ヴァルキリーベースボール
阿弥陀乃トンマージ
はじめからクライマックス
「4番ファースト、オーディン、背番号1……」
「わああああ!」
アナウンスとともに、筋骨隆々とした巨漢がバッターボックスに入る。観客のボルテージは最高潮に達しようとしている。巨漢がキャッチャーのアタシに話しかけてくる。
「いやはや、なんとも最高の舞台が整ったな、システィコンよ」
「……」
「おいおい、話くらいよいであろう?」
「……左様でございますね、オーディン様……」
アタシはオーディンに応える。
「しかし、お主らヴァルキリーが、我々神々のリーグに参加すると聞いたときは驚いたが……まさか優勝を争うまでになるとはな……」
「………」
そう、今は神話リーグの最終戦、アタシたちヴァルキリーのチームはアースガルズのチームと優勝をかけて争っている。
「中でも最たる驚きはお主だ、システィコン。こういっては失礼だが、ヴァルキリーたちの中で、何故なのかそなたの名前だけを失念しておった。それが扇の要として、チームの主力になるとは……」
「…………」
オーディンが知らないのも無理はない。アタシは本来はこの世界にいないはずのヴァルキリーだからだ。……そう、アタシはヴァルキリーとして転生してきたのだ。
それがどうして野球をすることになったのか、詳しい経緯は分からない。ただ、それがこの世界の理ならば、ただ従うのみである。
アタシには、前世までに蓄えた豊富な野球の経験と知識があった。これを活かさない手はない。アタシは「ヴァルキリー、野球しようぜー」と声をかけた。……いや、実際にはもう少しお上品に、「お姉さま、野球を致しませんこと?」と声をかけて、メンバーを集めていった。経験者のアタシが自然とキャッチャー、捕手を務めることになった。
……そして、ここまでたどり着いた。
「失念しておったのは誠に申し訳ない。儂も年かな……」
オーディンがアタシに対して申し訳なさそうにする。黙っていたことを怒っていると思ったようだ。
「いいえ、お気になさらずに……さあ、来ますよ」
「うむ」
アタシの返事に応じ、オーディンがバットを構えて、正面に向く。その視線の先には、青みがかった美しい長髪をたなびかせたピッチャー、投手に向けられた。アタシはキャッチャーミットを二度叩いて声をかける。
「さあ、後ひとりですわ、ブリュンヒルデお姉さま!」
「ああ!」
ブリュンヒルデお姉さまがマウンド上で力強く頷く。そのお顔立ちはとても凛々しく、なおかつ美しい。この世界でのアタシはこのブリュンヒルデというヴァルキリーの大勢いる妹の一人ということになっている。当然、昔の思い出というものはない。ただ、キャッチボールを通じて多くのことを語り合った。今はお姉さまの考えていることが手に取るように分かる。アタシはミットを構える。
「……!」
「ストライク!」
「むう……」
サウスポー、左利きのブリュンヒルデお姉さまが投げた球がアタシのミットにバシッと収まった。アタシの後ろに立つ審判が高々とストライクを宣告する。ブリュンヒルデお姉さまの左手からミットへ対角線上に投じられた、右打者であるオーディンの胸元を鋭く抉るような直球、いわゆるクロスファイヤーだ。オーディンは軽く天を仰ぐ。アタシたちが優位に立った。
「……!!」
「むん!」
「!」
「ファウル!」
ブリュンヒルデお姉さまが投じたのは一球目とまったく同じコース。オーディンが反応し、バットを強振する。ボールがバットに当たり、左方向に大きく飛んでいく。アタシはマスクを外して、ボールの行方を追った。ボールはわずかに左に切れ、審判がファウルを宣告する。これでツーストライク。カウント上ではアタシたち
が追いこんだのだが……。
「……このコースは見切ったぞ」
「ちっ……」
オーディンの自信たっぷりな言葉に、アタシは小さく舌打ちした。今のブリュンヒルデお姉さまが投じられる最高の速球を活かすなら、このコースがベストだ。しかし、わずか二球でアジャストしてくるとは……。さすがに同じコースを三球続けるのはリスクが大きい。アタシはブリュンヒルデお姉さまにサインを送る。
「……………」
「…………!」
「!?」
ブリュンヒルデお姉さまが首を振る。一球外そうというアタシの提案は却下された。アタシはやや間を置いて、再度サインを出す。
「………………」
「!」
「!!?」
アタシの出したサインに、ブリュンヒルデお姉さまが即座に頷く。アタシは驚いてしまった。三球目も同じコースに投げるというのだ。アタシはまたもやや間を置いてから、ミットを構える。ブリュンヒルデお姉さまが大きく振りかぶる。
「……!!?」
「ぬっ!?」
「!?」
ブリュンヒルデお姉さまが投じた三球目。オーディンとアタシ、そして投じたブリュンヒルデお姉さま自身が驚いた。ミットの構えたところと反対側にボールが向かう、いわゆる逆球だ。速球にバッティングのタイミングを合わせていたオーディンは思わずバットを振ってしまっている。しかし、このままではボールを後ろに逸らしてしまう。振り逃げである。アタシは先の回のクロスプレイで右肩を痛めてしまっていた。オーディンに出塁を許してしまう可能性が高い。オーディンの後も強打者、好打者が続く。試合を締めるこのチャンスは絶対に逃したくない! そう思った次の瞬間……。
「はああっ!」
「!!?」
「!!!?」
アタシはミットをはめていない右手を伸ばして、ブリュンヒルデお姉さまの投じたボールを掴んだ。
「ス、ストライク! ゲームセット!」
アタシは右手の痛みも忘れて、マウンドのブリュンヒルデお姉さまのもとに駆け寄り、抱き合った。そして、同じく駆け寄ってきたチームメイトたちとともに、右手の人差し指を高々と天に向かって突き上げた。
栄冠はアタシたちに輝いた。
ヴァルキリーベースボール 阿弥陀乃トンマージ @amidanotonmaji
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