第2話 Exh.1 Phase.Ⅰ パート②

『部長、すみません……。気付かれました』


『焦らなくていい。私もそちらへ向かいますから、無理せず退いてください。向こうもそれほど深くは追ってこないでしょう』


 生徒会の陣地周辺に罠を張っていた真宙からの通信に、景は冷静に返す。このくらいは想定内だった。だから、こうなった際の次の一手も決めてあった。


『わかりました。念のため、相手は二名です。生徒会長と庶務です』


 生徒会長も知恵の回る戦術家だが、リラと違って派手に立ち回ることは少ない。それに加えて、自身が指揮する立場であるからこそ、真っ先にやられるなどという愚行も避けるはず。

 景はそうは思ったが、念には念を入れての予防策を立てておくことにした。


『立花、私が間に合わない場合は狙撃での援護をお願いします』


『わかりました。用意しておきます』


 あまり自陣から離れたところまで進んでいなかった景は、自陣まではすぐに引き返すことができた。

 途中、雪葵ともすれ違ったが、まだ真宙は戻ってきていないようだった。雪葵に探知を頼むと、どうやら撤退中に交戦しているらしい。彼らを振り切って戻ってくることは叶わなかったようだ。景は急いで真宙の援護に向かい、必要があれば自身の判断で援護をするようにと雪葵にも言いつけた。


 閑静な住宅街を北側へ少し進んだ線路沿いで、景は真宙の姿を目視で確認することができた。

 先の情報通り、彼は生徒会の二名と交戦中で、やや劣勢に見える。


 景はアビリティを発動し、手元に一振りの刀を生み出す。電脳空間であるここでは、武器で相手を襲撃しても命に関わることはない。刀を構えて物陰から飛び出した景は、真宙を庇うように割って入った。


「部長、すみません」


「気にしなくていい。ここはこのまま押し返しましょう」


 真宙も拳銃を構え、向かいの相手と対峙する。二対二であれば、そこまで分が悪い相手でもない。ここで一人でも倒すことができれば、戦況は少しこちらに有利に傾く。

 景にとってはそれほどリスクのある選択とも思えず、それでいてリターンの大きい選択だと思った。


「序盤からやる気満々だねぇ、月瀬つきせくん。でも君が来るなら、こちらも無理に攻めようとは思わないよ。ここは素直に、お互い退くのはどうかな?」


 生徒会長――調野ちょうの真琴まことがやんわりと停戦協定を持ち掛けてくる。

 その強かな笑みは計算高く狡猾な余裕を感じさせるが、言葉自体に嘘はないと景には思えた。ここで無駄に争い、両者の戦力を削り合うよりは情報だけ持ち帰る方が賢明。それもまた一つ、充分に検討の余地がある選択肢だと思えた。


「――と、思ったんだけど……そうもいかないみたいだ」


 真宙まそらと生徒会庶務の慶桜けいおう陽太ようたを的確に狙い撃った弾丸が、線路脇の住宅の上から飛んでくる。けい真琴まことしかそれには反応できず、それぞれ二人を庇うように障壁のアビリティを展開し、ピンポイントで着弾先を防いだ。


「あちゃ~、やっぱ気付かれちゃうよねぇ、この距離じゃ」


 二階建ての住宅の屋根から跳び下りて、お茶目な笑顔を見せるこの小柄な少女こそ、琴音ことねリラ。スタンプラリー同好会の会長にして、リーグ屈指の実力者の一人だった。

 両手に拳銃を握り、銃口を下げてはいるが、景と真琴の間合いには入らない徹底したリーチ管理。さすがに奇襲屋の異名は伊達ではない。立ち回りで言えば、この場の中では彼女が一枚上手であることは間違いなかった。


「最初からあれで決められるなんて思ってもいないくせに、よく言うねぇ。さぁて、どうする? 月瀬つきせくん」


「そうですね……この一番面倒な人をここで叩き潰すと言うなら、手を貸しますが?」


「怖いこと言うなぁ、こんなか弱い美少女に向かって。あ、“美”は自分で言うもんじゃないか、あはっ」


 飄々とする真琴に、冷静な景、そして終始お茶らけた様子のリラ。

 三者三様にして、しかしながら均衡の取れた緊張状態に、この場の誰しもが動けなかった。先に動いた者が真っ先にやられる。そんなことは、この場にいる誰もがわかっていたのだ。


 しかしそれでも、先手を打って誰かが動かなければ、この緊張状態は解かれない。

 その一番槍に名乗り出たのは庶務の陽太だった。彼はアビリティでスピードを底上げして、手にした片手剣でリラに斬りかかる。いくらリーチの長い拳銃であろうと、照準が定まらなければ当てられない。


 素早い動きでリラに迫り、あっという間に自分の間合いにリラを捕らえた。あと一振り、これを命中させれば決して小さくないダメージが通る。しかしその一拍を与えず、何者かが影の中から陽太に向って突っ込んできた。


「さんきゅー、ユイちゃん。そっちは任せるよ」


「はい、任せてください!」


 スタンプラリー同好会に今年から配属された新人、幸鐘さちかねユイだった。単身でこの場にやってきたと思われたリラだったが、派手な登場で自分に注意を向けさせて、ユイが近くに潜んでいることを隠そうとしていたのだ。


 ユイの武器は陽太の持つ片手剣よりも間合いが短いが、その分機動力の高い短剣。陽太の一振り一振りを確実にかわしながら、ユイは少しずつ彼を押し返し、リラが彼の間合いから外れるように誘導していく。


 ユイと陽太が剣を交えているということは、実質的に二対一対一で、天文部にやや有利な状況。さらには後ろに雪葵の狙撃も準備させていることを踏まえると、厄介な相手である真琴かリラのどちらかをこの場で落とせるかもしれないという“欲”が、景の中に生まれ始めていた。


『じりじり後退して、そのまま相手を罠地帯へ誘導しましょう。素で戦うよりはいくらか勝機があります。あからさまにならないよう、慎重にいきましょう。罠地帯へ相手を呼び込んだら、そのまま撤退して構いません。あとは私がやります』


『わかりました』


 通信で真宙に指示をした景は、刀を鞘に納め、居合の体勢を取る。その背に隠れるように真宙はじりじり後退し、いつでも逃げられる準備をしているように見せる。


「お、やる気だねぇ、月瀬くん。やるならリラちゃんをやっておくれよ。こう見えて僕の方がか弱いんだからさ」


「あなた方を落として後の有利を取るか、確実に取れるポイントを今取るか、どちらも魅力的な選択肢だ。そうは思いませんか?」


 景のその言葉の意味が通じたらしく、真琴とリラは一瞬意識を逸らしてしまった。

 景のアビリティには、間合いを伸ばす効果があるものもある。それを考慮すると、目の前の相手に集中している陽太とユイのどちらかに不意の一撃を与え、そのまま討伐してしまうことも難しいことではない。しかし景の狙いは彼らではなく、やはり後の有利を取る方だった。


 気を逸らしてしまったリラに向けて景が素早く刀を引き抜き、その凶刃が彼女を襲う。反応するのは容易くない速度の剣撃だが、普段のリラなら反応できたに違いない。しかし一瞬でも気を逸らした今なら、そのわずかな反応の遅れが致命的になる――はずだった。

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