擬態
なんば
第1話
「擬態」
私は太陽だ。
だが、人間に擬態して生活している。
今日も職場で溢れ出るエネルギーを使い、同僚や上司を照らして、それを眺めていた。
蛍光灯よりも明るい笑顔で周りを和ませ、煌びやかな言葉で機嫌を取る。
これは義務のようなもので、太陽に産まれたからにはそうせざるを得ない。
キーボードを打ちながら、憂鬱になっていた。
酷く大きく、丸い輪郭で、宙に浮いていて、何故光を発してしまうのか。
これらの疑問は考えるたびに音が遠くなっていってしまう。
考えるのをやめ、作業に戻ると、後ろから話しかけられた。
上司だった。こいつはくだらない冗談ばかりで、浅はかな人間だ。
私はいつも、その冗談に周りより0.5秒笑うことを心掛けていた。
そうすると、機嫌が良くなり、ミスをしても許してくれる確率が上がる。
「ははは」と愛想笑いをすると、上司も喜んでいて、馬鹿な奴だな、と思った。
いや、私の磨き上げられた愛想笑いを見抜けないのは仕方がないのかもしれない。
仕事が終わると、荷物を持って素早く職場を去った。
街へ出ると、家に帰る気分にはなれずに、ウロウロと、彷徨っていた。
もうすぐ夜が来るから、空が今にも眠りにつきそうな様子で、ウトウトしている。
街灯が一つ、また一つ太陽の代わりに街を照らしてゆく。
それが許せない。夜が来れば、私の役割は電気に奪われてしまうのではないか。
この不安から、とにかく夜が恐ろしかった。怖かった。
皆が虫のように偽物の光に目を奪われているので、家に帰ることにした。
帰り道、月が眩しく見えた。
太陽の光を借りて自分の物のように見せつけて、虚しくならないのかな、と疑問に思う。
月というのは泥棒のようなものだ。光泥棒。
それでも、月面に反射した光は綺麗だった。眩しかった。
偽物を認めてしまった自分が、何より暗く、深海のように思えた。
家は何もなく、物と物との感覚が途方もなく感じられた。
疲れているのか、雲が視界を覆って大きさが測れない。
それにしても人間というのは何故私を恐れないのだろうか。
これ程までに大きく、輝いていて、近い場所にいるというのに。
近いようで遠い、小さく見えるのに、大きい。
この認識のズレは身を引き裂かれるような、引きずり回されるような、耐え難いものだった。
もう疲れていたので、床に寝転がった。
私のエネルギーを分けてあげているのに、返ってくるものはない。
職場の人間もそうだった。照らしてあげるのはいつも私で、向こうからは何も受け取ったことはない。
その癖に、寄ってたかって光を求めるのだから、傲慢で、横柄な態度だ。
彼らの瞳に映る私は、眩しくて、直視できない程だというのに、鏡に映る私は、
ゆらゆらとしている陽炎のように、蜃気楼のように歪んでいる。
どちらが本当の姿なのか、知りたいとも思わなかった。知りたくなかった。
ずっと見ていると、焦点が合わなくなってきたので目を瞑った。
瞼の裏は宇宙のように広大で、そこで独り浮かんでいる夢をみた。
次の日、職場で転勤してほしいと頼まれた。
前々から言われてはいたのだが、その都度断ってきた。
だが、今日は断る気も起きなくなっていて、ついに承諾してしまった。
太陽が見えない力に振り回されるというのは、当然のことだ。
そういうものなのだから、仕方がない。
私は定位置に座ると、キーボードを打ち始めた。
もう何かを照らす気も起きず、太陽としての役割を放棄したつもりでも、
自分から光が放たれているのを感じる。
いつものようにお世辞を言い、機嫌を伺い、淡々と仕事を終わらせた。
引っ越すのだから、もう全部どうでも良かったのに。
窓の外は暗くなって、月が輪郭を持ち始めている。
逃げるように家へ帰った。
変わらずに静かな、真っ暗な部屋は、瞼の裏に似ている。
瞼の裏こそが唯一落ち着ける家だったのに、今まで気づかなかった。
私は鏡の前で自分を睨んでいた。
その身体から放たれている光のようなものは、罰というものなのかもしれない。
擬態 なんば @tesu451
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます