彗の決意



「ああああー!ああ…….うああああああああんっ!!!!お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃーんっ!!」


ここはどこか分からない場所。


彗は先ほどまでいた公園では不気味なほど落ち着いていたが、今は悲しみが爆発したのか大声で泣きじゃくっており、宵は背負っている妹の涙で肩を濡らしながら夜道を歩いていた。


家族は殺され、家は燃やされ、二人は全てを失った。


今はただ、母の言いつけ通りなるべく遠くまで逃げているところだった。

万が一あの叔母達に見つかったら、間違いなく殺される。

自分達はもう、あの町で生きていくことはできないのだ。


これから宵と彗の二人はどこか遠くの町で、苗字を変えて生きていく。結果的にそれが秋奈の遺言となってしまった。


宵は一人でどれほど歩いたか分からないが、周囲の街並みや、地名が書いてある看板に見覚えが全くなくなった。

この町でいいか、と宵は半ば投げやりに判断した。


「…….警察署か、交番を探そう……」


10歳と7歳の子供だけでは生きていけない。

とにかく、大人に保護してもらう必要がある。


宵は適当に、明かりが灯っている方に歩き始めた。


(そうだ、違う苗字を考えないと……)


宵がそう思って周囲を何気なく見ると、「村中酒店」と書いてある看板を見つけた。


「村中…ムラナカ……中村でいいや」


宵は自分達の苗字を「中村」といま決めた。

保護されたら確実に名前を尋ねられる。

そのときに言い淀んでしまうと何かと怪しまれる。

宵は「なかむら、なかむら」と呟いて口に馴染ませた。


しかしその行為は自分のこれまでの苗字を心から消しているような気分になり、宵はこれまで我慢していた涙がついに溢れ出そうになった。


宵は、静かになった彗はきっと眠ったのだろうと判断し、彗を起こさないようになるべく静かに泣き始めた。


「ぐすっ……うぐうっ……ぐすっ……」



家族を殺され、家を燃やされた。

そして、母から妹を託された。

これからは一人で妹を守らなければならない。

10歳の少年にその責任はあまりにも重かった。


「ぐっ……」


宵は背中に乗っている妹の脚を強く握り、無理やり涙を止めた。


そして少し深呼吸して呼吸を落ち着けてから再び歩き始め、月詠家に思いを馳せた。


祖母から何度も聞いた話だが、月詠家は平安時代から続いてきたらしい。

初代の魔女が当時の帝から三種の神器を賜り、神器と魔女の血を受け継ぎ続け、28代目の千夜、そして29代目の秋奈まで、連綿と月詠の魔女として歴史を紡ぎ、1000年の血を繋いできた。


「月詠の魔女も、もう、終わりか………」


宵がそう呟いた瞬間、耳元から「違う」と声がした。


「ッ…!彗、起きてたのか?」


彗は兄の質問に答えることはなく、強く目を瞑った状態で兄の肩に自分の顔を擦り付け、乱暴に涙を拭った。


「月詠家は、まだ続いている」


宵は「はぁ?」と声を荒げた。


「お前……わかるだろ!母さんは、あいつらに殺されたんだ!月詠家は、今夜……終わってしまったんだよ!」


宵は苦しそうに言葉を発した。

こんなこと、言いたくない。母は生きていると信じたい。なんでこんな事を言わせるんだよ、と心の中で妹を毒づいた。


「あっ……言っておくが、叔母さん達は絶対に、もう月詠家の魔女なんかじゃないぞ。あいつらは……」


「お兄ちゃん、違うよ。お母さんは殺された。叔母さん達ももちろん月詠家じゃない」


彗は兄の言葉を遮るように言い、続ける。


「でも、月詠の魔女の後継者はまだいる」


ここにきて宵は、妹が言おうとしていることをようやく察した。


「お前……まさか……」


「うん。月詠の魔女は──」


彗は小さく息を吸い、強い覚悟と共に言葉を発した。


「──ここに一人だけ、まだ生きてるよ」


そう言い放った彗は、夜空に浮かぶ満月を真っ直ぐに見据えていた。

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