くの猫たちに声を掛けられ、それに答えながらトラキチの横へとやって来た。

「こんばんは、コテツ。」

 トラキチの向こう側にいたハチワレの猫・フクマロがそう言うと、

「うん、こんばんは。」と答えた。

 フクマロはコテツの隣の家に暮らす猫で、トラキチの親友だった。

 そこには色々な食べ物が並んでいた。稲荷神社の神狐に仕えるお使い狐が用意してくれた物や、住人が持って来た龍之介の御供などだった。会場には多くの猫たちの他に、首に鈴の付いた赤い紐を結び付けたお使い狐たちもいた。

 トラキチが何かと世話を焼いて、食べ物を持って来てくれるので、コテツの前には大きな山が出来た。それを見た猫たちが、

「トラキチ、ずいぶんと手が回るじゃないか。」

「本当だ、まるで手取り足取りって感じだな。」

「そうそう、コテツは手が掛かる弟ってわけか。」

 などと言ってからかってきた。いつものトラキチだったら、

「何だとっ!」と手を上げるのだが、今夜は龍之介の命日なので、争うわけにはいかなかった。

 彼らも、いつもは手も足も出ないのだが、トラキチが手を出さない事をわかった上でやっているのだった。ところが、

「なんだ、おまえたちもトラキチに取ってきて欲しいのか?」

 コテツがそう言ったので、猫たちだけでなくトラキチも口を開けた。

「代わりにオイラが取ってきてやるよ。さっき外で、猫の手を借りたいって言われたから、頼りになるんだぜ、オイラは。」

 コテツがそう続けて言うと、猫たちとトラキチはいきなり笑い出した。

「ハハハ・・・、まったく、手に負えないなコテツは。」

「本当だぜ、俺たちにはどうにも手がつけられないな。」

「そうだ、手に余るってもんだ。」

「悪かったなトラキチ、これで手打ちって事にしようぜ。」

 そう言ってその場から離れると、トラキチも笑いながら見送った。

 コテツはわけがわからず、目の前に並んだ食べ物にも手がつけられなかった。すると、トラキチとフクマロがコテツにもわかるように説明してくれた。

「えっ?そうなのか・・・」

 コテツは驚いたかと思うと、少し落ち込んだようだった。しかし、その場の雰囲気やトラキチたちのおかげで、すぐにいつもの調子を取り戻した。

 そして、新年を迎えたところで、会はお開きとなった。


 コテツはトラキチたちと別れ、神社の境内を歩いていた。人だかりも今はまばらになり、いつもの静かな神社に戻りつつあった。

 外も寒かったが、手水鉢の水はさらに手の切れるような冷たさだった。コテツは少しだけ口にすると、いつもとは違う所を通ることにした。

 歩いていくと小さな社が見えてきて、その横に誰かが立っていた。頭のてっぺんから足のつま先まで全身真っ白な姿が、暗闇の中で光っているようだった。

「真っ白な姉ちゃん、こんな所で何をしてるんだ。迷子なのか?」

 コテツが声を掛けると、相手は驚いた顔で見下ろした。

「わらわのことか?猫よ。」

「そうだ。」

「おもしろい奴じゃの。迷子ではないぞ、ここがわらわの住まいじゃ。」

「えっ?オイラが今までいた所か?」

「いや、わらわの社はこれじゃ。そなたらがおったのは、この幼子の社じゃ。」

 そう言って体を脇に寄せると、白い袖をつかんだ小さな女の子が半分だけ見え、もう半分は白い女の後ろに隠れていた。

「えっ?こんな小さな子が大きい方で、姉ちゃんのはこの小さい方なのか?」

 驚くコテツに白い女はクスッと笑い、小さな女の子は口をへの字に曲げた。

 白い女はコテツに自分は土地神なのだと言い、ずっと昔からこの地にいて、かつてはもっと大きな社に住んでいたのだと話した。そして、小さな女の子を自分の前に立たせると、今はまだ幼いが稲荷神社の主なのだと言った。

「ちゃんと自分で名のるのじゃ。」土地神はそう言って女の子の背中を押すと、

「イ、イナリジンジャの、カエデハ・・・」

「オイラはコテツ。よろしくな。」

 コテツが笑うと、カエデハも微笑んだ。それを見た土地神は口角を少し上げた。

「コテツとやら、カエデハをそなたの家に遊びに行かせてやりたいが。どうじゃ?」

「オイラはいいけど・・・」

 コテツがそう言ったので、土地神はカエデハを見た。

「そなたはどうじゃ。カエデハ、行きたいか?」

「行きたい!カエデハ、行きたい。」

 初対面のコテツに興味を示し、めずらしくはっきりとそう答えたカエデハに、土地神は微笑むと、

「そうか。では、そうしようではないか。」


 正月三日が過ぎたその日、カエデハは宮司に手を引かれコテツの家を訪れた。

 この日を迎えるまでには少しばかりの問題もあった。お使い狐たちは土地神から話を聞かされて、まず反対した。しかし、カエデハの世話係を務める者からは賛成の声が上がった。

 カエデハは人見知りでおとなしく見えるが、よく知っている者や世話係の前ではわがままになった。気に入らなかったり、思い通りにならなかったりすると、かんしゃくを起こす事があった。

