月詠医院

宵と彗が医院の方へ行くと、両親と祖父母は凄まじいスピードで患者の列を捌いていた。


二人の両親である昴(すばる)と秋奈(あきな)が患者の診察を、祖父母である恒(ひさし)と千夜(ちよ)は事務処理をしていた。


彗は両親の診療を、宵は祖父母の事務を手伝うことになった。


本来は子供が病院の業務にあたることなど以ての外であるが、月詠医院では日常茶飯事。患者も常連ばかりなので、そういった点を指摘する者はいない。


「この頃はまた、腰の調子が悪くてねぇ……」


椅子に座った初老の男性が診察室の中で昴、秋奈に向かって話している。


医師免許を持つ昴が患者の男性の話を直接聞き、看護師として秋奈が隣にいる。

彗は秋奈の横で、母からの指示を待っている。


「大丈夫、治りますよ。少し、触診してみますね。そこのベッドにうつ伏せになっていただけますか?」


昴の声は優しいが、はっきりと通る。

顔も穏やかで、彗は父親の持つ柔和な雰囲気が大好きだった。


患者は安心したような様子で「はい」と答え、ベッドに横になった。


昴がしばらく患者の腰の辺りを触ると、秋奈にアイコンタクトをした。


秋奈は軽く頷いてから膝を曲げてしゃがみ、彗と目線を合わせ、小声で言った。


「彗ちゃん。『刀』持ってきてくれる?」


「うんっ!」


彗は嬉しそうに、しかし大きな声を出しすぎないように気を付けながら返事をした。

母の魔法が見られることが嬉しかったのだ。


秋奈の言う『刀』とは、魔女の一族である月詠家に伝わる神器の一つ。

彗は医院の中を小走りで移動し、診察室の隣の部屋の壁にある隠し扉を開いた。


開いた扉の先は小さな倉庫のようになっており、三つの台座がある。

台座の上にはそれぞれ小さな手鏡、黒い鞘に納められた刀、半透明で拳ほどの大きさの勾玉が置かれていた。


母親の指示通り彗は刀を手に取り、再び診察室に戻った。


「ありがとう」


秋奈は小声で礼を言って彗の頭を撫で、刀を受け取った。

昴はまだ患者の腰を触っている。触診というよりは、軽いマッサージといった触り方だ。


秋奈は患者がうつ伏せで自分の方を見ていないことを確認した後、左手に刀を持ったまま右手を患者の方に向けた。

月詠家の魔女は神器に触れているとき、もしくは自分の近くにある時に、その神器の力を「魔法」として使うことができる。


淡く黄色い、月光のような光が秋奈の右手から患者の腰に向かって伸びていき、その光が数秒当たった後、患者は「おおっ!」と声をあげた。


「すごい、全然痛くねぇ!それどころか、体が全部軽くなったみてえだ!」


「そうですか、それは良かった」


昴がニコリと笑うと、患者は続けた。


「ああ、ありがとう先生!先生は魔法使いみてぇだあ!」


彗はその言葉にクスリと笑った。


(本当に魔法だし、魔女はお母さんなんだけどねっ)


彗は魔女である母親や祖母が使う魔法を見るのが大好きだった。

正確には、治った患者の嬉しそうな顔を見るのが好きだった。

いつか自分もこの医院で魔女として働くのが、彗の夢であった。


月詠家に伝わる三種の神器の一つである刀は「新月刀(シンゲツトウ)」という名前が付いているが、秋奈はただ「刀」と呼んでいる。


新月刀は、魔女が魔力を込めると対象の生物が持っている身体能力を高める働きを持つ。


患者の治癒力を高めてやれば、大抵の外傷や病気を素早く治すことができるので医療にはうってつけの魔法であり、長く月詠医院で使われてきた。


また他の二つの神器は「満月鏡」、「三日月ノ玉」と名前がついているが、秋奈はそれらもただ「鏡」、「勾玉」と呼んでいる。


またそれぞれの神器には、月詠家の家紋である三日月型のマークが刻まれている。


彗は肩をトントンと母親に指で叩かれるのを感じた。母を見上げると、ほとんど声を出さずに口だけで「刀、しまってきて」と言われたので、彗は母が後ろ手に持っている刀を受け取り、隣の部屋に戻しに行った。


