ケース・クローズド! ~見習い探偵たちの事件簿~

小原頼人

第1話 探偵たちの教室

 ――大丈夫。


 声が聞こえる。力強く、だけど優しい感じで。


 ――あなたはきっと、もう一度立ち上がることができるから。


 そう言って、女の人があたしに背を向ける。


 ダメ。とっさにそう思った。あたしは手を延ばして――


 ***


「待って!」そう叫んで立ち上がった、その瞬間。


 皆の視線があたしに突き刺さった。


 一瞬、シーンと静まりかえった後。


 クラス中が爆笑に包まれた。


「あ……」あたしはようやく、ここがどこなのかを思い出した。ここは私立黄光おうこう学園、一年C組の教室だ。


 しまった……今、授業中だった……。


 あっ、そうか。まずは自己紹介しないとね!


 あたしは日野原ひのはら澄花すみか。次の誕生日で十三歳。好きな食べ物はラーメン、特技はどこでも、どんな体勢でも眠れること、かな?


 まあ、今みたいな状況で寝るのはあんまり、いや、かなり良くないと思うけど……。


「日野原、どうした?」教室の前から、担任の桐生きりゅう暮葉くれは先生が声をかけてきた。


 肩で切りそろえられた黒い髪に、気の強そうな顔立ち。しわ一つないスーツの襟には、黄色い七角形のバッジが付いている。


 年齢は、今年で三十……うん、これ以上はやめておこう。


 ともかく、名指しされたあたしは慌ててピンと背筋を伸ばす。


「は、はい! 何でもありません!」


「そうか。ところでさっきから、何度かコックリコックリしてたように見えるが?」


 う、バレてる……。あたしはとっさに言い訳を探した。


「すみません! 実はですね、えーと……昨日夜遅くまで予習をしてたんです」


「ほう」先生の顔が少し緩んだように見えた。


「それは感心だな」


 良かったぁ……。あたしは内心、ほっと胸をなで下ろす。


「だったら、この問題も解けるな?」


「はいっ、それはもちろ……ええっ!?」先生、今なんて言いました!?


 あたしは信じられない思いで黒板の「問題」を見る。といってもそこに書かれているのは、難しい数式とか英語の文章じゃない。


 □109=○2=2020

 □○いCこ○□○えあ□


 フリーズするあたしの横で、桐生先生が説明した。


「これはある大学教授が自宅の金庫の四桁の暗証番号を示すのに使っていた暗号だ。その教授が暗号の答えを教える前に亡くなってしまったため、遺族の依頼で私が駆けつけた」


 そう、今やっている授業は暗号。桐生先生は暗号学の先生なんだ。


 ……え、暗号学なんて聞いたことがないって? そうだよね。何であたしたちが暗号を勉強しているのかっていうと、話せば長くなるんだけど、ちょっと待ってね?


 あたしはじっと黒板の暗号を見つめる。


 えっと、これってどういうこと? □と○に当てはまる、何か文字を考えたらいいの? でも、そこからどう四桁の数字を出すの?


 嫌な汗が背中をツーッと流れていく。もしかするとほんの二、三分しか経っていないのに、何時間も経ったように思える。


「すみません、分かりません……」あたしは消え入りそうな声で言って、席に戻った。桐生先生はため息をついた。


「では、他に分かる者は……」


「1031」


 先生の言葉を途中で遮って、静かな声が答えた。池の中に餌を投げ込まれたときの鯉みたいに、あたしに集まっていた視線がそっちに移動する。


 げっ……声の主を見て、あたしは思わず顔をしかめた。声をあげたのは、教室の右隅に座っているくせっ毛の男子だった。


 雨宮あまみや春来はるく。クラスの出席番号一番。ついでに成績もクラスで、ううん、学年でトップ。


 でも、一番のはそこだけだ。他の所、特に性格と協調性はあたしが今まで出会ってきた中で、一番悪い!


 今だってそうだ。あたしに負けず劣らず眠そうな目は、さっき自分で声を出したくせに、何事もなかったみたいに前をじっと見ている。


 桐生先生もそれは同じだったらしい。一瞬ポカンとした顔になって、呆れたように言った。


「雨宮。答えるのは結構だが、もう少し丁寧に説明してくれるか」


 春来は面倒そうに立ち上がると、黒板の方に歩いていった。


「ポイントはこの□と○です。2020に当てはまるものを考えればいい」


 そこまではあたしも分かる。問題は、それをどうすればいいのかってことなんだけど……。


「○の方から考えれば簡単です。20202です」


「あっ……」


 クラスのあちこちから同じ声が上がる。


「○が令和を表しているとすれば、□もすぐに分かります。大正です。年号を一文字で表す場合、一般的なのはアルファベットです。□にT、○にRを当てはめて、二行目を全てアルファベットに直すと……」


 春来は黒板にスラスラと字を書いていった。


 TRICKORTREAT


「トリック・オア・トリート……」


「連想されるのはハロウィン、つまり10月31日。これが答えです」


 必要なことは全て言った、と言わんばかり春来は席に戻っていく。その背中に先生が声をかけた。


「正解だ。さすが、我が黄光学園始まって以来の秀才と言われるだけはあるな」


 ……そう。この黄光学園の正式な名前は黄光探偵養成学校。その名前の通り、将来の名探偵を育てる学校なんだ。そして、あたしたちは皆、探偵見習いってわけ!


 なんだけど……。


「いえ、別に」自分の席に戻りながら、春来はクラス中を見回す。


「ただ……」その目が、一瞬あたしの所で止まった。


「これぐらい解けて当然ですから。……の生徒としては」


 馬鹿にしたような目と言い方。すぐに目を逸らして、春来は何事もなかったように席に戻った。


 つられてあたしの方を見た何人かが一瞬吹き出しかけて、慌てて目をそらす。


 あたしはそれに対して、ワナワナと震えていた。


 ム、ムカつく~っ!

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