黒猫

九重 有

第1話 夜はやってくる

黒猫は、なぜここにいるのかを考えたことがなかった。

考えなくても夜はやってきて、身体は動いた。それで十分だった。


昼は落ち着かなかった。

光が強く、音が多く、匂いが重なりすぎていた。世界が過剰だった。

夜になると、それらは削ぎ落とされる。

輪郭だけが残り、判断が楽になる。


同じ猫たちとすれ違うことはあった。

目が合えば、声をかけられることもあった。それでも黒猫は、進路を変えた。拒んでいるわけではない。ただ、その先で何が起きるかを考える必要を感じなかった。


屋根の上を歩き、塀を越え、路地を抜ける。

どこも一時的で、どこも仮の場所だった。


ある夜、黒猫は立ち止まった。

一番暗く、誰もいない場所だった。

その暗さに、月の光が落ちてきた。


月は何も語らず、何も変えず、同じ明るさでそこにあった。

黒猫はそれを見上げた。

理由はなかった。

ただ、目に入った。

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