第13話 Exh.1 Phase.Ⅲ パート③

夏灯なつひちゃん、祈祷を使います。ちょっとの間、任せても良いですか?』


 ただでさえ劣勢な中でのその選択は、夏灯に計り知れない負担をかけてしまうことをわかっていて、それでも彼女になら任せられると信じてのものだった。その想いに応えるように、夏灯は快く即答する。


『わかった、任せて!』


 祈祷の発動モーション中は完全な無防備になってしまうため、その間に悠暉子ゆきこに距離を詰められれば簡単に落とされてしまう。

 美瑚みこが戦線から離れれば、その間は夏灯は二対一になってしまうが、祈祷が発動できれば戦況が変わる可能性は高い。ここは一か八かの賭けに出るしかなかった。


 前のフェーズで“脱兎”を使ってしまったので、このフェーズではもう使用できない。今回美瑚が使用しようとしているのは“熊腕”。三分間、STR――筋力を上昇させる効果がある。これで二回目の祈祷発動となり、美瑚の核も2層目が消費されることになる。


 夏灯はその小さな背に美瑚を隠すようにして、ダメージを負ってでも守ろうと構える。そしてこういう時のために備えていた防御のアビリティ・“絶対防御”を発動する。

 このアビリティは、一度だけあらゆる攻撃を無効化できるものだ。燃料の消費も激しく、フェーズごとに一度しか使えない奥の手。だけれど、今がその使い時だと思った。


 サフィレットと悠暉子が同時に夏灯へ迫り、挟み撃ちにする。サフィレットが片手剣を振るい、悠暉子が両手斧を振るう。重量の違う武器ゆえ、同時に振り上げても振り下ろすのには時間差ができる。片方を避けても時間差でもう一撃が来るとなると、両方を避け切るのは至難の業だ。

 夏灯はサフィレットの剣を突剣で受けて、悠暉子の斧の斬撃は背中で受けることにした。絶対防御があるとわかっていても、両手斧の一振りに身が縮みあがりそうになったが、その甲斐あって、無事に祈祷が発動した。


 そしてその直後、景が発動したリーダーアビリティの効果も届く。景の核1層を代償に、チームが暫定一位でない時にだけ一度使える特別なアビリティ。

 景が選択したのは“ソニック”の効果。AGIを上昇させ、攻撃間隔を減少させる。これで、祈祷による攻撃力上昇と、リーダーアビリティによる機動力上昇の二つを手にし、夏灯はようやく対等にサフィレットと渡り合えるようになった。


 まずは振り向きざまに背後の悠暉子へ向けて剣を突き出して牽制する。悠暉子はそれを無理に避けたが、体勢が崩れて攻撃モーションへは移れない。そのままサフィレットが振り下ろす片手剣を弾き、初めてサフィレットに隙が生まれた。その隙を見て、美瑚は真宙まそらの元へと駆け出した。


 サフィレットも悠暉子も陣地からは離れている。“ソニック”が発動している今、仮に夏灯を振り切れたとしても美瑚に追いつけはしない。


『真宙くん!』


 美瑚からの個別通信の叫びを聞いた真宙が、陣地の外側に向けて手を伸ばす。

 救出するには、囚われたチームメイトに捕縛モードで触れなければならない。例のごとく、捕縛モード時は武器および攻撃アビリティを使用できないため、無防備になってしまう。

 しかし今なら、このまま救出できると、そう思っていた。


「あれれ~、誰か忘れてな~い?」


 この緊迫した戦場に不釣り合いな間の抜けた声が、上空から降ってきた。

 その声と共に、何かが陣地に向けて上空から降り注いでくる。その正体に気付いた時にはもう遅かった。真宙と美瑚の目の前で、目が眩むような閃光と爆音――。


珊野さんの美瑚 核損傷 4層]


 飛行のアビリティで闇夜の上空に隠れていたシシリエンヌが、爆裂の罠を設置するのではなく上空から落として強制的に即時発動させたのだ。

 遅れながらもそれに気付いた美瑚は、咄嗟に捕縛モードから切り替えて防御のアビリティを発動し、かろうじて致命傷は避けた。しかし、祈祷の発動で2層を消費しているため、これで残りは4層。大きな痛手には違いなかった。


