「俺みたいな奴、放っておいてくれ」と絶縁した俺の無自覚な振る舞いが、救いを求める美少女たちの『聖域』になっていた件。〜見捨てられた元天才の俺、気づけば学園の女王たちに監禁寸前まで溺愛されています〜

新条優里

第1話かつての神童は、静寂を愛し、絶望に寄り添う

「――戒能くん。もう、私の前には現れないで」


 その言葉を最後に、俺の人生から『色彩』が消えた。かつての幼馴染。共に切磋琢磨し、将来を誓い合ったはずの彼女――楢崎琴音ならざきことねは、俺が『天才』と呼ばれなくなった瞬間に、誰よりも冷たい背中を見せた。


 神童。十年に一人の逸材。そんな安っぽいラベルを貼られていた頃、俺の周りには常に人が溢れていた。だが、過度な期待とプレッシャーに心が折れ、一度の大きな敗北を喫した途端、潮が引くように誰もがいなくなった。


 「……ははっ。皮肉なもんだな」


 あれから二年。高校二年生になった俺、戒能景かいのうけいは、学園の隅っこで息を潜めるように生きている。成績は平均。運動も並。かつての輝きを知る者からは「終わった奴」と蔑まれ、知らない者からは「暗いぼっち」として扱われる。でも、それでいい。期待されない。誰にも見られない。その孤独こそが、今の俺にとっては唯一の安らぎ――『聖域』だった。


 ◇


 放課後の旧校舎。取り壊しが決まっているこの場所は、人気がなく、埃っぽい静寂に包まれている。俺はいつものように、三階の音楽室の隅にある古いソファーに身を預け、文庫本を開いていた。ここには、誰も来ない。はずだった。


 「…………っ、……ぅ……」


 微かな、嗚咽。ページを捲る俺の手が止まる。音楽室の奥、グランドピアノの影。そこに、誰かがいた。陽光を浴びてキラキラと輝く、プラチナブロンドに近い明るい髪。モデルのようなしなやかな肢体と、見る者を圧倒するカリスマ。


 葛城詩かつらぎうた


 この学園で彼女を知らない者はいない。世界的な音楽家を親に持ち、自身も次世代の歌姫として注目を集める、正真正銘の『女王』。誰もが彼女に跪き、彼女の笑顔一つで学園の空気が変わるとまで言われる存在だ。そんな彼女が、ピアノの足元にうずくまり、声を殺して泣いていた。


 関わってはいけない。そう直感が告げる。俺のような『終わった人間』が、彼女のような『輝く太陽』に触れていいはずがない。俺は気配を消して立ち去ろうとした。だが。


 「……誰、そこにいるのは」


 鋭い声が、俺の足を止めた。顔を上げた彼女の瞳は、涙で濡れながらも、侵入者を拒絶するような冷たい光を宿していた。


 「……ああ、悪い。先客がいたとは知らなかった。すぐに消える」  俺は淡々と答え、出口に向かう。


 「……待って。貴方、今の……見たわね?」  「何をだ」  「私が、こんな……無様な姿で泣いていたことよ」


 葛城はふらふらと立ち上がり、俺を睨みつける。その肩は微かに震えていた。


 「明日には学園中に言いふらすんでしょ? 完璧な葛城が、校舎の裏で泣いていたって。……いいわよ、どうせみんな、私が『壊れる』のを待っているんだから」


 自嘲気味な、突き放すような言葉。それは、かつての俺が、自分を見捨てた連中に向けて吐きたかった言葉そのものだった。俺は足を止め、彼女の目を真っ直ぐに見る。


 「言いふらす? 相手にするのも面倒だ。俺は、他人に興味がないんだよ」  「……え?」  「お前が女王だろうが、泣き虫だろうが、俺には関係ない。お前を評価する気も、期待する気も、一ミリもないんだ」


 葛城は呆然とした顔で俺を見つめた。これまで彼女の周りにいた人間は、彼女を崇拝し完璧を強いるファンか、あるいは失墜を願うアンチの二種類しかいなかった。一人の『人間』として彼女を見る者は、いなかったのだ。


 「……期待、しない?」  「ああ。勝手に泣いて、勝手に立ち直ればいい。ここは静かでいい場所だからな。邪魔して悪かったよ」


 俺はそう言い残し、音楽室を後にした。背後で彼女が何かを言おうとして飲み込んだような気配がしたが、俺は振り返らなかった。


 ◇


 翌日。俺はいつも通り、昼休みの屋上で一人、パンを齧っていた。かつての友人グループが、遠くで楽しそうに笑っている。中心にいるのは、俺に代わって楢崎の『隣』を手に入れた男と、俺を見捨てた楢崎琴音だ。


 「……冷めてるな、俺も」  一年前なら胸が締め付けられるような思いをしただろう。だが今は何の感情も湧かない。ただ、彼らの笑い声が少しだけ耳障りなだけだ。


 その時。ガチャン、と屋上の扉が勢いよく開いた。現れたのは、昨日と同じ――葛城だった。周囲の生徒たちが一瞬で静まり返る。女王の登場。彼女はまっすぐ、迷いのない足取りで、端っこに座る俺の元へと歩いてきた。


 「……見つけた」


 彼女の声は、昨日とは違っていた。冷たさは消え、どこか熱を帯びた、切羽詰まったような響き。


 「……何の用だ。ここは俺の『聖域』なんだ。邪魔しないでくれ」  俺の言葉に、周囲の生徒たちが息を呑む。だが、葛城は怒らなかった。それどころか、彼女は俺の目の前に膝をつき、スカートが汚れるのも構わずにじっと俺を見上げた。


 「昨日、貴方は言ったわよね。私に期待しないって。……私を、評価しないって」  「言ったな。それが何か?」  「……あんなに、深く眠れたのは初めてだった」  「……は?」


 葛城は俺の制服の裾をぎゅっと掴んだ。震える指先。その瞳には、昨日よりもずっと深い『熱』が宿っている。


 「誰もが私に『葛城詩』であることを求める。完璧な歌を、完璧な人生を。……でも、貴方だけは、私を放っておいてくれた」


 彼女の顔が近づく。高貴な香水の奥に、微かに甘い少女の体温が混ざった匂い。


 「戒能くん。……お願い。私のそばにいて」  「……断る」  「嫌。貴方がいないと、私はもう、自分の形を保てない。貴方の無関心だけが、私の心を呼吸させてくれるの」


 彼女の指が、俺の腕に絡みつく。それは獲物を絶対に逃さないという、狂気的なまでの強さ。


 「他の誰にも、私を見せないで。……貴方だけが、私を見ていて」


 周囲の喧騒が遠のいていく。俺が求めた静寂は、この瞬間。一人の女王の、重すぎる愛によって塗り潰された。


 見捨てられた元天才と、完璧に疲れ果てた歌姫。歪な二人の、依存と執着の物語。それは、俺の予想を遥かに超えた速度で、破滅的な幸せへと走り出した。

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