ep.17 襲撃④


 目の前にいる楓が光を纏った後、先程までとは様子が違う事にカリサは気付いていた。


 (カエデ?いや、何処か雰囲気が)


 ただそこに立っているだけなのに、只者ならぬ気配を感じる。まるで自身の上司、つまりロイヤルでも上位に位置する戦士達が纏っている歴戦のオーラのような。


 「なんだガキ。記憶でも飛ばしたのか?」


 「あん?会話出来んのかよ。お前人間か?」


 少年は少し考え込むような仕草を見せ、頭を軽く掻いた。


 「…よくわからんが、理性があるってことは自ら魔の種を植え付けてんのか?胸糞わりぃ」


 顔の前で手を仰ぐように振り、顔を顰めた。それは挑発では無く、相手を軽蔑しているといった様子だ。


 「先にこいつを始末しろ」


 ゴウラはその太々しい態度に呆れ、手で合図を送ると二体のオーガが少年の元へと駆け出した。


 「あん?俺が誰だかわかってねぇのか?」


 少年が敵に対し、呆れたような態度で気だるそうに手を前方へかざした。


 「あ?」


 が、何も起こらず、そのままオーガ達の接近を許し、二体の拳が大地が割れるほどの勢いで振り下ろされた。余程の実力者であってもあの距離、あのタイミングでは直撃は避けられない筈。


 「カエデ!」 


 カリサの心配も束の間、煙の中から常人ならざる跳躍力で飛び出してきた少年の姿が見えた。


 そのまま空中で身をひねり綺麗に着地をすると、なにやら再び自分の身体をチェックするように見回し始める。


 「つーか、これ俺の身体じゃねぇな。またアイツが何かしやがったのか?」


 やがて何かに気がついたのか、自身の右手の甲を顔へと近づけ、なんやらぶつぶつと呟きだした。


 「加護…?おいおい、この身体どうなって」


 「前!危ない!」


 カリサの叫びを聞き、視線を右手から前に戻すと、オーガ達の追撃が眼前へと迫っていることに気がついた。左右から繰り出される拳の一撃は掠っただけでも致命傷に繋がるような-


 しかし、攻撃はどれも空を切った。何度も迫ってくる拳を躱し、途中からはオーガ達を視界に入れることすら辞めていた。それどころか再び右手を凝視し始める。


 「ほー。懐かしいなこの感じ」


 (やっぱりおかしい。一般人のカエデがどうしてオーガ達の攻撃を避けられてるの?でも…)


 今のところ躱すことは出来ているが、オーガに対してこちらからの攻撃手段、つまりは決定打がない。このままだとジリ貧にしかならない。しかし-


 気がつけばオーガ達の胴体には大きな空洞が出来ており、再生することも無いまま力無く崩れ落ちた。


 「ガキ…今何をした」


 「こいつで殴った」


 ゴウラの質問に答えた少年はゆっくりと手を前に出した。その拳には先程、楓が装着した神器が装備されている。


 (なんで!?あれは複製とはいえ私専用。他の人間に起動できる筈は-)



 他人の神器を起動させる事など、過去に実例は一つとして無いので、カリサが驚愕するのは当然。


 だが、事実として起動出来ている。さらに気がかりなのは、神器から赤い血管のような無数の光が伸びている事だ。あんな状態は今まで自分が使用してきた限りでは見たことがない。


 「なんだお前は…いよいよ殺すわけには行かなくなったぞ」


 少年はオーガ達の死体を蹴り飛ばし、ゴウラの元へ歩を進めた。


 「なぁ。その姿も、魔族を操ってるのもお前の意思か?」


 既にわかりきった質問だった。


 彼が何故今さらそんな事を聞いてきたのか理解できない。なのでゴウラは答えること無く、同様に距離を詰め始める。


 「オーガを倒したくらいで調子に乗っているのか?」


 そして両者は五メートル程の距離に近づき-


 先に仕掛けたのはゴウラからだった。その口を大きく開くと、突如として黒い光のような玉が少年へと放たれた。


 が、少年はそれを、まるでハエでも払うかのように右手で軽く弾いた。


 「な、貴様!」


 ゴウラは動揺を隠せなかった。威力、スピード、先手を取るにはこれ以上無い最高の一撃で、完璧なタイミングで放った自負があった。それをいとも簡単に対応されたのだ。


 間合いに入った少年は、わずかな間を置いてからゆっくり目を開き-


「お前は生かす価値が無いな」


 言葉とは裏腹に、その表情は気の所為か、何処か悲しげなようにも感じられた。ゴウラが呆気にとられていると、突如として少年の右手から赤い光が噴き出し始める。


 辺り一体の空気が圧されるように重くなり、余りの迫力にゴウラだけでなく、遠目で見ていたカリサすらも息が詰まる。


—あれ程の力が今からどのような結果をもたらすのか


 「あん?なんだ…力が…まさか!」


 しかし、事態は一変。


 少年カエデは急に頭を押さえると、フラフラと身体を揺らし意識が途切れたのかその場に倒れ込んだ。


 近くで目撃していたゴウラも、突然の事で数秒程は唖然としていた。しかし我に返ると、倒れた楓の元へと歩き出す。




 「なんだ?ハッタリか」




 そして楓が動かない事を確認し、そのまま右足へと拳を振り下ろした。大腿の骨が砕ける鈍い音が辺りに響き渡る。


 「右手の光が消えないのは気になるが、貴重なサンプルだ。折るのは脚だけにしておくか」


 続けて左脚にも狙いを定め拳を叩きつけようとしたが、振り上げた腕にナイフのような物が刺さり中止した。


 「女。まだ動けたのか」


 腕に刺さったのはカリサが投擲したべガルダ。だが、彼女の傷は深く、とても戦える状態とは言えない。


 「あたしが先でしょ」


 腕に刺さったべガルタを抜き捨てると、ゴウラは大袈裟に笑い出した。


 「そんなに死にたかったのか?」


 邪徒化した者と戦える程の実力は彼女カリサには無い。仮に万全の状態だとしても勝ち目は皆無だ。だが、このまま見過ごすわけにも行かない。


 「はぁ。力はあっても脳みそはオーガ以下ね」


 安い挑発だが、普段とは違い理性が外れている邪徒化したゴウラには、充分な効果があった。


 オーガ達とは比べ物にならない程の速さでカリサの元へ移動し、剛腕からの一撃を叩きつけた。


 「ぐっ」


 拳が脇腹へとめり込みミシミシと音を上げる。だが、ギリギリところで何とか身をひねり、威力を分散させる事で致命傷は免れた。


 「チッ。無駄な足掻きを」


 そのまま受け身を取ったカリサは楓の元へ走り出す。


 「今さらそいつを庇っても無駄だろうに」


 このまま先程少年に放った黒い光の玉を撃てば、確実に仕留められる。しかし、ここまで追い詰めたのだ。仕留めた実感を得るためにも最後は直接-


 下腿に力を込め筋肉がミリミリと収縮していく。


 ここからは一秒すらも必要無い。


 背を向け走る女へと狙いを定め-



 『止まれ』



その声は少しの風が吹いただけでもかき消されそうな-


 しかし、何故だか無視はできない。


 異質な気配を察知したゴウラは攻撃を中断した。



 声の方へ視線を向けると、まだ十代後半といったところだろうか。森の中から茶色い紙袋を片手に抱えた少女がこちらへ歩いてくるのが見えた。

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