009 ”異分子”の日々

家を出ると、朝の空気がひんやりと肌を撫でた。

昨日までと同じはずの景色が、どこか薄い膜を張ったように見える。

街路樹の葉が揺れる音。

遠くの踏切の警笛。

登校中の学生たちの笑い声。


それらすべてが──

現実なのか疑わしくなる。


(……本当に、夢じゃないんだよな。あれ)


歩きながら周囲を観察する。

道端の猫、

電柱の広告、

信号の点滅。


この世界が滅びかけている気配は……

今のところ、どこにもない。


けれど。


(この世界、まだ滅んでない……よな?)


そんな考えが浮かぶたび、胸の奥がひやりと冷えた。


校舎が見えてきたころ、背後から声が飛んできた。


「……陽介? 大丈夫?」


振り返ると野々花が立っていて、いつもより眉が心配そうに寄っていた。


「え? あぁ……寝不足でさ。ちょっと」


軽く笑ってみせるが、どうにも笑顔が引きつる。

彼女はさらに覗き込むように顔を寄せた。


「寝不足の顔じゃないよ、それ。ほんとに平気?」


真正面から心配されると、余計に誤魔化せない。


「平気だよ。ありがとう」


野々花はまだ疑っているようだったが、

“深くは聞かない”といういつもの優しさで、それ以上は追及しなかった。


そのまま二人で教室の前まで歩く。

席の前で、「じゃあね」と手を振る彼女と別れ陽介は自分の席へと向かった。


座ろうとした瞬間——


「よう。……って、どうしたおまえ。顔ひどくね?」


翔が机に肘をつきながらこちらを見ていた。

普段、他人の変化に鈍いタイプの彼が、わざわざ声をかけてきた。


(そんなにヤバい顔してるのか、俺)

「少し寝つき悪かっただけ。マジで平気」

「……ふーん。まぁ、無理すんなよ?」


それだけ言って、翔は視線を教科書に戻した。

けれどその横顔には、わずかに“まだ心配してる”色が残っていた。

席につき、机に腕を置くと、どっと疲れが押し寄せた。


HRが始まり、担任の声が響き始める。

だが、言葉は遠いざわめきのように聞こえる。

陽介はそっと窓の外へ目を向けた。

薄い雲の隙間から朝日が校庭を照らした。

その普通すぎる光景が、どこか胸を締めつけた。


(せめて今日くらいは、何も起きないでくれ)


祈るように、小さく息を吸う。

陽介はただ、残っていてほしい“日常”を求めるように、

遠い空を静かに見つめ続けた。

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