 手を焼いた世話係は神社に来ていた猫たちに、

「もしお手すきならば、姫様のお相手をしていただけませんか。」と頼んだ。

 初めは手もなく引き受けてくれるのだが、二度目となると、何かと理由をつけて断られるようになった。

 仕方なく世話係は手を替え品を替え、カエデハの機嫌を取ろうとしたが、何をしても上手くいかなかった。

 しかし、カエデハがこうなったのには理由があった。それは龍之介が死んで以来、カエデハを外に連れ出してくれる者がいなくなったからである。月に二、三度の事だったが、カエデハにとっては楽しみにしていた事だった。

 龍之介が一緒だから安心して任せられたが、それを引き継ぐ者がいなかった。初めのうちは、カエデハも仕方がないと思っていたが、日が経つにつれ、それではおさまらなくなった。

 最近では、そんなカエデハにうんざりして、仕事の手を抜くお使い狐も現われ、問題になっていたのだった。

 反対意見は多数あったものの、最終的には土地神の意見に従う形となった。

 当日、宮司が用意してくれたワンピースに手を通したカエデハは、うれしそうな笑顔を浮かべた。そんな顔を見たのは久し振りだと、その場にいた誰もが思った。

 お使い狐たちに見送られ、カエデハは宮司と共に出かけていった。


 コテツの家の老夫婦には宮司から前もって連絡があり、龍之介の代わりをコテツが務めるのかとちょっとした騒ぎになった。

 毎年、コテツのばあちゃんは手を掛けておせちを作っていたが、「姫様にお正月の残りでは・・・」と言って、何か手の込んだものをと考えた。しかし、小さな女の子なのだからと、子どもが喜びそうなものを作る事にした。

 一方、じいちゃんはというと、部屋の中を歩き回ったり、あちこち物を動かしたりしていた。二人には子どもも孫もいなかったので、家に小さな子どもが遊びに来るのは、初めての経験だったのである。

 それはコテツも同じで、ずっとじいちゃんの後ろをついて、うれしそうにしていた。そんな様子を見て、ばあちゃんもうれしそうにしていた。

 そんな中、やって来たカエデハは少し緊張していたが、コテツが家の中を案内すると言うとついて行った。そして、戻って来るとそれが和らいでいた。

 カエデハはコテツや老夫婦と楽しく過ごし、出された昼食には目を輝かせ、口の周りにケチャップのシミを作って食べた。そして遊び疲れると、コテツと寄り添うように横になり、かわいい寝顔を見せた。

 夕方、宮司が迎えに来ると、悲しそうな表情を浮かべたカエデハに、コテツは自分と同じサバトラ猫のぬいぐるみを渡した。それは、去年のクリスマスに老夫婦からプレゼントされた物だった。

「これ、あげる。オイラと同じ猫だろ?」

 振り返ったコテツに、老夫婦は優しい笑顔を浮かべてうなづいた。それを手にしたカエデハはぎゅっと抱きしめると、

「どうもありがとう、コテツ。」

 そう言ったカエデハの顔がパッと明るくなった。

 そして、宮司が手を取るとカエデハは手を振り、老夫婦も手を振った。コテツも前足を上げて動かしたが、おいでおいでをしているようだった。

 玄関の戸が閉まり、カエデハの姿が見えなくなると、残されたコテツは楽しかったと思いながら、何だかさみしい気もした。

「また、来てくれるかな・・・」


 同じ頃、稲荷神社のあるところでは、土地神とお使い狐をまとめるお使い頭が向かい合って座っていた。

 全身真っ白な姿の土地神に対して、お使い頭のクスノキは黒髪に黒装束だった。神の使いとして人前などに現われる時は、キツネの姿でいることが多かったが、今は人の姿をしていた。

「失礼します。」

 お使い狐がお茶を運んで来た。最近、召し上げられたばかりの新入りで、まだ人の姿に慣れていないようだった。ややぎこちない動作で二人の前に茶碗を置くと、頭を下げて出ていった。

「それにしても、先程までのそなたの姿といったら・・・」

 土地神はついさっきの事を思い出して笑い、

「あれほどの手下を従えておった奴が、カエデハにはかなわぬようじゃの。」

「いつの話ですか・・・」クスノキは眉をひそめた。

 カエデハが出かけていってから、クスノキは心配で仕事が手に付かず、周りからその事を指摘され何度も謝っていたのである。それを見かねた土地神が、クスノキを連れ出したのであった。

「そなたの心配もわからんでもないが。わらわの事を信じよ。あのコテツとやらは、きっと龍之介の代わりを務めてくれるはずじゃ。」

「むろん、土地神様の事は信じておりますよ。」

「それにの。このままではあのお使い狐たちに、そなたが手を下す事にもなりかねんからの。そうなったら、手が後ろに回るだけでは済まんのではないか?」

「ですから、それはもうずっと昔の話だと申しましたよ。」

「そうであったの。」

 二人は口元を緩め合うと、目の前に置かれた茶碗に手を伸ばした。

「それにの、カエデハの手が離れるまでには、もう少し時が必要じゃ。」

「はい。」

「それまでには、そなたらの手が届かぬ事とてあるはずじゃ。龍之介とそうであったように、あのコテツとやらと手を組んでみるのもよいであろう。」

「そうですね。龍之介の導きかもしれません。」

「うむ、そうであろう。猫の手も借りたいじゃ、の。」

 二人は顔を見合わせた。二人の笑い声が部屋の中に広がった。

 

 

 



 

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