ep.6 初陣の森


 神器科のバスが目的地に着き停車した。降りると外はジャングルのような木々に囲まれている。ここ一帯の海辺には邪種現れるので一般人は近づけない。その為、森のような緑豊かな環境が保たれている。


 邪種は海からしか出現ないといっても、海の上で戦うわけではなく、基本的には地上で待ち伏せして戦う。とは言え、このエリアは邪種の数も少なく脅威度も低いものしか出現しない。そもそもこの国自体が比較的邪種被害が少ない安全な島国なのだ。他国からは平和ボケしている等と揶揄されてはるがただの嫉妬だろう。


 「シュミレーション通りグループを分けて森の中を進む。私語や勝手な行動は許さん。勘違いしている者もいるようだがこれは実践だ。絶対に気を抜くなよ」


 教師達からの激が飛び、神器科の生徒達はテキパキと事前に決められていた4人ずつのグループに分かれた。各グループには教師と、臨時で参加している聖隊の面々が1人ずつ同行する。


 (奇跡的に邪種と遭遇せずに済む。あり得ないか。戦闘経験を積む目的で来てるから遭遇するまで続けるだろうし)


 この場に到着した時点で希望はない。なるようになるさと瞬は開き直った。その際、いつもお気楽な親友の顔が脳裏に浮かんだ。


 (俺もあいつに似てきたかな)


 ふふふ。と小さく笑った後、表情を引き締め検問所へと向かい、自分のグループに同行する新井先生の背中を追った。もう後戻りはできない。




 〜


 随分と森の中を歩いた。邪種といつ遭遇してもおかしくはない。グループの他の3人も前日までは余裕ぶっていたが、こうして実戦の場を目の当たりにすると表情は凍りつき気を張り詰めている。


 「そろそろ現れてもおかしくないのだが。ふむ」


 新井先生がぼそっと呟いた。質問をしてみたいが、私語は禁止されている。その一言で生徒達はより一層緊張感を高めた。


 「お前ら、気を抜くー」


 生徒達の方へ振り向いた新井先生の表情が凍りついた。恐ろしい幽霊でも見てしまった顔だ。


 「退避ー!」


 新井先生の張り裂けるような怒号が森の中を響き渡った。生徒達が振り向くと、背後には二足歩行の化け物が立っていた。


 「ありえない⋯」


 「なにあれ」


 教師や生徒達が驚くのも無理はない。その化け物はこのエリア、いや、この国にいる筈の無いレベル5に位置付けられるオーガと名のついた邪種だ。二足歩行で人間を巨大化したような姿。全長は3メートルといったところか。灰色と青色の中間のような色をした肌と、筋骨隆々な肉体。血走り飛び出しそうな眼球と剥き出しの歯茎。一般人であればその姿を視界に入れただけで卒倒してしまうだろう。


 現在世界で確認されている邪種はレベル7まで。ここ日本では最大でもレベル3までの出現しか記録されていない。レベル5など、この国にいる限り教科書や図鑑でしか見ることはない。筈だった。


 「時間を稼ぐ!お前らは訓練通り撤退しろ」


 新井は冷静だった。ボウガンのような形をした神器を起動させ数発オーガに打ち込みながら叫ぶ。


 聖隊者を含めた今日の教師陣、検問所でこの一帯を防衛してる者達、全てで挑んでも敵わない。このレベルの邪種が出現することは想定されていないのだ。そもそもこの国にオーガを単独で討伐出来るような人間は数えるほどしかいない。遭遇した時点で望みはないのだ。救難信号は上げ無い。援軍を要請したところで勝てる見込みは無い。


 (生徒達だけでも逃さなければ)


 神器は国の宝だが、これから神器を持ち国の為に戦う生徒達だってそうだ。それに教師としての矜持がある。勝てる筈は無いが、逃げ出したり諦めることは許されない。突然オーガが視界から消え、背後から轟音が響いた。振り返ると逃げ出した生徒の一人がオーガの拳の一振りで吹き飛ばされていた。


 「小林!」


 吹き飛ばされた生徒へ声を掛ける。まだ息はあるようだが、左脚の膝から下は無くなり頭部からも血が滴っている。オーガは他の生徒は追わずにこちらへゆっくりと近づいてくる。新井は怯まず攻撃を続けながら瞬の方へ駆け寄った。


