1年3ヶ月共に過ごしたクラスメイトが、とんでもなくヤバい女だということが私の中で判明したので誰か助けてください

「は!?お兄ちゃん、どういうこと!?」


彗は、両親と祖父母を殺して家に火を付けた叔母達から神器を取り返して復讐する事だけを考えてここまで生きてきた。


そして同じ目に遭い、あの地獄のような状況からここまで共に生きてきた兄は、絶対に自分の意見に賛同してくれると考えていた。


それなのに兄の口から出た言葉は拒絶。彗は信じられなかった。


「あいつらのこと、許すってこと!?」


「いや、そうは言っていない」


「でも、何もしないって事はそれは……」


「だから落ち着いて聞けよ。彗」


宵は、大きな声を上げる彗を少し落ち着かせてから話し始めた。


「俺達が神器を取り返すとして……あいつらは今、どこにいるんだ?」


「それは……」


この10年間、彼らは三人の叔母達を新聞やテレビ、インターネットで探し続けた。


しかし叔母達は表立って神器を使って悪さをしているわけではないらしく、また結婚でもしたのか、それとも二人のように偽名を名乗っているのか、「月詠」という苗字を名乗っている者もいなかった。


春華、夏波、冬子という名前で検索しても同名の他人が出てくるだけで三人のことは全く出てこない。


また10年前のクリスマスイブの事件は火事で6人が逃げ遅れて死亡、となっており祖父母と両親、自分達が火事で死んだことになっている。


先に殺人があったことや、子供の死体が出てこないことを消防や警察が気が付かなかった訳がない。それに関しては春華が「三日月ノ玉」で人を操り手を回したのだろうと宵は考えていた。


「あいつらが今どこで何をしているのか、俺たちは何も知らない。神器を奪い返すどころか、会うこともできないんだ」


「だ、だから今から二人で協力して……」


「そして仮に、会えたとしよう」


宵は一度彗を制し、話を続けた。


「どうやって奪うんだ?」


「え?それは、なんとかして倒して奪うというか、こっそり盗むというか……」


「神器を使う魔女を相手にか?」


「…そ、それは………」


当時の彗は幼かったが、神器の力はよく覚えている。

千夜や秋奈が医院で使っていた、患者を癒す為の優しい魔法。

春華と夏波が10年前のクリスマスイブに使っていた、人を殺す為の恐ろしい魔法。

そしてその夜に秋奈が満月鏡で使ってくれた、自分達を守る為の最期の魔法。


「彗、ちゃんと答えろ。神器を使う魔女から、何も持ってない俺達が神器を奪えるのか?」


「無理……だと、思う……」


彗は素直に答えた。

幼い日々の記憶と10年前のあの夜の事を思い出すと、神器で魔法を使う魔女に自分達が何かしらの武器を持ったところで敵うとは思えない。


「そうだ。それで、神器を奪おうとして失敗したら……俺達はどうなる?」


彗は10年前のあの夜に、母と兄と自分がいた寝室に乗り込んできた春華達の恐ろしい顔を思い出した。


「……殺される、と思う……」


「そう。神器を狙ったら、あいつらは俺達が月詠家の生き残りの子供だと気づくだろう」


3人の叔母が神器のことを他人に教えていないのであれば、月詠家の神器の価値を知っている人間はこの世に5人。

春華、夏波、冬子、そして宵と彗のみ。


神器を奪いにいって失敗すれば、彼女達は「なぜ神器を奪いにきたのか?」と考え、その思考はいずれ「宵と彗はまだ生きている」という答えに辿り着いてしまうだろう。


「そして、俺達を絶対に生かしてはおかない。いずれ殺されるか……少なくとも、死ぬまで奴等に怯えて暮らすことになる」


宵の言う通り、自分達が今生きているのは3人が宵と彗を「殺した」と思い込んでいるから。


しかし一度神器を狙われたら、その思い込みが覆り甥と姪を探し始めるかもしれない。


「そうなったら……もう今の安全な生活は、終わるんだぞ」


「………」


彗は目を伏せ、鼻から大きく息を吸い込み始めた。


スゥー……と彗が息を吸う音はいつまでも続き、20秒近くそれが続いたところで宵は妹の桁違いの肺活量に少し引いた。


「お兄ちゃんのぉおおぉぉぉおおおっっっっ!!!!バカァアアアアアアアッッッッッ!!!!!」


鼓膜を突き破り脳を直接ハンマーで叩くような彗の大声の衝撃で、宵は後ろにひっくり返り、壁に後頭部をぶつけた。


彗は続ける。


「どこにいるかわからないとか、私達の安全な生活とか、やらない理由ばっかり並べてさぁ!!そんなのどうでもいいんだよっっっ!!!」


彗は倒れている宵の胸ぐらを掴み、前後に揺さぶった。


「お母さんが、お父さんが、おばあちゃんが、おじいちゃんが殺されたんだよ!?みんなを癒すための月詠家の魔法が、奪われたんだよ!?私達がなんとかしないで、誰がやってくれるの!?」