彗が戻ると既に次の患者が来ていた。

痩せ細った男がゴホゴホと咳をしている。


「初診なのですが、もうずっと風邪が治らなくて……別の病院でもらった薬も効かず、何をやっても治らないみたいで……」


「そうですか……それはお辛いですね……」


父が患者の話を聞いているのを見て、彗は母に「お母さん」と小声で声をかけ、「私、刀持ってくるよ」と伝えた。


「ううん」


しかし秋奈は小さく首を振り、「勾玉をお願い」と言った。


「?」


彗はどう見ても体調不良の患者を見て、刀で治癒力を高めれば良いのではないかと考えたが、母を疑わずに「三日月ノ玉」を持ってきて母に手渡した。


秋奈は後ろに回した左手で勾玉を握り魔力を込めると、半透明だった勾玉は淡く黄色い光を放ち、強めた。

神器を使うときは魔女が持つ魔力が光となって放たれる。

秋奈の魔力の光は淡い黄色。優しく夜空を照らす月光のようなその光が、彗は大好きだった。


『小林さん、大丈夫です。その風邪は絶対に治りますよ!』


秋奈がそう言うと、小林と呼ばれた痩せ細った患者の目に、突然強い光が灯った。


「そうか、治るんだ……俺、元気になるんだ!」


小林は突然目に光が宿り、人が変わったように元気になった。大きな声を出しているが、先ほどまでのように咳き込む様子はない。


「俺、看護師さんのおかげで元気出ました!ありがとうございます!帰ります!」


小林は自分の荷物を手に持ち、颯爽と診察室を出て行った。


「すごーい!」


彗は母の魔法と、神器の力を見て目を丸くしていた。

「三日月ノ玉」の力は何度か見ているが、何度見ても驚いてしまう。


三日月ノ玉は拳程度の大きさの半透明の勾玉で、それを使っている魔女から発せられる言葉はどんなものでも、全て「真実」として受け入れられる。


人間は他人の言葉を簡単に真実とは受け入れない。仮に先ほどの患者に神器無しで秋奈が同様の言葉をかけても、「いや、治らないです……」や「そんなこと言われても……」と弱気な言葉を返されただろう。


しかし、三日月ノ玉を使っている秋奈の言葉は「真実」として受け入れられるので、患者自身が心から自分が治ると信じた。


患者の病の原因は体でなく心にある場合も多い。

三日月ノ玉は、そういった患者の心を瞬時に治してしまうことができるのだ。


「ふうっ……」


「あれ、お母さんどうしたの……?」


突然、母が頭を押さえて目を瞑りながら俯いたので、彗は心配そうな声を出した。


「ああ、大丈夫だよ彗ちゃん」


秋奈はすぐに体勢を戻し、娘に笑顔を向けた。


「連続で魔法を使ったらちょっと疲れちゃった。でもまだまだ動けるから大丈夫!」


「そうなの……?無理しないでね」


「平気平気。昔、おばあちゃんから修行を受けてたときなんて、お母さん魔力がなくなって吐きながらのたうち回ったこともあるぐらいなんだから。こんなの魔法で疲れたうちに入らないよ♪」


「吐きながらのたうち回る!?」


彗は驚いて母の顔を見つめたが、どうやら秋奈が冗談を言っているわけではなさそうだった。


「ほらほら、まだ患者さんはたくさんいる。どんどん捌いてくよ!」


秋奈は笑い、「次の方どうぞー!」と元気な声を待合室に向けて響かせた。

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