 「意識はあるか!?鎮痛剤だ!痛みがひいたら左脚の止血をしろ」


 瞬は酷い状態だったが意識があった。クラスの中でも優秀と評価されているだけはある。新井は感心しつつオーガから視線を外さずに攻撃を続けた。


 「は…い」


 弱々しく返事をした瞬は鎮痛剤を口に含む。軍事用の強烈なもので効果は絶大だ。先生の言いつけ通りバッグから救急キットを取り出して止血を始めた。


 (何故先程の高速移動をしてこない?何故積極的に攻撃する私では無く生徒を狙った?わからない…)


 化け物の考えている事など理解出来る筈がない。そもそも邪種が人間を襲ってくる理由すら解明されて居ないのだから。それでも何もわからなければ対処の仕様もない。少しでも生徒から離れるように誘導する。先程とは違いオーガは新井をマークしたようだ。


 「ぐっ」


 オーガが視界から消えた。先程の高速移動だろう。理解していても防ぎようがない。新井はオーガの拳を受けた衝撃で意識が飛び、森の奥へと吹き飛ばされた。


 「なんだよあの化け物…早く逃げないと」


 鎮痛剤のお陰で痛みは殆ど無いものの、左脚の無い状態でどこまで逃げ切れるか。近くに落ちていた木の枝を杖のようについて少しずつ検問所を目指した。


 「くそったれめ」


 森の中から先程のオーガが現れた。新井先生がどうなったかは考えたくもない。自分も同じ結末を迎えるのだろうから。脚を吹き飛ばした一撃を思いだし全身が震える。もう希望は無いのだ。瞬は諦めて尻もちをつくように地面に座り込んだ。


 その時、灰色の物体がオーガの頭部に振り下ろされた。オーガを攻撃した人物は自分が殴った衝撃で勝手に弾き飛び、灰色の物体と一緒に瞬の目の前に転がってきた。


 「あちゃー。やっぱり全然効かねぇか…」


 緊張感にかけた何とも情けない声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。それはこの場所にいる筈の無い親友。


 「楓!」


 「なんで一人なの?神器の持ち出しバレて置き去りの刑にされたとか?邪種ってあんなに怖いの?やべぇな。あと頭怪我してるけど大丈夫か?それとこれ。お前の神器」


 この男は何故この状況でも平常運転なのだろうか。オーガは知らなくても、逃げるべきなのは誰だって理解出来るだろう。


 「楓!あいつはやばい。俺はいいから早く逃げろ」


 親友の悲痛の叫びを聞いた楓は、納得いかないような怒ったような顔をした。


 「お前なー」


 楓が何か言おうとした矢先、オーガがこちらへと動き出した。背筋が凍る。先程の高速移動からの一撃が来たら終わりだ。瞬は即座に渡された自分専用の神器を起動させオーガに撃ち込んだ。


 「うるせぇ!早く逃げろ!」


 普段の彼からは想像出来ないような荒い口調だ。それだけ切羽詰まった状況であり、誰も咎めることは無いだろう。意外にも瞬の攻撃でオーガが少しよろめいた。予想外の反撃で驚いたのだろうか。


 「寂しいこと言うなよ。俺がお前を置いて逃げると思うか?」


 まだ悠長な事を言ってる。まるで状況がわかってない。余裕がない瞬はこの言葉をかけるしか無かった。


 「お前が死んだら妹が独りになるぞ!」


 「…」


 戦う事に興味は無い。妹を独り残して死ぬ事はあってはならないし、国の為とか、世界の為とかそんな大層な事が出来る人間では無いとも自覚もしている。それでも


 「俺はな、困ってる人を見ると放って置けないんだ」


 せめて自分の手の届く範囲の人達の役には立ちたい。どんな些細な事だとしても。山に住んでるおばちゃんに会いに行くのも、知らない女の子にコーヒーを作るのも、八百屋のおっさんの手伝いをするのも。そんな楓の信念からの行いだ。


 「親友なら尚更だろ!」


 そう叫ぶと楓は地面に転がっていた灰色の物体の柄に手を伸ばした。錯覚かもしれないが楓の右手の甲から微かに光が放たれたかのように瞬の目に映った。そしてー


 「なんだこれ?」


 灰色の物体だったものに赤い光の線が走った。まるで血管のように無数の線が伸びている。


 「神器が起動した!?」


 瞬がそう叫んだのも束の間、オーガが楓の方へ狙いを定め高速移動を使用した。





 一方ミアの家では


 「ミア様。やはりこの力って…」


 遠く離れた場所で解放された力の気配をグレアは敏感に感じ取っていた。恐らくあの少年が何かをしたというところまでは見当がついた。


 「まだ断定は出来ないな。少し試す必要はありそうだ」



 ミアはコーヒーを一口啜ると窓の外に視線をやった。


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