別れたヤンデレ彼女に朝まで逃がされなかった話

ゆっきぃだよ

別れたヤンデレ彼女に朝まで逃がされなかった話

インターホンが鳴った。

「……?」

こんな時間に誰だろうと思いながらも、玄関まではーいとスマホの画面を見ながら向かう。

「どちら様でしょうか?」

大きくはっきりと言う。

少しの沈黙。

返事は無かった。

「………」

そっと覗き穴を覗く。が、穴を何かが塞いでいるのか、視界は真っ黒だった。

(見えないな………)

「どちら様ですか……?」

もう一回恐る恐る言う。

やはり返事は、無かった。


コンコンコンッ


金属扉を手骨で叩くような空虚な音が鳴る。

ぞくりと背筋を冷や汗が伝った。

(マジで誰だ……?)

もう十二時半だぞ。

スマホを靴箱の上に置き、扉のチェーンをかけ、鍵のつまみをゆっくりと回す。

カチャリと音が鳴った。

少しだけ扉を外へ押し出し、少しの隙間から外を覗き見る。

ぬっと黒目と目が合った。

「うわぁ!」

思わず悲鳴をあげる。反射的に扉を閉めてしまった。

「ああっ!ちょっと待ってよ!」

外からそんな柔らかい声がした。

「あ………?」

この声、どこかで………?

「あっ………もしかして……」

再び扉を少しだけ開けて言う。

「成美……?」

「そうだよ」

再び黒い目が覗く。

「なんだよ、成美かよ………」

俺はすっかり警戒心を解き、チェーンを外して扉を全開にした。

成美とは半年前に別れたきり、一度も会ってない。

そんな成美が夜遅くに訪ねてきた事実に少し驚きながらも、質問する。

「こんな時間にどうしたんだ?」

俺がそう聞くと、成美は一拍だけ間を置いて、にこりと笑った。

昔と同じ笑顔。なのに、どこか噛み合っていない。

「会いたくなっただけだよ」

そう言って、彼女は一歩、俺の方へ近づく。

(……!?)

反射的に後ずさると、背中が玄関の壁に当たった。

「急に来るなよ。連絡くらいは――」

「したよ?」

成美は首を傾げる。

そんな馬鹿な。

(通知来てなかった気が――)

「……スマホ、見てないでしょ?」

「見てたけど……」

(………あれ)

玄関に置いたはずのスマホが、いつの間にか消えていた。

「俺のスマホ――」

「ああ、そこに置いてあったやつ?」

意味深に彼女は笑った。

「………取った?」

「こんな時間に他の人から連絡来たら、邪魔でしょ?」

成美はそう言いながら、鍵を――内側からかけた。

カチャリ、という音が、やけに大きく響く。

「……ちょっと待てよ――」

「大丈夫だよ」

彼女は俺の胸元にそっと手を置く。

押すでもなく、掴むでもない。

ただ、そこに手があるだけ。

「私、ちゃんと我慢してたんだよ?」

(近い)

彼女の吐息が、首筋にかかる。

「別れてから、半年。

 連絡しないで。

 会いにも来ないで。

 ……偉いでしょ?」

笑顔のまま、成美の指が胸あたりをなぞった。

そのまま上目遣いで見つめられる。心做しか、頬は紅潮しているようだった。

「成美、やめろって……」

「やめないよ」

即答。

声は柔らかいのに、否定の余地がない。

「だって、ここ私の家じゃないし。

 今、あなたと私しかいない」

背後は壁。

横は靴箱。

前には成美。

逃げ場はない。

「ねぇ……」

成美が囁く。

「もう一回、私のものになろ?」

「……離れろよ」

そう言ったはずなのに、声が口から出た時には弱々しかった。

成美はその違和感に気づいたのか、嬉しそうに目を細める。

「今の、“やめて”じゃなかったね」

絡めてくる腕に力はこもっていない。

なのに、ほどこうとすると、なぜか体が動かない。

「大学生にもなってさ。

 ちゃんと考えてるんでしょ?