「あちゃー、落とせなかったか」


 しかしこれでシシリエンヌの居場所もわかった。飛行のアビリティはかなり燃費の悪いアビリティだ。いつから潜んでいたのかはわからないが、いつまでも上空に居続けることはできない。夏灯の攻撃は上空までは届かないが、美瑚の魔導杖なら届く。


 もう真宙の目の前まで来ているが、その手を伸ばすことがなかなかできない。歯がゆい思いをしながらも、美瑚は真宙に背を向けて、杖を構えて上空のシシリエンヌを狙い撃つ。


 今は一時的にスタンプラリー同好会に対して優勢ではあるものの、これも美瑚の祈祷とリーダーアビリティの効果がある間だけ。これらの効果が切れれば一気に劣勢へ逆戻りになる。

 せめて悠暉子とシシリエンヌを討伐し、サフィレット一人になれば、二対一でまだいくらか勝負にはなる。それをわかっているからか、サフィレットも当然そうはさせまいと抵抗する。少しずつ互いに削り合いながら、時間だけが刻一刻と過ぎていく均衡状態が続いた。


 するとその均衡を破るように、美瑚は意を決して攻撃を止め、捕縛モードですぐ後ろの真宙の手を取った。


[珊野美瑚 +1pt(救出)]


 これで真宙は救出され、試合に復帰することができる。目的も無事に果たせたのであとは撤退するだけだ。

 しかしながら、一度捕縛モードになったことで、美瑚は格好の狙いの的になってしまった。当然、シシリエンヌが黙ってそれを見逃すはずはないのだ。


 シシリエンヌが勢いよく下降しながら、美瑚に向けて魔導杖による砲撃を放つ。シシリエンヌもそろそろ飛行維持の限界で、長くは持たないと感じていた頃だった。狙いは外れることなく、美瑚を捉える。


「珊野さん!」


 真宙が美瑚の名を呼ぶも、それはもう彼女へは届かなかった。眩い光の中にうっすらと美瑚の微笑みが見えて、すぐに光の明るさにかき消されていく。そして砲撃の光が消えた後には何も残らず、ただ暗い闇だけが広がっていた。


[珊野美瑚 核損傷 4層 討伐]

[シシリエンヌ・リモーネ +1pt(討伐)]


 その瞬間、夏灯はサフィレットと悠暉子の相手を放棄し、シシリエンヌに向けて全速力で突っ込んでいく。シシリエンヌは美瑚がじりじりと削ったおかげで、核の残りもそう多くはない。今の夏灯なら、当てられれば一撃で仕留められる自信があった。


『真宙くん、行って! 私が殿を務めるから!』


『ごめん、ありがとう、夏灯さん!』


 特別素早く動けるわけではない真宙も、今はリーダーアビリティのおかげで普段よりは速く動ける。だから今のうちにできるだけ遠くへ逃げて、景と合流する。それができなくても、少なくとも雪葵の射程に誘い込めれば、相手も迂闊には近づけない。そのためには、相手の遠距離攻撃を封じておく必要がある。


[シシリエンヌ・リモーネ 核損傷 7層 討伐]


 “熊腕”の祈祷で攻撃力が上昇している夏灯は、アビリティ・“心臓潰し”の効果もあって、一撃でも超高火力を叩き出すことができた。

 “心臓潰し”は相手との距離が近ければ近いほど威力が上がるアビリティ。身体ごとシシリエンヌに突っ込んでいった夏灯は、ほぼゼロ距離での攻撃に成功していたのだ。


[花凪夏灯 +2pt(討伐)]


 夏灯のポジション・“戦乙女”は、与えたダメージ割合に関係なくとどめを刺せれば自分の討伐ポイントにできるうえ、討伐にボーナスポイントが追加される。通常は1ポイントの討伐も、夏灯が討伐すれば2ポイントになる。


 本当は悠暉子も討伐できれば良かったが、美瑚を失ってしまった今、無理をすべきではない。景の指示も、真宙の救出を最優先だったはずだ。遠距離攻撃ができるシシリエンヌさえ討伐できれば、逃走中の安全性もある程度確保できる。

 夏灯は後ろを警戒しながら、真宙の後を追って景との合流を目指すことにした。


『あの、夏灯さん、ちょっと相談があるんだけど……――』

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