価値なき者の咆哮 〜ランク「F」と定義された俺、管理者権限で世界を上書きする〜「お前の悲しみは1ギルにも満たない」と踏みつけられた少年は、神の瞳で絶望を埃に変える

ソコニ

第1話 価値なき者の咆哮

成人の儀が執り行われる神聖な広場は、金糸の刺繍が施された天幕で覆われ、貴族たちの華やかな衣装が朝日に輝いていた。

だが、その豪華さとは裏腹に、広場の中央に並ばされた十八歳の若者たちの顔には、恐怖と絶望の色が浮かんでいる。

「次、レン・アシュレイ」

神官の冷たい声が響く。

蓮は震える足で祭壇へと進んだ。白い大理石の台座には、古代文字で刻まれた魔法陣が淡く光っている。

「手を」

神官に促され、蓮は右手を魔法陣の中心に置いた。瞬間、激しい熱が手の甲を走る。皮膚が焼ける感覚。そして——

手の甲に、黒い文字が浮かび上がった。

F

広場がざわめく。同情の声、嘲笑、そして露骨な蔑みの視線。

「Fランクか。まあ、見た目通りだな」

「あの家系じゃ仕方ない」

「可哀想に。ゴミ拾いか下水掃除の一生だ」

蓮の視界が揺らぐ。この世界では、成人の儀で刻まれる「ランク」が全てを決める。Sランクは領主や騎士団長、Aランクは高級魔術師や商人、Bは職人、Cは一般労働者、Dは単純作業員。

そして、Fランクは——

「廃棄物」。

社会の最底辺。人権すら保証されない存在。

「次、ミラ・セレスティア」

蓮の幼馴染が、震えながら前に出た。栗色の髪をした小柄な少女。貧しい家の生まれだが、努力家で、村の長老からも「Cランクはあるだろう」と期待されていた。

祭壇に手を置く。光が走る。

手の甲に浮かび上がったのは——D。

ミラの顔が蒼白になる。

「嘘……私、あんなに勉強したのに……」

「ふむ、Dか」

玉座に座っていた若い男が立ち上がった。金色の髪、完璧な顔立ち、そして手の甲に輝くSの刻印。

若き領主、ゼクス・ヴァンドール。

「Dランクは使い道があるな。私の屋敷で働いてもらおう」

「え……?」

ミラが顔を上げる。その表情には、一瞬の希望が宿った。領主の屋敷で働けるなら、少なくとも飢え死にはしない。

だが、ゼクスの次の言葉が、その希望を粉々に砕いた。

「もっとも、Dランクに給金は支払われない。ランク制度上、お前には『労働の対価を受け取る価値』が認められていないからな」

広場が静まり返る。

蓮の拳が震える。

「待ってください! ミラは努力家です! 本当はCランクの才能があるはずなんです! システムが間違って——」

「間違い?」

ゼクスが、蓮を見下ろす。その目には、虫を見るような軽蔑が宿っていた。

「Fランクのゴミが、神聖なる格付けシステムに異議を唱えるのか? いいか、この制度があるから社会は安定する。お前のような価値なき者が、Sランクである私の判断に口を挟むこと自体が世界の秩序への冒涜だ。身の程を知れ」

蓮がさらに言葉を紡ごうとした瞬間——

手の甲のF刻印が、真っ赤に発火した。

「ぐあああああっ!」

心臓を鷲掴みにされたような激痛。呼吸ができない。体が地面に崩れ落ちる。

これが、この世界の「絶対遵守(システム)」。

下位ランクの者は、上位ランクの者に逆らうことができない。逆らおうとすれば、刻印が罰を与える。

「レン!」

ミラが駆け寄ろうとするが、ゼクスが手を振った。

「そこで待て、D」

ミラの体が硬直する。Dランクの彼女には、Sランクの命令を拒否する権利がない。

「見ろ、Fランク。これが『価値の差』だ」

ゼクスが蓮の頭を足で踏みつける。頭蓋骨が軋む音。

「私はSランク。この世界の『至宝』として、社会を導く使命を持つ。お前はFランク。『路傍の石』以下。この構造があるからこそ、混乱は防がれ、秩序が保たれる。私はお前のために言っているんだ——この身分の差を受け入れることが、お前にとっても幸せなのだと」