 夜中に元カノを家に入れた意味」

はっ、と息を呑む。

「違う、そういうつもりじゃ――」

「でも入れた」

即座に切り捨てられる。

「鍵、外した。

 チェーンも外した。

 ……私の顔を見て」

顎に指がかかり、顔が上を向く。

視線が合う。

逃げようとすると、さらに距離を詰められる。

「ほら。昔みたい」

甘い囁きが耳を通り抜けた。

「ん………」

成美の額が、俺の肩に触れる。

体温がじわり伝わってくる。

「ねぇ、覚えてる?」

低く囁く。

「別れる時、あなた言ったよね。

 “嫌いになったわけじゃない”って」

出かかった言葉が詰まる。

確かに、言った。

「それってさ」

成美が小さく笑う。

「私を諦めてないってことだよ」

(違う)

違うと言いたいのに、

言葉にしようとすると、彼女の指が背中をなぞる。

「ほら、ほら。

 今も拒絶してない」

(違う……)

「大丈夫だよ」

成美はそう言って、さらに抱き寄せる。

「無理やりじゃない。

 あなたが、選ばなかっただけ」

逃げなかった。

叫ばなかった。

押し返さなかった。

その一つ一つが、

静かに、選択として積み上げられていく。

「今さら、怖がらなくていい」

成美の声は、もう優しいだけだった。

「ね。

 ほら……落ち着いてきたでしょ?」

その漆黒の目が俺を覗いていた。



気づいたとき、俺はソファに座らされていた。

(………いつ座った?)

立っていたはずなのに、気づけば背もたれに体を預けている。

「寒いでしょ」

成美がそばにあったブランケットをかけてくる。

「無理しなくていいよ。今日は、ゆっくりしよ」

(今日は……?)

その言葉の意味が分からず固まる。

ばっ、と時計を見る。

一時を少し回ったとこだった。

「もう終電無いし」

まるで最初から分かっていたみたいな口調だった。

「コーヒー淹れてあげる」

そう言ってキッチンに向かう背中を、目で追う。

逃げるなら今のうちだ。

玄関もすぐそこ。逃げ切れるはず。

だがなぜか、足は動くことを拒否した。



戻ってきた成美は、コップを俺の手に握らせた。

熱とともに柔らかな感触が伝わる。

(最悪だ)

