手を拾い、海へ返す。

ヒマツブシ

手を拾い、海へ返す。


 目が覚めるとテーブル上のそれは、5本足で自身を支える小さな犬のように見えた。



 目を擦る。


 何度見返してもその物体は同じ形状をしていた。


「えーっと…?」






 昨夜は飲み会があった。

 テーブルの真ん中、左右どちらの話題にも入れない私は、目の前の焼き鳥とビールを口に運び続けるだけの人形になっていた。

 飲み会が終わる頃には、ひどく酔っ払っていた。


 次に気がついた時には道の端に座っていた。周りには誰もいない。みんなは二次会にでも行ったのだろうか?



 仕方なくトボトボと帰宅している途中、薄暗い路地の水銀灯の下にそれはいた。


 じっと見ていると近寄ってきたので、そのまま家に持ち帰ってしまった。





 テーブルの物体と向き合う。

 どう見てもそれは手だ。

 5本の指、それに繋がる手のひら。

 しかし、その先にあるはずの全てが何もない。

 手首の断面のようなところにも皮膚があり、まるで初めから何もなかったかのような見た目をしている。

 そして、それは動く。



「わっ!」



びくっ!!


 テーブル上の手は驚いたのかサッと形を変え、手首の断面の顔のような部位でこちらの様子を伺う。


 こちらがゆっくり手を伸ばすと、恐る恐る手の匂いを嗅ぐような動作をする。

 指先でチョンと触ると警戒をやめたのかテーブルの上をグルグルと動き始めた。


「キモい!」


 手はシュンとしてテーブルの端に行きペタンと潰れた。






 しばらく一緒に過ごしてわかったのは、コイツは目も耳もないくせに犬みたいな反応をするということ。

また人間の言語は理解しているようだった。


 じゃんけんを仕掛けると手首の断面で器用に起き上がり自分の手を形作る。

 勝つと喜んだり、指をさして煽ってきたりする。


 見た目はキモいが、慣れてくると気にならなくなっていった。喋ることはできないが、コミュニケーションの取れる変わった形の同居人となった。




 ある日、部屋に帰ると、テーブル上の塊がいつもより大きく見えた。

 近づいてみると、手と手が交差して握り合っている。


「おい!」


 塊はビクッとなり二つの手に分かれた。

 まるで抱き合っているところを見られて恥ずかしがっているような様子に苛立ちを覚える。


「何で増えてんだよ?」 


 片方の手がジェスチャーで言い訳のような素振りをするが、何を言っているかはわからない。

 もう片方の手はさっきのやつの後ろに隠れる。

 心なしかいつものやつより細く綺麗な指をしている。


 はぁ。

 こんな謎の物体にも彼女がいるのか。

 もういい。好きにしてくれ。


 二つの手を放置して不貞寝してやった。






 しばらく3人?で暮らしていると、今更ながら初めのやつが右手で後から入り込んだやつが左手だとわかった。

 呼ぶ時に不便なので名前をつけることにした。

 右手だからミギー?

 じゃ、左手はヒディー?

 迷った挙句、みーくんとひーちゃんということで落ち着いた。





 両手達は、基本的に生活の邪魔にならなかった。


 食事はしないし、話しかければ反応を示す。

 たまに2人?の世界に入ってることもあるが話しかければこちらを優先してくれた。





 安定した日々が続く。

 ふと両手達を動画に撮ってみた。

 ちゃんと映る。

 お化けでも自分の妄想でもない。

 触った感触は現実のものだった。

 この不思議な日々をどこかに残そうと、

軽い気持ちで動画サイトに上げてみた。




 動画を上げたことを忘れて数日後、動画がプチバズりをする。

 生成AIだろうとの意見が大半であったが、特に意味のない日常風景が奇妙で頭がおかしいとのことだった。


 すぐに動画を消したが、誰かが保存したアーカイブから謎の噂が広がっていった。


 切断した手首を使って1人遊びをする異常者。

 手首フェチの変態など。


 動画の背景から部屋の特定を試みるやり取りもあった。





 その日より、誰かに見られているような視線を感じるようになった。


 そのうち警察が自宅に乗り込んでくるのではないか?

 何も悪いことはしていないのに…。

 こちらの不安が伝染したのか、みーくんとひーちゃんも元気がない。

 カーテンを閉め切り部屋の中にずっと閉じ込めて置くのは可哀想だと思った。



——元いた場所に帰そう。






 両手達をカバンに詰め、外に出る。

 人目を避けてみーくんと出会った路地までやってきた。

 周囲を伺いながら鞄のジッパーを開ける。


「ほら、元いた場所に戻るんだ」


 両手達は手首を左右に振り拒否の反応をする。


「じゃあ、どこならいいんだよ!」


 ジッパーを閉める。





 当てもなくフラフラと彷徨い、いつのまにか海の方に来ていた。


——海ならヒトデに見えるかもしれないな。


 ひと気のない砂浜に腰を下ろす。

 ジッパーを開けて両手を出す。


 このまま一緒に暮らすのはダメかもしれない。

 誰かに見つかったらどうなるかわからないし、嫌な結果になるかもしれない。

 だから、ここで…。


 両手はこちらの気持ちに気付いていないのか波打際を行ったり来たり遊んでいる。



「…ヒトデの形とは全然違うな」



 走り回る両手を見て思う。

 皮膚は海の中では浮腫む、魚に食いちぎられるかもしれない。

 少なくとも両手の居場所は海ではない。



「よし、帰るか」



 立ち上がり両手の方に目をやると、そこには異物のない普通の風景しかなかった。

 点々とした指の跡を波が覆い隠していった。








 何もない日常が流れる。

 手の化け物と一緒に住もうがいなくなろうが、日々は変わらない。

 朝起きて仕事をして帰って寝るだけ。

 変わったことといえば、あの路地の水銀灯がLEDになったことくらい。


 目が覚めてテーブルを見てもおかしな物体などあるわけない。






 目を擦り、洗面台で歯を磨く。


 鏡に映る自分の顔はひどくしょぼくれて見える。


 視線を顔から外すと、自分の意思とは無関係のように歯ブラシを動かし続ける手が目に入った。




 その手首には、いつもより皺が深く刻まれているように見えた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

手を拾い、海へ返す。 ヒマツブシ @hima2bushi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画