彗の目には、大粒の涙が溢れていた。


「お兄ちゃんは……悔しくないの!?私達の時間は、10年前のあの日からずっと止まってるんだよ!?」


「悔しいに……決まっているだろうがっ!!!」


宵は立ち上がり、「でも……」と言って両手で彗の肩を掴んだ。


「死んじまったら何の意味もない!!母さんは、命をかけて俺達を守ってくれたんだろうが!それなのに、俺達が命を粗末にしていいわけないだろ!!」


「──ッッッ!!!お兄ちゃんのバカァ!!もう知らないっ!!!」


彗はカバンを掴んで靴を履き、アパートから飛び出して行った。


「…………彗……」


宵は一人になった部屋の中で息を切らしながら、小さく呟いた。



─────────────────



(これから、どうしよう……)


当てもなくアパートを飛び出した彗は、近所を流れている大きな川にかかっている橋の上で、川面に映る夕焼けを見ていた。


少し冷静になって、宵の言っていることが頭に入ってきた。


成功する確率は低い。それどころか、何を始めたらいいかすらもわからない状況。

下手に動いたら危ないだけ。


だが、何もしなければただあの部屋で二人で平和に暮らしていく事はできる。


改めて考えると至極真っ当な意見であると思ったが、簡単に受け入れる事はできなかった。


同じ悲劇を体験して、同じように10年が経過した。

しかし兄妹の考え方は正反対になってしまったのだ。


過去に囚われている妹。

未来を考え始めている兄。


自分が愚かなのだろうか。

兄を「馬鹿」と罵って出てきたが、愚かなのは自分だという気分になってきた。


「あれ、スイじゃん。何してるのこんなところで」


「あ……玲香……」


彗が顔を上げると、友人の東条玲香が立っていた。


「部活、終わったよ。田中先生が『中村はインハイ近いんだしあんまりサボるなよ!』って怒ってた」


「……うん」


彗は先日、高校剣道の地方大会の個人戦を勝ち抜いており来月のインターハイの出場が決まっている。


だが、今の彗にとってそれはとても小さなことに思えていた。


「なに?なんか悩んでるの?」


「え……そう見える?」


「そりゃ、橋の手すりに手をついて川を眺めてる人を見たら『悩んでるのかな?』って思うよ」


「……確かに」


彗は、いつのまにか自分があまりにもテンプレートな悩み方をしていた事に気がつき少し恥ずかしくなった。


「玲香、相談していい?」


「当たり前。どんとこい」


友人は自分の胸をどんと叩き、彗の隣に立ち同じように橋の手すりに手をついた。


「えっと……」


とは言ったものの何から説明しようか、と彗は悩んだ。

10年前に兄以外の家族を皆殺しにされたことも、施設育ちということも誰にも話していない。


こういったことを話すと周りから浮いてしまうのではないかと思い、なるべく隠してきたのだ。


(とりあえず、同居することになった人と意見が合わなくて飛び出してきた……って感じで話そう)


彗は頭の中で話を整理し、口を開いた。


「あのね、今日から私……アパートで二人で暮らす事になったの」


「え?誰と?」


玲香からすれば当然の疑問。

だが彗は「兄と」と答えてしまうと「親は?」と返されるのではないかと思い、少し考えた。


「…….男と」


「えっ」


玲香は彗の顔を見た後、少し考えてから口を開いた。


「どういう関係の人なの?年齢は?」


「……大切な人。歳は私の3つ上かな」


(えっ、スイちゃん……大学生か社会人の彼氏と同棲してるってこと?)


彗が情報を伏せた事により、玲香の中で妙な方向に想像は進んだ。玲香は「それで、どうしたの?」と彗に尋ねた。


「私、その人とずっと一緒にやりたいことがあって……今日お願いしたの。早くやろうよって」


彗は、先ほど宵に「神器を取り返すための作戦会議をしよう」と提案したことを思い出しながら話していたが、玲香の想像はまるで違う方に転んだ。


「あ、あの、やりたいことって……その、周りには、あんまり言えない『アレ』のこと……?」


「うん。絶対言えないこと」


彗は「アレ」が何を指すかは理解していないが、まさか自分が魔女の末裔で叔母達から神器を取り返したいという話は絶対に言えないと考え、そう答えた。


「あー、『アレ』ね?うん、あれかぁ……」


玲香は顔を赤くして俯いてしまった。

彼女はそういう話題に強い興味があったが、まだ経験はなく、かつ直接話せる友人もいなかった。


「そ、それで、相手の男の人は……?」


「そんなこと考えるべきじゃないって。リスクが高すぎるみたいなこと言ってた」


(まともだっ!!スイの彼氏、すごいまともな人だ!いやでもっ……!)