一瞬、離れるタイミングはあったはずなのに、

その“一瞬”を、逃した。

「昔もさ」

成美は床に座り、俺を見上げる。

「こうやって夜更かししてたよね」

笑っていた。

目だけは、笑っていなかった。

「今日は安心して。

 私、帰らないから」

冗談だと思うべき言葉なのに、

胸の奥が、ひやりと冷える。

「……冗談だよね?」

「ううん」

即答する。

「だって帰る理由、無いもん」

反射的に玄関の方を見る。

成美のバッグが、扉の前に置かれている。

まるでそこを塞ぐみたいに。

「………鍵は?」

聞いてから、聞かなければよかったと後悔する。

「気になる?」

成美は首を傾げる。

「大丈夫。

 あなたが出ていかないように、してるだけ」

その一言で、背筋が凍る。

「それ飲んだら、寝よっか」

じっとそのまま見つめられる。

「寝る前に温かいものを飲むと、よく眠れるんだって」

にこりと笑う。

嫌な予感がした。

思わずコップの中を覗き見る。

見たところ、へんな感じはしない。見た感じは。

だが、この飲み物は危険だと直感が告げる。

「………何か入れた?」

「何も入れてないよ」

また即答。

「あ、砂糖は少し入れたよ」

思い出したかのように言う。

「なんでそんなこと聞くの?」

笑顔のままそう聞き返される。

でも相変わらず

目は笑っていなかった。

なぜか見つめられるのが、怖い。

「いや………別に………」


「なら早く飲んでよ」


ぞわっと鳥肌が逆立つ。

先ほどまでの笑顔は消え失せ、無表情に少しの怒りが染みていた。

声のトーンが一気に下がり、冷たくなる。

怖い。

「…………早く飲んで寝よ?」

再び成美は笑顔に戻った。

コップの放つ熱がじんわりと手に広がる。

飲んだらまずい。

「………なぁ成美、やっぱこういうのは良くない――」

そこまで言いかけたところでずい、と成美の顔が一気に近づいた。

深淵を宿した瞳と目が合う。

あまりの距離感に思わず息が詰まりそうになる。

飲んで。

言葉にはしなかったはずなのに、そう言った気がした。

「………飲むよ」

なぜかは分からないが、半ば無意識的にそう言ってしまった。

そのままカップに口をつけて一気に喉に流し込む。

生暖かい苦みと甘みが混じり合う。コーヒー牛乳だった。

彼女は一連の動作をじっと見つめていたが、やがて飲み終えたことを確認すると、またにこりと笑った。

「片付けてあげる」

そう言って俺の手からカップを取り上げる。

「じゃあ、寝よっか」

そう言って寝室の方へと手を引かれる。

力は強くない。

振りほどける。

(振りほどけない)

「ソファでもいいよ」

選択肢を与えられる。

でも結局、どれも一緒だ。

「………俺がソファでいいよ。成美はベッド使っていいから」

ダメ元でそう提案する。

「だめ。二人で寝るの」

ぐいぐいと成美は手を引っ張る。表情は少しだけ艶っぽかった。

それを見た直後、奇妙な高揚感が体を走った。脈は早くなり、だんだんと体が火照り始める。

「ほら、行こ?」

ゆっくりと体がソファから離れる。



えい、と成美に押され、体が柔らかなマットに着地する。反動で体が数回跳ねた。

いつもより心地よいマットの感触に、すぐに意識を失いそうになる。

パチッと部屋の電気が消され、窓から差し込む僅かな月光が成美の外郭を照らしていた。

ゆっくりと四つん這いでベッドへ上がると、そのまま俺の上に馬乗りになるようにして乗っかった。彼女の柔らかな体重が腰にかかる。

そこまで重くないはずなのに、体は張り付けになったように動かない。

今すぐ彼女を押し退けるべきだと頭では分かっている。

だがすでに、体の主導権は彼女に握られているようだった。

「………可愛い」

目を光らせながら、口が三日月になる。

ゆっくりと2手を伸ばし、俺の腕を上から押さえつけられた。指が甘く絡み合う。

やさしいが、縛られる。

鼓動が速くなる。

重さでマットがさらに沈んだ。

彼女が倒した上体が眼前に迫る。柔らかな胸の感触。

「聞こえる?………私の心臓の音」

耳元で熱い吐息とともに吐き出す。

頭がぼうっとして、だんだんと視界が霞んでいく。

彼女は満足そうに笑った。そのまま首筋に唇をあてる。

「あ………っ」

軽く何回も吸われる。吸われた皮膚はピリピリと電気が走ったかのように刺激される。

「そんな声出ちゃうんだ………やっぱり、可愛い」

彼女の拍動が速くなるのが分かった。

やさしくシャツの下に手を通し、胸辺りまで指を伸ばす。

「ここらへん、だったよね……?」

かりかりと爪で皮膚を引っ掻く。刺激されるたびに、腰が軽く浮きそうになる。

「やっぱりここがいいんだぁ………」

わざと彼女は一点を重点的に撫でる。

ぞわぞわとした感覚がつま先から頭へと抜けていく。

成美は俺の反応を楽しみながら、さらに体重をかけてくる。

腰を前後に揺らし、熱を擦り付けるように、腰の上を動く。

「もういいよね」

ゆっくりと顔を重ねる。

彼女の舌が自分の口の中を味わうように暴れまわる。

浅くから深くまで丁寧に。

不思議と不快感は無かった。

温かい。

朦朧とする意識の中で、そう思った。

ずっとこうしていたい。

舌が絡み合い、彼女の潤んだ瞳と目が合う。

笑っていた。

(………なんで成美がここにいるんだっけ)

いや、どうでもいいか。

心地よい感触に身を任せる。

唇が離れた。

「………おやすみ」

そこで意識は途切れた。




腹の上で何かがしきりに動く。

生暖かい液体に腰あたりが包まれているような、そんな感覚。

体はおろか、指一本動かせない。

目の前は真っ暗で何も見えない。

だが何かが俺の上で上下に動いているのだけは分かった。

一瞬軽くなったと思ったら、またすぐに沈み込む。テンポは一定じゃなかった。

沈み込むたびに、誰かの吐息が聞こえる。

自由は奪われ、自分はただ感じることしかできない。

沈む。

浮く。

また沈む。

そして浮く。

浮くたびに、俺の内側から何かが引き抜かれる。

(熱い)