蓮の視界が滲む。血の味。骨の痛み。

そして、何より——ミラの泣き顔を見ながら、何もできない自分への怒り。

「ミラは……俺の……」

「お前の何だ? 幼馴染? 恋人?」

ゼクスが愉快そうに笑う。

「Fランクに『所有する権利』などない。お前の『悲しみ』にも、『怒り』にも、この世界では1ギルの価値もないんだよ」

そして、ゼクスはミラに向かって言った。

「お前は今日から私の所有物だ。屋敷に来い」

「嫌です! 私は——」

ミラが抵抗しようとした瞬間、彼女の手の甲のD刻印が発火する。

「あああああっ!」

少女の悲鳴。

「なぜ抵抗する? お前はDランク。私に従うのが『仕様』だ」

ゼクスは、まるで壊れた道具を見るような目でミラを見た。

「ああ、そうだ。不良品は処分しなければならないな」

「え……?」

ゼクスが手を振るう。金色の光が、ミラの体を貫いた。

一瞬の静寂。

そして、栗色の髪をした少女の体が、光の粒子となって空中に散り始める。

「ミラああああああああああっ!」

蓮の絶叫。

だが、それすらもゼクスには届かない。

「うるさいな、Fランク。お前の声には不快感しかない」

さらに強く踏みつけられる。肋骨が折れる音。

「なぜ怒る? FランクがSランクに殺されるのは、石ころが名剣に砕かれるのと同じ。世界の『仕様』だ。お前の悲しみには、1ギルの価値もない」

蓮の意識が暗転していく。

絶望。

無力。

怒り。

そして——

その時、消えゆくミラの最後の光の粒子が、蓮の手に触れた。

瞬間、蓮の脳内に——ノイズが走った。



『——警告:存在消去プロセス実行中』

『——対象:ミラ・セレスティア → データ削除予定』

『——エラー検知。未承認の干渉を検出』

蓮の意識の奥底で、何かが弾けた。

視界にノイズが走る。

現実が、まるで壊れたディスプレイのように歪む。

『——感情値が臨界点を突破』

『——システム強制介入を検知』

『——管理者権限の限定承認を開始します』

蓮の無意識が、叫んでいた。

消すな。ミラを消すな。

『——対象:ミラ・セレスティアの存在定義を変更』

『——「実在(ACTIVE)」→「非実在(STANDBY)」へ移行』

『——データを一時保存領域へ転送完了』

消えかけていたミラの光が、一瞬だけ強く輝き——そして、完全に姿を消した。

だが、「死んだ」のではない。

「待機状態」になった。

『——対象:レン・アシュレイの「価値(ランク)」を再走査』

『——結果:F(廃棄物)→ ???(イレギュラー)』

『——世界管理システムが対象を認識できません』

『——暫定処置として、管理者権限レベル1「虚神(ヌル・ゴッド)」を付与』

蓮の目が、見開かれる。

痛みが消えた。

いや、正確には——痛みという「概念」が、蓮の認識から切り離された。

「ほう、まだ生きていたのか。では、トドメを——」

ゼクスが手を掲げる。その掌に、眩い黄金の光球が形成される。

「黄金の審判(ゴールデン・ジャッジメント)。Sランクが行使できる最高位の処刑魔法だ。お前のような塵には過分な死に方だと感謝するんだな」

光球が巨大化する。広場全体を包み込むほどの光。

観衆が悲鳴を上げる。

魔法が、解放される——

しかし、蓮は静かに立ち上がり、

そして、手をかざした。

「……再定義(リ・デファイン)」

蓮の声は、どこまでも冷たかった。

「その光は、ただの『埃』だ」

瞬間——

世界が、書き換わった。




黄金の光が、蓮に触れた瞬間に色を失った。

いや、「失った」というより——最初から「灰色の塵」でしかなかったかのように変質した。

キラキラと舞い散る、ただの埃。

広場が静まり返る。

「……馬鹿な」

ゼクスの顔から、余裕が消えた。

「Sランク魔法だぞ!? それも、私が放った最高位の——Fランクのお前に、何をした!?」

蓮は答えない。

ただ、一歩、また一歩と、ゼクスに向かって歩く。

その度に、手の甲のF刻印がひび割れていく。

黒いノイズが走る。

まるで、世界のシステムそのものが、蓮という存在を認識できずエラーを起こしているかのように。

「来るな! 来るなと言っている!」

ゼクスが後退し、周囲の衛兵たちに命令を下す。

「衛兵! こいつを殺せ! Sランクである私の命令だ!」