「今は平和に二人で暮らせるんだからそれでいい、とも言ってた」


(え?スイの彼氏、めっちゃ優しい人じゃん……どういうこと?)


だが女子高生と同棲を始める時点でおかしい人間ではないか?とも玲香は思った。


「それでスイはどうしたの?」


「怒鳴って出てきちゃった……」


「そう……」


玲香は何から話せばいいか分からなかった。

スイは自分よりずっと大人で、女として先に進んでいる。

それなのに、未経験の自分が相談に乗っていいのだろうか。


「私……ずっと待ってたのに。あの人と一緒に暮らして、あれをやる事だけを目標に生きてきたのに……なんでわかってくれないのかな……?私がいくら迫ってもダメだったの……」


「え、あ、ちょ……ううーん……どうだろう……それはスイちゃんが積極的すぎるんじゃあ……」


玲香は顔が赤くなり、耳から湯気が出そうだった。


玲香の言葉を聞いた彗は「何言ってるの!」と怒った。


「私が何年、このときを待っていたと思ってるの!?私はずっと、あの人と……早くやりたくて、待ってたのに……!!」


「あ、ああー……?な、なるほど、なるほどねぇ……?」


まさかスイがこんな人間だったとは。1年間クラスメイトとして、部活の仲間として接していたが知らなかった。

だが大切な友人であることには変わりがない。ここは一つ、しっかりと思いを伝えるべきだろう。


「スイちゃん、ダメだよ!」


「へ?」


「絶対に、ダメ!その人が言うことが正しいよ!そもそも違法でしょ?その人も捕まっちゃうんだよ?」


論理的な思考が得意ではない彗は、話がズレている事に気がついていなかった。

自分が宵とやりたい事は、叔母から神器を奪い返す事で、それは一応法律的には窃盗や強盗にあたると理解はしていたので、玲香の「違法」という言葉にも引っ掛からなかった。


「その話、スイが強引すぎるよ。相手の人の言うことが絶対に正しい。危険を冒してまでやることじゃないよ」


「……でも!私はこれが夢だったの!絶対に一緒にやるって、そう思いながら子供の頃から生きてきたの!」


(そ、そんなに!?アレって子供の頃から夢見ていいことなの!?)


玲香は彗の勢いに負けそうだったが、友人が誤った方向に行くのは嫌だ。そう思い、必死に頭の中で言葉を紡いだ。


「それを止めるのは、その人が優しいからでしょ!」


「え?」


彗はよく分からなかった。

宵が優しいとは思っていなかった。リスクを冒したくない、平和に暮らしたい、ただ怖がっている男なのだと思った。


「だって、本当はその人だってやりたいに決まってるよ!でも、スイの身に何かがあったら危ないから止めてくれてるんじゃん!」


玲香は常日頃からそういった情報を本やネットで調べているので、実際はどうかはともかく、男は女に手を出したいと常日頃から考えているに決まっていると思い込んでいた。


「あ…………」


彗は思い出した。宵は、自分も悔しいとハッキリと言っていた。

妹以外の家族を殺され、叔母達の顔を思い出さなかった日はなかっただろう。殺したいほどに憎んでいるに違いない。その思いは彗と同じ。

だが宵は妹の身を案じ、その悔しさを押し殺して止めていたのだ。


(それなのに私は……)


自分だけ身勝手に感情を爆発させ、大声を出して飛び出してきたのだ。


彗は兄に対してとんでもないことをしてしまったと思い直し、玲香に「ありがとう。私、帰るよ!」と礼を言い、手を振りながら走り始めた。


「私、もう一回お兄ちゃんと話してみる!」


その言葉を聞いた瞬間に玲香は青ざめた。


「え!?『お兄ちゃん』!?」


「玲香、本当にありがとう!私が間違ってた!じゃあね!」


玲香がこちらに向かって叫ぶように何かを言っていたような気がしたが、走り出した彗にはもう聞こえなかった。


玲香はもう一度大きく息を吸い、両手を口に添え、行ってしまった彗の背中に向けて大声で叫んだ。


「スイちゃあーーーん!!!兄妹だけはっ………だめえええええええええええええっっっっっっ!!!!」


玲香の叫びはやはり彗に届く事はなく、虚しく夕焼け空へ響き渡った。

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