ねっとりとした雰囲気に気分が悪くなる。

誰かの息遣いが耳元に感じられる。

「大好きっ...」

誰かが言った。

それと同時に、動きが激しくなる。

口元に何かが入り込み、酸素を奪う。

苦しい。

それなのに、体は喜ぶかのように、その動きにリズムを合わせる。

くすりとあざ笑うような声が聞こえた気がした。

生暖かい液体はさらに溢れる。

自分の体なのに

自分の体じゃないかのようだった。

朦朧とした意識の中で、じわじわと何かが蝕まれ続ける。

(気持ち悪い)

早く終わってくれと願うが、そんなのは叶わない。

動きが頂点に達した。

すべてが止まったかと思うと同時に、自分の中から外へと何かが流れ込んだ。外の存在がそれを受け止める。

何かが満たされた。

腰の上の存在はだんだんと軽くなり、やがて存在が消える。

解放されたというのはすぐ分かった。

あれは何だったのか考える間もなく、また深い世界へと俺は落ちていった。

かすかに、誰かが何かを言った気がした。




気づけば、朝光に照らされた天井の一角を見つめていた。

「うぁ.........!?」

思わず上体を勢いよく起こす。心臓はバクバクと鳴っていた。シーツはびっしょりと濡れていた。

肩で息をしながら、必死に周りを見渡す。

まぎれもなく、部屋には自分一人だった。

「..................」

しばらく呆然としたまま息も忘れる。

(............夢?)

悪夢だったのか?

チュンと外で雀が鳴いた。

布団やシーツをひとしきりめくってみたが、そこには誰もいなかった。

縮こまっていた体は今や、自由を取り戻したかのように感覚が戻っている。

遅れて理解する。

夢だったんだ。

「そうだ.........そうだ、夢だ」

あんな夜中に、成美が訪ねてくるわけがないじゃないか。

「よかった.........」

思わず息を大きく吐き出す。

すぐに立ち上がり、乱れたシャツと直す。自室の扉を開け、洗面台へと向かう。

(あんな変な夢みるなんてな......)

顔を洗い流しながら思う。鏡に目を移し――

「.........え?」

思わず青ざめる。

赤くなった首筋を恐る恐る撫でる。

ひっかき傷とともに、吸い痕が三か所ほどついていた。

「なんでっ......内出血......」

 

カチャンッ


体が固まる。

今の音は、リビングの方からだ。

ひとつの可能性が頭に浮かぶ。

いや、そんなはずはない。

そんなはずは、ない。

確かめれば済むことだ。

リビングに行って、音の出どころを調べればいい。

そしたら、少し食器がズレただけって分かるはず。

簡単なはずだ。

だが、体は動かない。

「っ.........」

誰かいる?

それならすぐに玄関から飛び出して、誰かに助けを求めればいい。

でも、いるはずはないんだ。

いるはずがない。

いてはいけない。

「くっ......!」

こわばる体を無理やり動かす。

リビングへと必死に進む。

やはり微かな物音が聞こえる。


誰かいる。


いや、もしかしたら、泥棒かもしれない。

俺が昨晩覚えてないだけで、友達と飲んだっていう可能性もある。

そうだよ。なにも、彼女とは限らない。

生唾を飲み込み、覚悟を決める。

ゆっくりとリビングを覗き込んだ。ソファにはだれも座っていない。物音は台所からだ。

忍び足でゆっくりと覗き込む。

そんなはずはない。

そんなはずは――


「おはよ。起きてたんだね」


空気が固まる。

そこに立っていたのは、彼女だった。


「朝ごはん作ってあげるから、もうちょっとだけ待ってて」


にこりと笑ってそう言う。

あぁ。

それを見て、俺は理解した。

インターホンに出た時点で、俺は負けていたんだと。



















































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