衛兵たちが剣を抜く——

が、彼らの足が、動かない。

「な、なぜだ……なぜ体が……!」

『——命令者:ゼクスの存在価値を走査中』

蓮の脳内に、システムメッセージが流れる。

『——走査結果:価値・S(至宝)→ 申請により変更可能』

『——変更を希望しますか? YES / NO』

蓮の唇が、歪んだ笑みを形作る。

「ゼクス。お前は自分をSランクの『至宝』だと言ったな」

至近距離まで近づく。

ゼクスの胸元を、掴む。

本来なら、Fランクが Sランクに触れた瞬間、即死レベルの呪いが発動するはず。

だが——

悲鳴を上げたのは、ゼクスの方だった。

「ぎゃああああああっ! 刻印が、刻印が燃える!」

ゼクスの手の甲のS刻印が、真っ赤に発火している。

「だが、俺の目には——」

蓮が、囁く。

「今の俺にとって、お前の命は『Fランク(路傍の石)』以下だ」

『——承認。対象:ゼクスの存在価値を「F(廃棄物)」に書き換えます』

瞬間——

世界の全てが、反転した。




ゼクスの全身から、魔力が霧のように流れ出していく。

豪華な鎧が、色褪せ、ボロ布へと変質する。

完璧だった顔立ちが、疲弊と恐怖で歪む。

「嘘だ……嘘だ……! 私は、Sランク……この国の至宝……!」

「違うな」

蓮が、拳を握る。

「お前は今、この世界で最も『価値のない』存在だ」

そして、殴った。

ただの拳。

何の魔法も込められていない、生身の拳。

だが——

『——攻撃判定:蓮の拳 → SSSランク(神槌)として認識』

蓮の拳が、ゼクスの顔面に叩き込まれた瞬間、空気が爆発した。

衝撃波が広場を揺らす。

ゼクスの体が、まるで壊れた人形のように宙を舞い、石畳に叩きつけられる。

血が飛び散る。

歯が砕け散る。

プライドが、粉々に砕け散る。

「あ、ああ……」

這いつくばるゼクス。

彼は必死に、自分を守るべき衛兵たちに手を伸ばす。

「た、助けろ……! 私はSランク、お前たちの主だ……!」

しかし——

衛兵たちの刻印が、淡く光る。

『——命令者のランクを確認:F(廃棄物)』

『——システム判定:従う義務なし』

衛兵たちは、無表情のまま剣を鞘に収めた。

「なぜだ! なぜ従わない! 私は、私は……!」

ゼクスの絶叫。

だが、誰も彼を助けない。

彼が信じていた「階層制度」が、今度は彼自身を見捨てたのだ。

Fランクに価値はない。

Fランクの命令に従う義務はない。

それが、ゼクス自身が説いていた「世界のルール」だった。

「お前が言ったんだ」

蓮が、血まみれのゼクスを見下ろす。

「『Fランクの悲しみには、1ギルの価値もない』と」

そして、冷たく言い放つ。

「今のお前は、そのFランクだ。だから、お前の命乞いにも——1ギルの価値もない」

ゼクスの顔が、絶望に染まる。

自分が作り上げた、自分が利用してきた「システム」に、完全に裏切られた瞬間だった。

蓮は、広場に集まった人々——ランクに縛られ、恐怖し、従ってきた全ての人々に向かって、言い放った。

「今日、この世界の『格付け』は壊れた」

手の甲を掲げる。

そこには、もはやFの文字はない。

黒く明滅する、ランク外の記号。

Ø(ゼロ)——虚神(ヌル・ゴッド)

「これからは、俺が価値を決める」

広場が、静寂に包まれる。

神殿の巫女が、震えながら呟いた。

「ありえない……世界を上書き(オーバーライト)する権限……そんなもの、伝説にしか……」

蓮は、ミラが消えた場所を見つめた。

栗色の髪の少女は、今はもう見えない。

だが——

待っていろ、ミラ。必ずお前を、もう一度この世界に呼び戻す。

蓮の心に、明確な目標が刻まれた。

この腐った世界を、根底から変える。

全ての「価値なき者」たちに、尊厳を取り戻させる。

そして、ミラを——

「非実在」から「実在」へと、もう一度再定義する。

たとえ、世界の全てを敵に回すことになろうとも。

蓮は、血に染まった広場を後にした。

その背中を、恐怖と、そして——かすかな希望の眼差しで、人々が見送っていた。

手の甲で黒く脈動するØの刻印が、まるで新しい時代の幕開けを告げるかのように、闇の中で輝いていた。

(完)

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